国際契約法務の要点――FIDICを題材として
第45回 第9章・履行の確保(3)
京都大学特命教授 大 本 俊 彦
森・濱田松本法律事務所
弁護士 関 戸 麦
弁護士 高 橋 茜 莉
第45回 第9章・履行の確保(3)
4 Contractorが有する請求権について
⑴ Employerとの関係
ContractorがEmployerに対して有する代金債権について、FIDICは履行確保の手段を特に定めていない。EmployerのContractorに対する請求権については、前回述べたようにPerformance Securityに関する規定があるところ、これとは扱いが異なっている。
もっとも、Contractorには、代金が支払われない限り、工事を止めるという手段がある。これは、工事の完成を望むEmployerに対して、強力な手段となりうる。この点については、FIDICも、Employerに代金不払いがあった場合には、工事を止められること(suspension)が定められている(16.1項)。なお、工事が止まることは重大な事態であり、FIDICが本来望むところではないため、止める21日以上前にEmployerへの通知を送付することと、不払いが重大な違反(material breach)に該当することを条件としている(16.1項)。もっとも、このような通知にも拘わらず契約条件に反して代金が支払われない事態は深刻であり、一般論として、重大な違反に該当する可能性が高いと考えられる。
加えて、Employerは、代金の支払のための資金計画(Financial Arrangements)を、契約締結段階で示す必要があり、この点について、ContractorはEmployerに対して合理的な証拠(reasonable evidence)を求めることができる(2.4項)。この証拠提供を怠ったときも、Contractorが工事を止める理由となり得る(16.1項)。
次に、工事を止めるという手段によっても代金が支払われない場合、Contractorによる回収方法として考えられるのは、工事の目的物から回収を得る方法である。ただし、FIDICにおいては、現場に資材等が入ったところで、Employerの所有物になると定められており、Contractorが目的物の所有権を維持することは予定されていない(7.7項)。したがって、この定めを修正しない限り、Contractorが、工事の目的物から回収を得ることは困難とも思われる。
もっとも、工事現場の準拠法によっては、目的物からの回収可能性も考えられる。例えば、日本法であれば、Contractorが留置権に基づく競売を申し立てることによって、回収が得られる可能性がある。なお、担保権、所有権等の物権については、準拠法として一般に、その目的物所在地法が適用される(法の適用に関する通則法13条1項参照)。したがって、回収の局面では、契約で定められた準拠法のみならず、目的物の所在地である工事現場の法律も参照する必要がある。
その他、Employerからの支払確保については、第12回でも述べているため、参照されたい。
ただし、第12回でも述べたとおり、FIDICを用いるような大規模プロジェクトには公的資金が投入されていることが多く、Employerの代金支払能力に疑義が生じる場面は限られている。Contractorの立場からすると、実務的には、claimを認められるまでは大変であるが、claimが認められた後、これに基づく支払を得ることは大変でないことが多い。
⑵ Subcontractorとの関係
Contractorは、Employerのみならず、Subcontractor(下請業者)とも契約関係に立つ。しかも、Subcontractorの不履行は、基本的に、Employerとの関係では、Contractorの不履行とみられる(5.1項)。しがたがって、Subcontractorの履行確保は、Contractorにとって、重要事項である。
とは言え、EmployerがContractorに対して確保するPerformance Securityのようなものを、ContractorがSubcontractorに対して確保することは一般的ではない。例えば、Performance BondがSubcontractorからContractorに対して提供されることは、一般的ではない(もっとも、多額に及ぶ下請契約において、Performance Bondが提供される例はある)。
これを前提とすると、Contractorとしては、第43回の2で述べた、履行確保のための4つの視点のうち、(1)不履行の可能性が低い相手方と契約を締結することや、(4)損害の回避といったものが、より重要と考えられる。
また、これらの関係では、発注する工事の規模、難易度が関係するため、発注先の実力に応じた範囲で、工事を発注することも重要である。
5 保険
保険は、第43回の2で述べた視点のうち、(4)損害の回避に該当する手段である。
FIDICにおいては、Contractorに、以下の各項目を対象とする保険に加入し、工事目的物のEmployerへの引渡(Taking-Over Certificate for the Worksの発行)が完了するまで等の必要期間、保険の効力を維持する義務が課されている(19.1項、19.2項)。
効力との関係では、保険料(premium)が確実に保険会社に支払われることが重要であるため、Contractorはその支払の証明を、Employerに提出する必要があり、また、Contractorが支払を怠った場合には、Employerが代わりに支払い、その分を工事代金から控除することが認められている(19.1項)。
- ・ 工事の目的物(Works)を対象とする財物保険
- ・ Contractorの工具、機械、資材等(Goods)を対象とする財物保険
- ・ Contractorが設計について責任を負う場合には、その専門家としての義務に違反した場合についての損害賠償責任保険
- ・ 工事等の実施に伴う人損および物損を対象とする損害賠償責任保険
- ・ Contractorの被用者の人損を対象とする損害賠償責任保険
- ・ 法令および工事現場の慣習により必要とされる保険
以上のとおり、FIDICは、種々の保険によって多くのリスクをカバーすることを予定している。
保険加入に際しては、保険会社による代位請求(subrogation)に留意する必要がある。例えば、保険会社が、Employerに対して保険金を支払った後、Contractorに責任があるとして代位請求をするのでは、Contractorとの関係で損害が回避されず、その義務の履行確保という目的に沿わないからである。したがって、このような代位請求が発生しないように、保険の契約条件(Policy)を定めること、EmployerおよびContractorの双方を被保険者とすること等の配慮が必要である。