◇SH4081◇国際契約法務の要点――FIDICを題材として 第66回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(4) 大本俊彦/関戸 麦/高橋茜莉(2022/07/28)

そのほか

国際契約法務の要点――FIDICを題材として

第66回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(4)

京都大学特命教授 大 本 俊 彦

森・濱田松本法律事務所     
弁護士 関 戸   麦

弁護士 高 橋 茜 莉

 

第66回 第11章・紛争の予防及び解決(5)――仲裁(4)

5 仲裁手続の流れ

 大規模プロジェクトに関する当事者間の請求は得てして多数にのぼり、事実関係も複雑になりがちであるため、当該事案について当事者及び仲裁廷が正確な認識を共通にすることは至難の業である。それゆえ、建設紛争の仲裁においては、これを助けるための手続的ツールが考案されてきた。また、建設現場や資材、設備等に関する技術的な問題が争点となりやすいため、仲裁廷の検討を助けるべく、実際の現場や資材を用いた検証手続などが行われることもある。こうした建設紛争における特徴的な手続の内容については後述するが、その前提として、一般的な仲裁手続の流れをここで紹介しておく。

 仲裁手続の進め方は、当事者が個別の合意によって決定することも可能であるが、通常は、仲裁合意に基づいて適用される仲裁法及び仲裁機関の規則に従って決定される。そして、多くの仲裁法及び仲裁規則のもとでは、手続の進め方に関する広い裁量が仲裁廷に与えられている。したがって、特定の事案においてどのように手続を進めるかは、原則として仲裁廷次第であるが、実務上は、概ね次のような手順を踏むのが一般的である(括弧内は各手順の典型的な呼称を示す)。

  1. ① 申立人が仲裁申立書(Request for ArbitrationまたはNotice of Arbitration)を提出
  2. ② 被申立人が答弁書(AnswerまたはResponse)を提出
  3. ③ 仲裁廷の組成(仲裁人の人数が3名である場合は、①②において各当事者が1名ずつ指名し、その後3人目となる仲裁廷の長が、当事者または仲裁人2名による合意や、仲裁機関の裁量などによって指名・選任されるのが通常)
  4. ④ 仲裁手続の詳細(たとえば書面の提出方法、文書開示手続の有無及び具体的な行い方など)に関する当事者及び仲裁廷による会議(Case Management Conference。Procedural HearingまたはPreliminary Hearingと呼ぶこともある)、手続日程(Procedural Timetable)の決定
  5. ⑤ 申立人が第一準備書面(Statement of Claim)及び専門家意見書を提出
  6. ⑥ 被申立人が第一準備書面(Statement of Defence)及び専門家意見書を提出
  7. ⑦ 文書開示手続
  8. ⑧ 申立人が第二準備書面(Reply)及び補充専門家意見書を提出
  9. ⑨ 被申立人が第二準備書面(Rejoinder)及び補充専門家意見書を提出
  10. ⑩ 証人尋問を含む口頭審理(Hearing)
  11. ⑪ 仲裁廷が指示した場合、各当事者が補充書面を提出
  12. ⑫ 仲裁判断

 上記の他にも、専門家証人がいることによる特殊な手続(詳しくは後の回で扱うが、両当事者が選任した専門家証人同士のミーティング等)が行われることもある。なお、上記⑤⑥⑧⑨で言及している専門家意見書については、仲裁の申立人がContractorとEmployerのいずれであるか、また当事者の主張の内容などによって、提出の要否や回数、及びタイミングが変わり得る。

 これらの手順を全て終えるのに必要な時間も事案によって変わるが、最短でも1年~2年半程度はかかると考えておくのが妥当であろう。

 

6 建設紛争に特徴的な手続上のアレンジ

⑴ 主張書面や証拠以外の書面の利用

 上記のとおり、仲裁手続においては、各当事者が数回ずつ書面及び証拠を提出し、主張立証を行うのが通常である。その過程で、当事者は、自らの主張を詳細に説明し、相手方の主張にも精緻な反論を行うこととなるが、大規模かつ複雑な建設紛争においては、主張書面と証拠のみに基づいて両当事者の主張内容を正確に把握することは極めて難しい。そこで、必要に応じて、以下のような補助的な書面が利用されるようになった。

  1.  (a) 関係者一覧表及び用語表
  2.     当該事案に関係している個人や団体の名前、役職、プロジェクトにおける位置づけ等をまとめた表、及び、頻出する用語の意味、略し方等をまとめた表。多数の関係者が存在したり、技術的な用語や当該プロジェクトに固有の用語が頻繁に使われたりする場合に有用である。
     
  3.  (b) 時系列表
  4.     事実関係を時系列に沿って整理した表。典型的には、ある事象が起きた日付、当該事象の内容、その裏付けとなる証拠を記載する。これにより、個別の事象に関する争いの有無(たとえば、ContractorからEmployerへの通知などの特定の事象が実際に起きたか否か、起きたとしてその具体的な内容は何か等について当事者間に争いがあるかどうか)、裏付けとなる証拠の存否などが明らかとなり、仲裁廷が決定を下す必要のある事項がより明確になることが期待される。なお、プロジェクトによっては、紛争の有無にかかわらず、最初からEmployer、Contractor及びEngineerの共同作業により、このような記録を取っていることもある。その記録は、Tracking Table of IssuesまたはMatters of Concernなどと呼ばれている。
     時系列表は、関係者一覧表及び用語表とともに、両当事者が合意したバージョンを提出するよう仲裁廷から求められることもある。通常、各当事者の事実認識は多かれ少なかれ食い違っており、合意できる範囲は限定されるため、合意したバージョンとは別に、各当事者が自らの認識に基づいた時系列表を提出することも珍しくない。
     
  5.  (c) Scott Schedule
  6.     当事者の各請求につき、その内容(金額を含む)や相手方当事者の反論、それに対する再反論等の情報を簡潔に記した表。イギリスの裁判実務において発展した手法であり、「Scott Schedule」という呼称で知られている。多数の請求が行われている事案において、各請求の状況を把握するのに有用であり、典型的には両当事者が合同で作成する。たとえば、まずは仲裁の申立人が自らの請求の情報をまとめ、次に被申立人がこれに対する反論とその根拠をまとめ、さらに申立人が再反論をまとめるといった手順が踏まれる。両当事者による作成作業の過程で、相手方当事者の主張に対する誤解がとけたり、金額の小さな費目を請求から除外したりすることが可能になることもある。こうしたメリットから、紛争における判断権者、特にDAABメンバーがScott Scheduleの利用に積極的であるケースも見られる。
     Scott Scheduleには、固定の様式は存在しないものの、下記の例のようなまとめ方をされることが多い。
請求 請求の根拠 反論 反論の根拠 再反論 再反論の根拠 請求金額 金額の根拠
〇年〇月~〇月の工期遅延に関する請求。
(契約〇条の違反)
〇年〇月~〇月に提出した図面のレビュー遅延。
(コメント受領記録、〇氏の陳述書〇項)
請求は認められない。レビュー期間は契約上定められており、これを徒過した事実はない。 契約の付属書面においてレビュー期間が設定されている。
(Employer’s Requirements〇条、〇氏の陳述書〇項)
レビュー期間は別途の合意にて短縮された。 〇月〇日の定例会議においてレビュー期間の短縮が合意された。
(同会議の議事録、〇氏の陳述書〇項)
〇百万米ドル サイト維持費〇米ドル
本社コスト〇米ドル
機械レンタル費用〇米ドル
(損害に関する専門家意見書〇項)

 

⑵ 検証及びサイト訪問

 建設紛争においては、Contractorの行った作業やその成果物に欠陥があるか否かが争点となることも多い。その際、当事者の主張立証に加えて、中立的な視点からの検証(仲裁廷が依頼する専門家が行う検証や、各当事者が依頼した専門家が共同して行う検証など)が必要と判断される場合もある。こうした場合、仲裁廷は、かかる検証の必要性について両当事者の理解を求め、実施条件についての合意を得て検証手続を行うのが通常である。検証対象物を当事者以外の者(たとえばSubcontractor)が占有していることもあり得るため、実施条件を合意するにあたっては、当該占有者の利益を害しないように配慮することも重要である。

 また、建設現場(サイト)やそこにある資材、設備等の状態が争点となることも珍しくないため、仲裁人が実際にサイトを訪問する手続が仲裁係属中に行われることもある。具体的なタイミングや方法は、個々の事案ごとに検討されるべきであるが、効率的な紛争解決の観点から、両当事者が実質的な主張立証を少なくとも1回ずつは行った後、かつ、ヒアリングより前に行われるのが一般的である。仲裁廷が3名の仲裁人で構成されている場合、全員でのサイト訪問は費用がかさむため、両当事者及び仲裁廷の合意により、1名の仲裁人が仲裁廷を代表して訪問するという形を取ることも可能である。さらに、合意があれば、当事者の代表者、代理人及び専門家証人を参加させることも可能であるが、仲裁廷に予断を抱かせることを防ぐため、サイト訪問中に仲裁廷がこれらの参加者とコミュニケーションを取れる内容や程度については、事前に取り決めておくことが望ましい。

 

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