SH4009 台湾:台湾の営業秘密法(2) 德地屋圭治(2022/05/31)

取引法務営業秘密・機密情報管理

台湾:台湾の営業秘密法(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 德地屋 圭 治

 

(承前)

⑶ 営業秘密侵害罪と刑事責任

 営業秘密法第13-1条によると、一部の営業秘密の侵害行為については、営業秘密侵害罪として刑事責任が科せられている。すなわち、自己若しくは第三者の不法な利益のため又は営業秘密所有者の利益に損害を与える目的で、以下のいずれかの状況がある場合は、5年以下の有期懲役を科し、100万以上1,000万台湾ドル以下の罰金を併科することができるとされる(なお、犯罪行為により取得された利益が罰金額上限を超える場合、取得利益の3倍の範囲内で罰金額を加重でき、また、一定の状況によっては、有期懲役上限及び罰金額上限は一定範囲で引き上げられる。)。

  1. ① 窃盗、横領、詐欺、脅迫、無断複製又はその他の不正な方法により、営業秘密を取得し、又は取得後使用、漏洩した場合
  2. ② 営業秘密を知悉し又保有し、授権を経ずに又は授権範囲を超えて、当該営業秘密を複製し、使用し又は漏洩した場合
  3. ③ 営業秘密を保有し、営業秘密所有者から削除、廃棄の告知を受けた後、当該営業秘密を削除、廃棄せず又は隠匿した場合
  4. ④ 他人が知悉し又は保有する営業秘密に①乃至③の状況があることを知りながら、取得、使用、漏洩した場合

 これらによると、営業秘密侵害罪を構成する行為として、自己若しくは第三者の不法な利益のため又は営業秘密所有者の利益に損害を与える目的(図利加害目的)で、①不正な方法での営業秘密の取得、使用等をする行為、②営業秘密所有者から適法に営業秘密を得た者が授権に違反するなどして複製、使用等する行為、③営業秘密所有者から削除等の要求を受けても削除等しない行為、④これら①乃至③の状況があることを知りながら、取得、使用等する行為を処罰するものである。

 このような台湾の営業秘密侵害罪においては、日本の不正競争防止法上刑事責任の対象となる図利加害目的での営業秘密侵害品の譲渡等については、営業秘密侵害罪とはされていないが、日本の不正競争防止法と概ね類似の内容となっている[1]

 さらに、従業員が上記営業秘密侵害罪を犯した場合、法人にも罰金が科せられるが(両罰規定)、法人が犯罪防止義務を尽くしていた場合はこの限りでないとされている(営業秘密法第13-4条)。したがって、会社としては、従業員が営業秘密侵害罪に該当する行為を行わないよう犯罪防止義務を尽くす必要があり、犯罪防止義務が尽くされないと、従業員による営業秘密侵害罪行為に関し、両罰規定により罰金を課せられる可能性がある。

⑷ 最近の営業秘密法違反の事例

 上述の営業秘密法の違反が問題となった最近のケースとして、2020年に裁判所(台中地方裁判所)において判決がなされた、以下の台湾の某半導体製造会社従業員による営業秘密法違反の事例(刑事事件)がある(臺灣臺中地方法院106年度 智訴 字第11號 判決)。

(事案と判決)

 台湾の某半導体製造会社(A)は、中国大陸の某半導体製造会社(B)と技術提携をし、一定の半導体製品の共同開発をするため、2016年に開発センターを立ち上げた。C(個人)は、2015年まで、米国の某半導体製造会社(D)の台湾子会社(E)の従業員(量産統合部課長等)であったところ、在職期間中にD及びEのシステムにアクセスし、D保有の一定の技術データ等を自己のメモリに保存するなどしていた。離職時にCはEとの雇用契約等に違反しデータ等を削除等せず、Aに移籍した後は、開発センターの一部門でのマネージャーとなったが、その後、A及びBによる共同開発のため、当該データ等を使用したというものである(他のEの元従業員もAに移籍してDの営業秘密を侵害しているが、省略)。この事案において、裁判所(台中地方裁判所)は、Cについては、有期懲役5年6ヵ月及び罰金500万台湾元に処し、Aについては、罰金合計1億2,000万台湾元に処した。

 この事案については、従業員Cの行為は典型的な営業秘密侵害罪に該当しうると思われる。会社Aについて、上述のとおり、営業秘密法上、従業員の犯罪に関し、法人が犯罪防止義務を尽くしていた場合は、両罰規定の適用の例外とされていることから、Aは従業員の犯罪行為を防止する義務は尽くしていたと主張したが、裁判所は、防止義務を尽くす際においては、積極的、具体的、有効な違法行為防止措置を取らなければならず、一般的抽象的な注意、警告では不十分と判断し、結論としては、犯罪防止義務は尽くされていないと判断されている(以下2⑵において後述)。

 

2 台湾に進出する日系企業において留意すべき点

    台湾営業秘密法の保護を受けるための適切な措置

 日本企業にとっては、営業秘密の秘密性管理の点では、経済産業省の秘密管理指針を参照して行っていると思われ、秘密性管理について十分な知見は既に保有されていると思われるが、台湾進出の場合に台湾での営業秘密の秘密性管理については、上述の手引で紹介されている秘密管理措置の具体的対応を参照し、チェックしておくことが望ましいと思われる。

 さらにそれに加え、台湾において営業秘密の侵害を受けたような場合は、台湾で裁判を行ったり、捜査機関に被害申告するなどする必要があり、日本で行うよりもコストや時間がかかる可能性がある。そのため、そもそも日本から台湾に提供する営業秘密を精査し、重要性が非常に高く流出等を必ず防ぐ必要があるものは日本に留めておくなど合理的に区別しておくことも望ましい。

   台湾営業秘密法の違反のリスクを防止するための適切な措置

 台湾進出の日系企業としては、自社の営業秘密の保護を確実にするほか、自社の従業員が他社の営業秘密に関する営業秘密法違反の行為をすることによる営業秘密法違反のリスクをできる限り防止する必要がある。このような防止措置は、上述のとおり、一般的抽象的な注意、警告では不十分であり、積極的、具体的、有効な違法行為防止措置をとる必要がある。このような措置としては、継続的な従業員教育・研修を行い、営業秘密法について理解を深めさせておくほか、従業員(特に前職で重要な営業秘密にアクセスしていた従業員)を雇用する際には営業秘密法上問題になる状況がないことを契約上確認するなどが一案として考えられるが、今後の議論の動向も注意しておく必要があるように思われる。

以 上

 


[1] 図利加害目的での営業秘密侵害品の譲渡等のほか、日本の不正競争防止法第21条第1項第5号及び第6号の従業員による在職中又は退職後における図利加害目的での営業秘密の使用等の行為並びに第8号の第3次取得以降の営業秘密取得、使用等の行為は、営業秘密法第13-1条には明示的には触れられていないものの、本文記載の②③④に、状況によっては文言上該当する可能性はあると思われる。

 


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(とくじや・けいじ)

長島・大野・常松法律事務所パートナー、上海オフィス一般代表。2003年東京大学法学部卒業。第二東京弁護士会所属。2011年University of California, Berkeley, School of Law卒業(LL.M.)、2013年Peking University Law School卒業(LL.M.)。豊富な海外法務の経験を有する(Zhong Lun、Lee and Liで研修)。
M&Aを中心に国内企業法務分野を取り扱うとともに、海外(中国大陸・台湾を含む)の企業の買収、海外企業との紛争解決、現地日系企業に関するコンプライアンス、危機管理・不祥事対応等企業法務全般に関して日本企業に助言を行っている。

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