離婚に伴う慰謝料として夫婦の一方が負担すべき損害賠償債務が履行遅滞となる時期
離婚に伴う慰謝料として夫婦の一方が負担すべき損害賠償債務は、離婚の成立時に遅滞に陥る。
民法412条、709条、710条
令和2年(受)第1765号 最高裁令和4年1年28日第二小法廷判決
離婚等請求本訴、同反訴事件(裁判所ウェブサイト掲載)一部破棄自判、一部棄却、一部却下
原 審:令和元年(ネ)第2738号 大阪高裁令和2年9月3日判決(家庭の法と裁判39号38頁)
第1審:平成30年(家ホ)第8号、第18号 大津家裁令和元年11月15日判決(家庭の法と裁判39号41頁)
1 事案の概要
X(上告人・夫)とY(被上告人・妻)は、平成16年11月に婚姻の届出をした夫婦であり、婚姻後同居し、2子をもうけたが、平成29年3月に別居するに至った。本件は、Xが、本訴として、Yに対し、離婚を請求するなどし、Yが、反訴として、Xに対し、離婚を請求するなどするとともに、不法行為に基づき、離婚に伴う慰謝料(以下「離婚慰謝料」ともいう。)及びこれに対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2 訴訟の経過
第1審は、離婚請求を認容した上で、Yの離婚慰謝料の請求については100万円の限度で認容し、その遅延損害金について判決確定の日の翌日から年5分の割合による金員の支払を命じた。なお、Xも本訴において離婚慰謝料を請求しており、第1審はXの離婚慰謝料の請求について200万円の限度で認容した(ただし、離婚慰謝料の請求は、相手方が離婚について有責である場合に初めて認められるものであるから、通常は双方の請求が認容されることはないというべきであり(島津一郎=阿部徹編『新版注釈民法(22) 親族(2)』(有斐閣、2008)233頁〔犬伏由子〕参照)、第1審のこの判断には疑問がある。)。
Yがこれを不服として控訴した(Xは控訴も附帯控訴もしていない。)ところ、原審は、離婚請求を認容すべきものとした上で、Yの慰謝料請求について120万円の限度で認容すべきものとし、Xの慰謝料請求については棄却した。そして、認容したYの慰謝料請求に係る遅延損害金の法定利率については、原審の言渡しが令和2年9月3日であり、民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号。以下「改正法」という。)の施行日(令和2年4月1日)の後となったことから、改正法による改正前の民法(以下「改正前民法」という。)が適用されるか、それとも離婚時(判決確定の日)を基準に改正法による改正後の民法(以下「改正後民法」という。)が適用されるか(改正法施行日前に遅滞の責任が生じているか否か。改正法附則17条3項参照)が問題となった。
原審は、Yの慰謝料請求は、XがYとの婚姻関係を破綻させたことに責任があることを前提とするものであるところ、上記婚姻関係が破綻した時は、改正法の施行日(令和2年4月1日)より前であると認められるから、上記慰謝料請求に係る遅延損害金の利率は、改正前民法所定の年5分と解するのが相当であると判断し、上記120万円に対する判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払請求を認容すべきものとした。
Xがこれを不服として、上告受理申立てをした(ただし、Xは、不服申立ての範囲をYの慰謝料請求については原審が増額した20万円及びこれに対する遅延損害金に関する部分に限定した。)。上告審においては、離婚慰謝料請求に係る遅延損害金の起算日が、婚姻関係の破綻時か、又は離婚成立時かが争点となったところ、最高裁第二小法廷は、判決要旨のとおり、離婚に伴う慰謝料として夫婦の一方が負担すべき損害賠償債務は、離婚の成立時に遅滞に陥るとの判断を示した上で、離婚慰謝料請求に係る遅延損害金の法定利率について、改正後民法404条2項を適用し、Xの不服申立ての範囲である20万円に対する遅延損害金を請求する部分については、本判決確定の日の翌日から支払済みまで年3%の割合による遅延損害金の支払を求める限度で認容すべきであるとする一部変更判決をした。
3 説明
(1) 離婚慰謝料請求に係る遅延損害金の起算日について、学説上、古くは、①不法行為時説、②婚姻破綻時説及び③離婚時説に分かれていたものとされ、実務上、昭和50年代頃までは、訴状送達の日の翌日からの遅延損害金を認容していた下級審裁判例が多く、このような裁判例を是認する見解(④請求時説)もあった(山崎勉「離婚と不法行為責任」山口和男編『裁判実務大系16巻』(青林書院、1987)530頁、松本哲泓「離婚に伴う慰藉料請求権に対する遅延損害金の起算日」判タ527号(1984)71頁)。しかしながら、今日においては、離婚慰謝料請求については、離婚して初めて損害が発生するものであることなどを理由に、その遅延損害金の起算日を離婚成立の日であるとする③離婚時説が支配的であり(秋武憲一=岡健太郎編著『離婚調停・離婚訴訟〔三訂版〕』(青林書院、2019)52頁、長博文「慰謝料請求」加藤新太郎=松本明敏編『裁判官が説く民事裁判実務の重要論点[家事・人事編]』(第一法規、2016)83頁、二宮周平=榊原富士子『離婚判例ガイド〔第3版〕』(有斐閣、2015)150頁、東京家庭裁判所家事第6部編『東京家庭裁判所における人事訴訟の審理の実情〔第3版〕』(判例タイムズ社、2012)18頁、神野泰一「離婚訴訟における離婚慰謝料の動向」ケース研究322号(2015)30頁等)、学説及び実務上、ほぼ異論をみない状況である。
(2) 離婚慰謝料については、戦前から判例上離婚給付として認められてきたものであるところ、その中身については、①離婚原因となった有責行為それ自体による精神的苦痛に対する慰謝料(以下「離婚原因慰謝料」という。)と、②離婚という結果そのものから生ずる精神的苦痛に対する慰謝料(以下「離婚自体慰謝料」という。)の二つがあると解されている。そして、戦後に出された一連の最高裁判決(最三小判昭和31・2・21民集10巻2号124頁、最二小判昭和46・7・23民集25巻5号805頁等)を受けて形成された一体説(実務上の通説とされる。大津千明『離婚給付に関する実証的研究』司法研究報告書32輯1号(1981)65頁、犬伏・前掲197頁以下)は、相手方の有責行為から離婚までの一連の経過を1個の不法行為として捉え、離婚慰謝料には、離婚自体慰謝料だけではなく、離婚原因慰謝料も全体として含まれると解している。この立場からは、夫婦間における暴行・虐待、あるいは不貞などといった不法行為は、当該行為自体による通常の精神的苦痛(いわゆる個別慰謝料)と、離婚へと発展する契機となる精神的苦痛(離婚原因慰謝料)という双方の側面を有しており、後者の侵害が蓄積され離婚に至ったときに「配偶者たる地位の喪失」という新たな精神的苦痛(離婚自体慰謝料)が発生すると説明される。
一体説によれば、離婚慰謝料は、離婚原因慰謝料を含むものであるが、やはり離婚自体慰謝料が主たるものというべきであるから、離婚によって初めて損害が発生し、権利として生ずるものと解するのが相当であろう。このような解釈は、「離婚が成立したときにはじめて、離婚に至らしめた相手方の行為が不法行為であることを知り、かつ、損害の発生を確実に知ったこととなるものと解するのが相当である」として、離婚慰謝料の消滅時効の起算点が離婚時であるとの判断を示した最高裁判決(前掲最二小判昭和46・7・23)とも整合的である。そして、不法行為による損害賠償債務は、損害の発生と同時に、何らの催告を要することなく、遅滞に陥るものとされている(最三小判昭和37・9・4民集16巻9号1834頁参照)。以上によれば、離婚慰謝料請求に係る遅延損害金の起算日は、離婚成立の日であると解される。本判決は、このような観点から判決要旨のとおり判断したものと考えられる。
(3) 改正法の附則は、その17条3項において「施行日前に債務者が遅滞の責任を負った場合における遅延損害金を生ずべき債権に係る法定利率については、新法第419条第1項の規定にかかわらず、なお従前の例による。」との経過規定を定めている。前記のように、離婚慰謝料請求権は離婚によって生ずべき債権であるから、改正法の施行日(令和2年4月1日)以降に離婚判決が確定する場合、施行日前に債務者が遅滞の責任を負うことにはならないため、上記経過規定は適用されない。したがって、離婚慰謝料請求に係る遅延損害金の法定利率は、改正後民法404条2項により年3%とすべきこととなる。
(4) なお、原審は、Yが請求する慰謝料を「破綻慰謝料」であると説示している。その趣旨は必ずしも明らかではないが、Yの請求について個別慰謝料や離婚慰謝料を請求するものではなく、婚姻関係が破綻したこと自体による精神的苦痛を慰謝料として請求したものと整理し、これを前提にその遅延損害金の起算点を婚姻関係の破綻時であると解しているようにも読めなくはない。しかしながら、婚姻関係が破綻した後であっても、なお、配偶者の地位を失うものではないから、婚姻関係の破綻とは、身分関係や法律関係の変動を意味するものではなく、一定の事実に対する総合的な評価にすぎないというべきであろう。そして、婚姻関係の破綻による精神的苦痛は、仮にそのようなものを観念できるとしても、離婚慰謝料の精神的苦痛の中に含まれているものであって、離婚慰謝料と別に「破綻慰謝料」を認める必要性は乏しい。さらに、婚姻関係の破綻時期を日単位で明確に認定することは極めて困難であるといわざるを得ないところ、「破綻慰謝料」を認めるとなると、破綻時をめぐる当事者間の争いが先鋭化し、裁判実務に大きな混乱をもたらすことが予想される。
法律婚の夫婦の事案において「破綻慰謝料」なるものを認めた最高裁の判決は見当たらない。離婚慰謝料に関する直近の判決である最三小判平成31・2・19民集73巻2号187頁は、「夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は、これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても、当該夫婦の他方に対し、不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして、直ちに、当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。」として、不貞慰謝料(個別慰謝料)を離婚慰謝料に対比させており、同最判は「破綻慰謝料」なるものがあることを念頭に置いていないように思われる。また、学説上、一種の無過失責任としての離婚慰謝料を肯定すべきとする文脈で「破綻慰謝料」という用語が使われることがある(中川淳「離婚財産分与と慰謝料との関係」『現代家族法大系2』(有斐閣、1980)330頁等)が、この場合における「破綻慰謝料」は、離婚したこと自体による精神的苦痛を慰謝するものと説明されるものであって、離婚が成立した場合に初めて請求することができるという点では、判例・通説がいう離婚慰謝料と同一のものである。
本件の慰謝料請求が、離婚慰謝料を請求するものであることは明らかではあるように思われるが、本判決が、なお書き部分において「婚姻関係の破綻自体による慰謝料が問題となる余地はない」と説示した背景には、以上のような考慮があるようにも思われる。
4 本判決の意義
離婚慰謝料の遅延損害金の起算日等についての本判決の判断は、近時の通説・裁判例に沿ったものであり、異論はないと思われるものの、本判決は、離婚慰謝料請求に係る遅延損害金の起算日についての判断を最高裁として初めて示したものであって、実務的にも理論的にも重要な意義を有するものと考えられる。