SH4077 中国:中国個人情報保護法施行後の処罰事例及び日本企業の留意点(2) 川合正倫 /鹿はせる/莫燕(2022/07/26)

取引法務個人情報保護法

中国:中国個人情報保護法施行後の処罰事例及び日本企業の留意点(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 川 合 正 倫

弁護士 鹿   はせる

 莫     燕

(承前)

⑵ 個人情報保護法以外の法令に基づく処罰

 上記(1)では、2021年11月の施行以降、個人情報保護法を処罰の根拠法令として明記した行政処罰を取り上げた。しかし、事業者が顧客情報を不当に収集・利用等した行為について、個人情報保護法以外の法令によって処罰された事例も公表されている。

 (a) 金融機関の業法に基づく処罰

 2022年1月6日に、中国人民銀行が香港系銀行の東亜銀行の中国法人(東亜銀行(中国)有限公司。以下「東亜銀行中国」という。)に対して、顧客の信用情報の収集、提供、管理、照会等の関連法令に違反したとして、1,674万人民元(約3億2千万円)の過料を課し、是正を命じる行政処罰を公表している[1]

 同処罰は過料金額が高額であったため中国国内で広く報じられた。公表された処罰決定書には「関連法令」に違反したとのみ記載されており、処罰の根拠法令は明記されていない。しかし、報道[2]によれば、当該処罰は半年前に発生した東亜銀行中国が行った違法な信用情報の収集、提供、調査等を問題としたもので、処罰の根拠は2021年11月以降に施行された個人情報保護法ではなく[3]、権限を逸脱した個人の信用データの照会及び目的外利用を禁じる個人信用情報基礎データ庫管理暫行弁法[4]及び/又は顧客情報の違法な照会、提供、販売等を禁じる徴信業管理条例[5]であると考えられる。

 もっとも、個人信用情報基礎データ庫管理暫行弁法違反に基づく過料は3万元以下(第39条)、徴信業管理条例違反に基づく過料は50万元以下(第40条)とそれぞれ定められているにもかかわらず、東亜銀行中国には、上記のとおり1,674万元の過料が課されている。過料の計算及び内訳が公表されていないため、この点も報道に基づく推測に留まるが、情報の照会及び提供等について、違法行為の件数ごとに過料がカウントされた結果、多数の違反がある本件において過料金額が高額になった可能性がある。

 (b)    消費者権益保護法に基づく処罰

 また、個人情報保護法施行以降においても、事業者が違法に消費者の情報の取得・利用等を行った行為を消費者権益保護法違反として処罰した事例が複数、市場監督管理部門から公表されている。

 消費者権益保護法では、事業者について、消費者の個人情報の収集・利用に関し、正当な目的・方法及び範囲を開示した上で、消費者の同意を取得する必要があること、収集・使用に関するプライバシーポリシーを開示すべきこと、収集した個人情報については秘密を厳守し、違法に第三者に提供しないこと等を規定しており(第29条)、これらの内容は個人情報保護法第7条及び第13条以降の「個人情報処理者」の義務内容と重なっている。また、同法は「消費者の法律上保護される個人情報に関する権利侵害」が行われた場合の処罰規定を設けており(第56条第9号)、処罰の内容は是正命令、警告、違法所得の没収、違法所得の1倍以上10倍以下の過料(違法所得がない場合は50万元以下の過料)、情状が深刻である場合は営業停止又は営業許可証の取消とされている(同条本文)。

 公表された処罰事例をみると、多くの場合、事業者は警告、是正命令及び1万元から10万元程度の過料を課されており、違法行為のカウントの積み重ねにより高額な過料が課された事例は見当たらなかった。また処罰決定書によっては、違法に個人情報の収集を行った日時が記載されており、個人情報保護法施行日前に行われた行為を処罰対象とするものが多いが、施行日以降の違法行為を処罰対象とするものもあり[6]、個人情報保護法の施行以降も、消費者権益保護法を根拠として処罰されうることが示されている。

 

2 日本企業の留意すべき点

 上記個人情報保護法施行以降の処罰例を踏まえ、日本企業として留意すべき点を以下のとおりとりまとめた。

⑴ 同一の行為について、複数の法令が適用され、複数の監督当局が存在する可能性があること

 上記で整理したように、例えば事業者による不適切な顧客情報の収集、利用の行為一つをとっても、サイバーセキュリティ法、個人情報保護法、消費者権益保護法及び金融機関の業法に同時に違反する可能性があり、それぞれの法令を管轄する当局から処罰される可能性がある。サイバーセキュリティ関係であれば電信部門又は公安部門、消費者関係であれば市場監督管理部門、金融関係であれば中国人民銀行がそれぞれ監督当局にあたり、一つの企業が複数の事業を行っていれば、当然複数の監督当局が併存しうる。

 この点、個人情報保護法の立法過程においては、当初個人情報保護の法執行に関する統一的な政府部門の設置が予定されていたものの、最終的に同法では、「(政府の)関連部門が…各自の職責の範囲で個人情報保護及び監督管理を行う」と定められており(同法第60条)、統一的な監督部門は設置されないこととなった。したがって、中国で事業を展開する日本企業は、自身の事業がどの政府部門の監督を受けるのかを確認し、当該監督当局の法執行の動向及び傾向に留意して、個人情報保護を推進する必要がある[7]

 もっとも、そのことは、同一の行為について、複数の処罰を重ねて受けることまでは意味するものではなく、行政処罰法第29条において、同一の違反行為について複数の過料を課す行政処罰を行うことは禁止されている。個人情報保護法第60条では、「国のネットワーク情報部門は、個人情報保護法及び関連する監督管理を統括・調整する」と定めていることから、同一の違法行為を複数の監督当局が同時に問題視する場合には、ネットワーク情報部門が管轄の調整を行うものと考えられる[8]

⑵ 行政処罰の過料は想定以上に高額になる可能性があること

 上記1(2)(a)の東亜銀行中国の事例で見られるように、法令上違反行為についての過料額が低く定められていても、結果的に過料額が高額となりうる。

 もっとも、中国ではこれまで行政処罰に係る過料の上限を50万元と設定していた法令が多かったため、高額な過料を課すためには一定の「工夫」が必要であったが、個人情報保護法においては、上記のとおり第66条で原則としては警告等が前置され、過料の額も100万元以下とされているものの、「違反の情状が深刻である場合は、当局は違反事業者に対して5千万元以下又は前年度の売上高の5%以下の過料を課すことができ、その他関連業務の一時停止及び中止、関連業務に係る許認可又は営業許可の取消しを命じることができる」と規定されているため、違反の態様次第では、当初から高額な過料を課すこともできるようになっている。

 この点、個人情報保護法の施行以降に公表された行政処罰の中には、違反行為が個人情報保護法の施行日より前に行われているために、同法を処罰根拠とできなかったものも存在するものと推察される。今後は個人情報保護法の施行日以降の違反行為が増えることとなるが、各監督当局が、処罰の根拠法令をこれまでの(監督当局が運用に慣れている)既存の法令と、個人情報保護法のいずれを適用するかは、引き続き注目する必要があるが、同一の違反行為が複数の法令に違反した場合は、制裁金額が高い法令が適用されると定める行政処罰法第29条の規定が参考となりうる。

以 上



[1] 2022年1月6日付中国人民銀行(中央銀行)上海支店による処罰情報開示表:
http://shanghai.pbc.gov.cn/fzhshanghai/113577/114832/114918/4442474/index.html

[2] 2022年1月11日付財新網の記事:https://finance.caixin.com/m/2022-01-11/101828667.html

[3] 立法法第93条により、法令の遡及適用は原則として認められていない。

[4] 中国語名:个人信用信息基础数据库管理暂行办法

[5] 中国語名:征信业管理条例。なお、2022年1月1日からは、同条例の下位法令にあたる徴信業務管理弁法(中国語名:征信业务管理办法)も施行されている。

[6] 例えば、诸市监处罚〔2022〕201号では、事業者は2022年2月初旬に第三者から顧客情報4033件を取得したことを消費者権益保護法違反行為と認定している。

[7] 本文で紹介した処罰例で見られるように、監督当局によっては警告及び是正命令を前置する部門と、警告を前置せず高額な過料を課す部門があり、運用の違いが見られる。

[8] サイバーセキュリティ法第8条においても、ネットワーク情報部門がサイバーセキュリティ関連作業及び管理監督を統括・調整すると定められている。

 


この他のアジア法務情報はこちらから

 

(かわい・まさのり)

長島・大野・常松法律事務所上海オフィス一般代表。2011年中国上海に赴任し、2012年から2014年9月まで中倫律師事務所上海オフィスに勤務。上海赴任前は、主にM&A、株主総会等のコーポレート業務に従事。上海においては、分野を問わず日系企業に関連する法律業務を広く取り扱っている。クライアントが真に求めているアドバイスを提供することが信条。

 

(ろく・はせる)

長島・大野・常松法律事務所東京オフィスパートナー。2006年東京大学法学部卒業。2008年東京大学法科大学院修了。2017年コロンビア大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年から2019年まで中国大手法律事務所の中倫法律事務所(北京)に駐在。M&A等のコーポレート業務、競争法業務の他、在中日系企業の企業法務全般及び中国企業の対日投資に関する法務サポートを行っている。

 

(Yan・Mo)

日本長島・大野・常松律師事務所駐上海代表処 顧問。2012年華東政法大学経済法学部卒業、2017年ノースウェスタン大学ロースクール(LL.M)卒業。現在長島・大野・常松法律事務所上海オフィスの顧問としてM&A、企業再編及び一般企業法務を中心に幅広い分野を取り扱っている。(※中国法により中国弁護士としての登録・執務は認められていません。)

 

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

長島・大野・常松法律事務所は、約500名の弁護士が所属する日本有数の総合法律事務所です。企業法務におけるあらゆる分野のリーガルサービスをワンストップで提供し、国内案件及び国際案件の双方に豊富な経験と実績を有しています。

当事務所は、東京、ニューヨーク、シンガポール、バンコク、ホーチミン、ハノイ及び上海にオフィスを構えるほか、ジャカルタに現地デスクを設け、北京にも弁護士を派遣しています。また、東京オフィス内には、日本企業によるアジア地域への進出や業務展開を支援する「アジアプラクティスグループ(APG)」及び「中国プラクティスグループ(CPG)」が組織されています。当事務所は、国内外の拠点で執務する弁護士が緊密な連携を図り、更に現地の有力な法律事務所との提携及び協力関係も活かして、特定の国・地域に限定されない総合的なリーガルサービスを提供しています。

詳しくは、こちらをご覧ください。

 

タイトルとURLをコピーしました