◇SH3673◇ベトナム:労働法Q&A 研修契約のポイント 澤山啓伍(2021/07/06)

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ベトナム:労働法Q&A 研修契約のポイント

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 澤 山 啓 伍

 

  1. Q: 弊社は、労働者のスキルアップのために、ベトナム人労働者を日本の親会社で研修させる予定です。しかし、コストがかかりますので、研修終了後退職を防ぐような方法はないでしょうか。
     
  2. A: この問題について、以前にも少し解説をしましたが、まず、労働法上、労働者には雇用契約を一方的に解除する権利が認められており(第35条)、一定期間前に通知をすれば、いつでも退職をすることができるとされています。したがって、このような労働者の権利を制限するような形で、直接的に、例えば研修終了後一定期間は退職できないといった規定を置くことはできないと考えられます。
     他方、研修の場合には研修契約を締結することが必要とされており(第62条)、同条で研修後の勤務期間及び研修費用の返還責任が研修契約の必要的な記載事項とされていることに鑑みると、研修終了後一定期間勤務の継続を求め、その途中で退職する場合に労働者が研修費用の返還責任を負うとする規定を盛り込むことは可能と考えられます。

 

 ベトナムでは2017年から裁判例の公表が始まりましたが、現時点までに公表されている裁判例で研修費用の返還について争われているものは10件ほどあり、これらの他に、ローカルの事務所が独自にとりまとめた裁判例集でもこれに関連する裁判例が紹介されています。これらの裁判例を検討してみると、一定期間の勤務継続を条件として研修費用の返還義務を免除する条項について、具体的な指針が見えてきます。

 まず、研修後の勤務継続期間については、一般的には2~3年とすることが多いものの、原則として研修契約において自由に設定することができると理解されます。具体的には、12か月の研修期間に対し、5年間の研修後の勤務継続期間を規定した合意について、契約自由の原則に照らし有効と判断した裁判例があります。これまでのところ、勤務期間が長すぎることを理由として返還義務を否定した裁判例は見当たりませんが、理論的には、勤務継続期間があまりに長期に及ぶ場合は、実質的に退職の自由を制限するものと判断されるリスクは高くなるように思われ、上記の12か月の研修に対して5年間の勤務期間が限界事例のように思われます。

 次に、研修費用について、返還を求めることのできる研修費用は、第62条3項に規定する項目(教員や設備等のための費用、交通費、研修中の賃金等)に限られることに注意が必要です。研修契約では、これらの研修費用の費目が具体的に列挙され、それに基づいて研修費用総額の合理的な想定額が明記されている必要がありますが、これがきちんと規定されていた場合には、原則として、契約に記載されている総額の全額の返還が認められているようです。逆に、研修契約に研修費用の具体的な規定がない場合に返還義務が否定されている裁判例もあります。このことから、研修契約においては、法定の具体的な費目とそれぞれの金額をできるだけ詳細に規定することがよいと思います。

 また、研修費用の返還を求めるにあたり、具体的な支出に関する証憑が必要になります。上記のとおり、研修費目の費目と金額の記載がある場合には原則としてその想定額全額の返還が認められる傾向にあるものの、具体的な費目や金額につき労働者から異議が出た場合、実際の支出の有無について裁判所の審査の対象となるようです。裁判例においても、契約書記載の費目について具体的な証憑が提出できない場合や、証憑に照らして過大な金額の記載があるような場合は、一部返還義務が否定されています。したがって、研修後の勤務継続期間を通じて証憑を保管する必要があります

 なお、過去の裁判例では、研修費用の返還が遅れた場合、支払が遅延した時点からの遅延利息の請求も認める傾向にあります。契約上規定がなくても、判決執行申立をした時点から民法に従った年10%の遅延利息の請求を認めた裁判例もありますが、研修契約で合意していれば、合意した支払時期(例えば退職時)から法定上限である20%までの遅延利息を請求することが可能です。労働者への牽制の意味もこめて、研修契約において、途中退職した場合には、退職時から20%の遅延利息が付される旨の規定を置くことをお勧めします。

 

 以上をまとめると、研修契約の実務上のポイントは、以下のとおりとなります。

  1.  • 研修終了後の退職を禁止するのではなく、一定期間の勤務継続を求め、期間途中で退職した場合は研修費用の返還責任があるものとする。
  2.  • 勤務継続期間は、2~3年を目処に、研修期間等に照らして長すぎない期間とする。
  3.  • 研修費用は、法定の費目と金額を具体的に規定する。
  4.  • 研修費用に要した証憑は、研修後の勤務継続期間終了後まで保管する。
  5.  • 遅延利息についての規定を置く。


以 上

 


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(さわやま・けいご)

2004年 東京大学法学部卒業。 2005年 弁護士登録(第一東京弁護士会)。 2011年 Harvard Law School卒業(LL.M.)。 2011年~2014年3月 アレンズ法律事務所ハノイオフィスに出向。 2014年5月~2015年3月 長島・大野・常松法律事務所 シンガポール・オフィス勤務 2015年4月~ 長島・大野・常松法律事務所ハノイ・オフィス代表。

現在はベトナム・ハノイを拠点とし、ベトナム・フィリピンを中心とする東南アジア各国への日系企業の事業進出や現地企業の買収、既進出企業の現地でのオペレーションに伴う法務アドバイスを行っている。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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