SH4138 最新実務:スポーツビジネスと企業法務 スポーツ施設のネーミングライツ取引のポイント(2)――米国契約実務も参考に 加藤志郎(2022/09/21)

取引法務

最新実務:スポーツビジネスと企業法務
スポーツ施設のネーミングライツ取引のポイント(2)
――米国契約実務も参考に――

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 加 藤 志 郎

 

(承前)

3 日米におけるネーミングライツ取引の現状

⑴  米国

 ネーミングライツの取引は、その発祥の地と言われる米国において極めて一般化しており、プロスポーツチームのスタジアム・アリーナにおいてはネーミングライツが付与されていない場合の方が珍しい[5]。さらに近年は、チームの本拠地とは別に、練習施設について別の企業との間でネーミングライツ契約が締結されるケースも多い。

 契約期間は10~20年といった長期であることが通常である。同じ施設名称が長く継続するほどファンや地域コミュニティに親しまれて定着し、ネーミングライツの効果は高まっていくし、施設名称を変えるためには、看板の撤去、改装、グッズ・販促物の回収等のコストがかかることも理由の一つである。

 ネーミングライツの契約金額はケースバイケースだが、一般的に高額化の傾向にある。たとえば、NFLのロサンゼルス・ラムズとロサンゼルス・チャージャーズの本拠地であり、建設費50億ドルで2020年に完成して大きな注目を集めているSoFi Stadiumについては、フィンテック企業であるSoFiが20年間のネーミングライツを獲得し、その取引金額は総額6億ドル以上と言われている[6]。また、NBAのロサンゼルス・クリッパーズの本拠地で2024年に完成予定のIntuit Domeについては、ソフトウェア企業のIntuitが23年間のネーミングライツを獲得し、その取引金額は総額5億ドル以上と言われている[7]

 新たに建設される施設の場合、その注目は開発中から高まっていき、完成時には大きなメディア露出が見込めるため、開発中からネーミングライツが取引されるケースが多い。前述のSoFi StadiumとIntuit Domeについてもそれぞれ建設中に契約が締結されている。

 また、下表の施設のように、近年、環境問題・サステナビリティに取り組む企業とネーミングライツ契約を締結し、施設・チームとしても、その施設名称を通じたアピールと共に、実際に当該企業と協力して環境負荷の低い施設の実現に積極的に取り組むケースが増えていることも、注目すべきトレンドの一つといえる。

 

【環境問題・サステナビリティへの取り組みを強調するネーミングライツ】

施設名 ネーミングライツ獲得企業 契約年 本拠地とするチーム
Climate Pledge Arena Amazon 2020年 シアトル・クラーケン(NHL) シアトル・ストーム(WNBA)
Footprint Center Footprint (植物由来の容器等の製造会社) 2021年 フェニックス・サンズ(NBA)
Ball Arena Ball Corporation (アルミ容器等の製造会社) 2020年 デンバー・ナゲッツ(NBA) コロラド・アバランチ(NHL)

 

⑵ 日本

 日本の大型スポーツ施設で最初にネーミングライツが取引されたのは、2002年に味の素がネーミングライツを獲得した東京都所有の味の素スタジアムである。当初は5年総額12億円で契約され、その後は6年14億円(~2014年2月)、5年10億円(~2019年2月)、5年11億5000万円(~2024年2月)で更新されている。[8]

 現在では多くのスポーツ施設についてネーミングライツが取引されている。現時点で最大のネーミングライツ取引は、日本エスコンがネーミングライツを獲得した、2023年春に開業予定の北海道日本ハムファイターズの新本拠地であるエスコンフィールドHOKKAIDOであり、契約期間は2020年1月から10年以上、契約金額は国内過去最高金額であった日産スタジアムの年間4億7000万円を超えるものとされている[9]

 日本では、スタジアム・アリーナ等の施設の多くが地方自治体等の公有であるため、公募を経てネーミングライツが取引されることも多い。その場合、公募段階において契約期間・金額等の重要な条件は既に確定しており、また、もし公募でないとしても、公有の施設について地方自治体等とネーミングライツ契約を締結する場合の一般的な傾向として、民有の施設の場合と比べて、契約内容について交渉の余地が少なく、柔軟なメリットの導入等が難しいケースが多いと考えられる。

 契約期間は3~5年程度の比較的短期の場合が多いが、10年以上の長期のケースもある。

 参考までに、日本プロ野球の各チームの本拠地スタジアムのうち、現在、ネーミングライツが取引されているものは下表の通りである。

 

【日本プロ野球の本拠地スタジアムの現在のネーミングライツ契約】

スタジアム名称 企業 契約開始年/期間 金額(総額) 本拠地チーム
楽天生命パーク宮城 楽天 2020年/3年 6億300万円 東北楽天ゴールデンイーグルス
ベルーナドーム ベルーナ 2022年/5年 非公表 埼玉西武ライオンズ
ZOZOマリンスタジアム ZOZO 2016年/10年   31億円 千葉ロッテマリーンズ
バンテリンドーム ナゴヤ 興和 2021年/5年 非公表 中日ドラゴンズ
京セラドーム大阪 京セラ 2006年(現在まで更新) 非公表 オリックス・バファローズ
MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島 マツダ 2019年/5年 11億円 広島東洋カープ
福岡PayPayドーム PayPay 2020年/非公表 非公表 福岡ソフトバンクホークス

 

4 ネーミングライツの法的性質

 施設の名称は通常は所有者が決めるという意味では、ネーミングライツは、所有権に由来する権利ということもできる。しかし、ネーミングライツは法律上定められた特別の権利ではなく、その名称が不動産登記に記録されて公示されるわけでもなく、あくまでネーミングライツ契約に基づき発生する、所有者に対する債権に過ぎない。

 すなわち、ネーミングライツ契約に基づきネーミングライツを有するからといって、物権のように、施設名称を直接的かつ排他的に支配できるわけではなく、あくまで債務者である所有者に対して一定の行為(給付)を求めることができるに過ぎない。そのため、物権のように、第三者に対する妨害排除請求や損害賠償請求ができるわけでもなく、たとえば、ファンやメディアが、ある企業にネーミングライツが付与された施設を誤った名称や別の愛称で呼んだとしても、企業がファンやメディアに対して直接に何か法的な請求ができるわけではない。

 また、このようにネーミングライツはあくまで契約当事者間での債権債務に過ぎないことから、ネーミングライツ契約の締結後に所有者が施設の所有権を第三者に譲渡した場合、旧所有者と契約していた企業は、別途ネーミングライツ契約についても旧所有者から新所有者に承継がなされる等しない限り、新所有者に対してネーミングライツを主張することはできない。すなわち、譲渡後にどのような名称を使用するかは新所有者の自由となり、ネーミングライツを有していた企業は、基本的に、旧所有者による契約不履行を主張して、解除、損害賠償請求等を旧所有者に対して求めうるのみということになる。

(3)につづく

 


[5] たとえば、MLBであれば、ヤンキースタジアム、ドジャースタジアム、フェンウェイパーク、リグレーフィールドといった特に長い歴史と伝統を有するスタジアム等は、ネーミングライツを付与していない。

[6] この取引には、スタジアム内のATMのブランディングの権利や、モバイル・リテールバンキング等の業種カテゴリーの独占を含むフィナンシャルサービスパートナーの権利も含まれている。Ben Fischer “Naming-rights deal for L.A. stadium gives SoFi ‘unprecedented’ assets” Sports Business Journal(2019年9月23日号)

[7] Jabari Young “Steve Ballmer’s LA Clippers strike $500 million-plus arena naming-rights deal with TurboTax owner Intuit” CNBC(2021年9月17日)(https://www.cnbc.com/2021/09/17/la-clippers-intuit-strike-500-million-plus-arena-naming-rights-deal.html

[8] 民間スポーツ施設における日本最初のネーミングライツの取引は、1997年に、西武鉄道が所有する東伏見アイスアリーナについてサントリーがネーミングライツを獲得したケースだとされる。市川裕子『ネーミングライツの実務』(商事法務、2009)参照。その他、日本における公有のスタジアムにおけるネーミングライツの取引のプロセス等についても同書が詳しい。

[9] 株式会社北海道日本ハムファイターズ「ボールパークエリア名および新球場名決定のお知らせ」(2020年1月29日)(https://www.fighters.co.jp/news/detail/00002413.html

 


(かとう・しろう)

弁護士(日本・カリフォルニア州)。スポーツエージェント、スポンサーシップその他のスポーツビジネス全般、スポーツ仲裁裁判所(CAS)での代理を含む紛争・不祥事調査等、スポーツ法務を広く取り扱う。その他の取扱分野は、ファイナンス、不動産投資等、企業法務全般。

2011年に長島・大野・常松法律事務所に入所、2017年に米国UCLAにてLL.M.を取得、2017年~2018年にロサンゼルスのスポーツエージェンシーにて勤務。日本スポーツ仲裁機構仲裁人・調停人候補者、日本プロ野球選手会公認選手代理人。

長島・大野・常松法律事務所 http://www.noandt.com/

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