◇SH4253◇新規分野で企業から信頼されている司法修習60期代のリーガルアドバイザーは誰か? 第4回 山岡裕明弁護士インタビュー(3/3) 西田章(2022/12/23)

法学教育

新規分野で企業から信頼されている司法修習60期代のリーガルアドバイザーは誰か?
第4回 山岡裕明弁護士インタビュー(3/3)

八雲法律事務所
弁護士 山 岡 裕 明

聞き手 西 田   章

 

 山岡裕明弁護士へのインタビューの第2回である前回は、法科大学院時代の恩師である落合誠一教授に指導を求めて、仕事の合間を縫って論文を執筆したことで「サイバーセキュリティ」分野での名乗りを上げ、米国UCバークレーのコンピュータサイエンスの大学院でハッカーの攻撃手法を学ぶことで実践的な知見を獲得していった経緯をお伺いした。最終回の今回は、サイバーインシデント対応から派生する法律問題全般に業務が拡大している状況を踏まえて、法律事務所としてどのような方針で採用と人材育成に取り組んでいるのかをお尋ねする。自らはリスクを取って専門分野を確立した山岡弁護士が、経営者としては、留学制度を含めて、アソシエイトが専門性を磨きやすい環境を整備することに取り組んでいるのは興味深い(取材日:2022年10月11日。場所:商事法務会議室)。

 

第3部 業務拡大の方向性とアソシエイトの採用・育成

まだまだ山岡先生のお話をお伺いしていたいのですが、時間も限られているため、八雲法律事務所の業務について話題を移させてください。まず、事務所の名称の由来を教えていただけないでしょうか。
私は島根県出雲市出身なのですが、古事記においてスサノオノミコトが詠んだとされる日本初の和歌に「八雲立つ 出雲八重垣」とあることと、近年世界的に普及しているクラウドコンピューティングの「クラウド」も雲を意味していますので、「八雲」と名付けました。
インターネット分野のサイバーセキュリティを専門とする山岡先生の業務にぴったりの事務所名ですね。八雲では、現在、サイバーインシデント対応の仕事が何割くらいを占めているのでしょうか。
事務所の業務の8割が、サイバー攻撃を受けた企業からのご依頼対応で占めています。ただ、不思議なことに、サイバーセキュリティの専門性が認知されていくほどに、他の法分野の領域の仕事も増えているのが実情です。
たとえば、どのような法分野でしょうか。
分かりやすいところでは、データ・プライバシーの相談です。使う法律としては個人情報保護法ですね。先ほど、サイバーインシデント対応の一環である当局対応(③)として、個人データ漏えい等に関する個人情報保護委員会への報告業務があると述べましたが、それ以外にもIT企業からの利用規約の見直しやデータ管理の方法の相談は常に来ています。IPO段階のスタートアップ企業からデータ管理の適法性・適切性についての意見書の依頼もあります。
なるほど。ほかにはどのような法分野があるのでしょうか。
システム開発紛争のご相談も増えています。サイバーセキュリティ事案対応を通じて向上したプログラミングやネットワークの知識は、エンジニアやIT企業からの信頼を得るためには大きく役立っています。また、実際の紛争対応においても、事実関係を把握して主張、立証を組み立てるにあたって、技術の知識があると有利だと思います。建築紛争において建築の知識がある場合や医療紛争で医療の知識がある場合に有利なのと似ていますね。
ほかにも関連する法分野があるのでしょうか。
最近は、独占禁止法に関連した依頼も増えています。サイバーセキュリティでは、サプライチェーン問題があり、取引先にサイバーセキュリティ体制の構築を要請するニーズがあるのですが、「過度な要求をして、優越的地位の濫用の問題が生じないかどうか?」という相談もあります。
そういえば、八雲法律事務所の笠置泰平先生は、公正取引委員会の審査局に勤務されていたのですよね。
はい、笠置弁護士は、公取委で優越的地位の濫用に関する事件を始めとするさまざまな事件を担当していたので、競争法が関わる事案では本当に助かっています。
そのほかにも関連する法分野があるのでしょうか。
労働法分野の依頼も増えています。取引先企業への従業員のデータ管理をどうすべきかとか、データを持ち出したかもしれない従業員の調査や処分に関する相談です。こうした相談については、使用者側の労働法務で有名事務所に所属していた星野弁護士が活躍してくれています。
データの持ち出しに関するアドバイスでは、労働法に加えて技術の知見も求められそうですね。
はい、証拠を残しておくためのログの取り方を工夫しなければなりません。不正競争防止法上も、秘密として管理しなければならないですが、どうやって秘密として管理するかはシステムの話になってきます。
笠置弁護士の競争法しかり、星野弁護士の労働法しかり、既存の専門性がサイバーセキュリティと交叉することで、八雲の業務範囲を広がるとともに、彼らの専門性にも新たな価値が加わりキャリアが拡がっていくのは嬉しいですね。
八雲法律事務所の業務範囲が広がっていくことは確実なのでしょうが、将来的にどの程度の規模の事務所を目指されているのでしょうか。
設立から4年で弁護士13人の事務所に成長しました。数を追うつもりはありませんが、案件に必要な弁護士を確保していくだけでも、当面は採用に積極的です。
所属弁護士数が増えていくと、仕事の質を担保するためのトレーニングの問題が出てくると思いますが、意識していることはありますか。
「法律×テクノロジー」というユニークなキャリア形成を実現するためのトレーニング方法は4つ意識しています。1つ目は、やはりオン・ザ・ジョブ・トレーニング(OJT)。インシデント・レスポンスでは、必ず3人でチームを組んで対応します。その中で問題となっているハッキングを私が実演して見せたりして、技術的な理解を深めてもらっています。2つ目は、情報処理安全確保支援士の国家試験の受験を推奨しています。体系的にセキュリティを学ぶことで実務経験との相乗効果が期待できます。3つ目は執筆です。私が2016年から2017年に掛けて初めて執筆して出版社を行脚した頃とは隔世の感がありますが、ありがたいことに常時執筆のオファーをいただけるようになりました。最近は私、中堅、若手の3名で共同執筆するようにして、若手が実務経験を言語化して体系的に思考を整理する機会にしています。若手も執筆実績が増えるので意欲的に取り組んでくれています。4つ目は、外部講師を招いた勉強会です。経験豊富なエンジニアに来てもらって、最新の技術やIT業界のトレンドに触れる機会を提供しています。技術的知見を高めるだけでなく、好奇心を刺激する場にもなっています。
英語力を伸ばすためのトレーニングは何か制度を設けられているのでしょうか。
育成方針の一環として、今年、留学支援制度を設けました。私も米国留学で大きな学びを得たので、同じようにキャリアを広げてもらいたいと願っています。
それは留学中の休職を認めるだけでなく、留学費用の援助も含まれるのでしょうか。
学費は事務所が全額負担することにしています。
設立4年の事務所で学費の全額負担はすごいですね。留学の権利を得るための要件や留学先の選定には縛りがあるのでしょうか。
あまり厳格なルールは定めていませんが、3年程度は八雲で実力を付けてもらいたいと思っています。留学先は本人に任せていますが、テクノロジーは米国が最も進んでいるので、テクノロジー分野を専門として決めているならば、米国に行くことを推奨しています。
山岡先生自身は自腹で留学されながら、アソシエイトの留学は事務所で支援する、というのは太っ腹ですね(笑)。

最後に採用基準についてお伺いさせてください。どのような要素を重視されているのでしょうか。
まだまだ試行錯誤を重ねているところではありますが、専門分野があると良いですね。既に高めた専門性と八雲の専門性との相乗効果が期待できます。専門性がない場合は、クライアントである企業からの要求水準を理解して、それに対して必要十分な対応ができる素養を期待していますね。
サイバーインシデント対応は、新しく生まれる攻撃方法との戦いでもあるので、マニュアル化できない仕事が多そうですね。そういう意味では、論理的思考力が求められるのでしょうか。
まさにそのとおりです。最近法律がひとつも出てこない意見書を起案しました。
法律意見書ではないのですか。
特定のサイバー攻撃の手法と被害範囲についての意見書です。あまり詳しくはお話できませんが。その時も三段論法は強く意識しました。前提事実を丁寧に認定して、信頼できる技術的な論文やセキュリティレポートを調べて規範的部分として引用し、最後に当てはめるというロジックを展開する、日頃大手法律事務所とやり取りしている大企業の担当者が読んでも違和感がないだけの論理性がある成果物を作り上げる。こういう仕事を担ってもらうためにも、うちに来てもらうアソシエイトには論理的思考力は重要だと思っています。
ちなみにその意見書に対するクライアントからの評価はどうだったのでしょうか。
クライアント企業内のエンジニアから「この意見書は本当に弁護士が書いたのか?」と驚いてくれるほどに高く評価していただけました。弁護士を12年もしていれば、既存の分野については経験知からある程度の見通しをつけることができるようになりました。しかし、サイバーセキュリティという新しい分野ではゼロベースで臨まざるを得ない事案が多くいまだに緊張感があります。それでも何とか順調に成果を出せているのは頼もしいチームのおかげです。
素晴らしい仕事のことをお伺いした直後に俗っぽい質問ですいませんが、アソシエイトの採用選考において、そういう論理的思考力の素養の有無を判断するために、司法試験の合格順位とかって考慮されますか。
司法試験の成績は提出を求めていないですね。一発勝負の試験の結果よりも、日々の学習への真面目さを示す学生時代のGPAの方が参考になると思っています。
ほかに考慮する要素はありますか。
技術、IT分野、サイバーセキュリティ分野に対する好奇心でしょうか。ダークウェブって何?このサイバー攻撃はどういった手法を使ったのか?ランサムウェア攻撃事案ではどのような法律問題があるのか?好奇心が強いと、私が説明したりリサーチを指示する前に自発的に調べ上げています。そして気がつけば私よりも技術に詳しくなっている(笑)。頼もしい限りです。
採用選考において、サイバーセキュリティ分野についての経験を求めていますか。それとも、入所後に勉強してくれたら、未経験者でも歓迎、と考えていますか。
未経験者歓迎です。今いるメンバーも、皆、八雲に入所後にキャッチアップしていますので、その点は心配していません。
法律的思考には自信はあるけど、既存の法分野の中で専門分野を切り拓いていくことに閉塞感を抱いている若手にはとても魅力のある事務所ですね。本日はどうもありがとうございました。

 

以 上

 


過去のインタビューはこちらから

 

(やまおか・ひろあき)

 

 

 

2010年弁護士登録(63期)。University of California, Berkeley, School of Information修了(Master of Information and Cybersecurity(修士))。内閣サイバーセキュリティセンター タスクフォース 構成員(2019年~2020年、2021年~)。サイバーセキュリティ協議会運営委員会「サイバー攻撃被害に係る情報の共有・公表ガイダンス検討会」検討委員(2022年~)。企業のサイバーインシデントレスポンスを専門とする。

 

(にしだ・あきら)

✉ akira@nishida.me

1972年東京生まれ。1991年東京都立西高等学校卒業・早稲田大学法学部入学、1994年司法試験合格、1995年東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(研究者養成コース)入学、1997年同修士課程修了・司法研修所入所(第51期)。
1999年長島・大野法律事務所(現在の長島・大野・常松法律事務所)入所、2002年経済産業省(経済産業政策局産業組織課 課長補佐)へ出向、2004年日本銀行(金融市場局・決済機構局 法務主幹)へ出向。
2006年長島・大野・常松法律事務所を退所し、西田法律事務所を設立、2007年有料職業紹介事業の許可を受け、西田法務研究所を設立。現在西田法律事務所・西田法務研究所代表。
著書:『新・弁護士の就職と転職――キャリアガイダンス72講』(商事法務、2020)、『弁護士の就職と転職』(商事法務、2007)

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