◇SH2046◇弁護士の就職と転職Q&A Q53「『逆質問』で聞いてはいけないこともあるのか?」 西田 章(2018/08/27)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q53「『逆質問』で聞いてはいけないこともあるのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 事務所訪問を終えた候補者に対しては、「面接で何を質問しましたか?」と尋ねるようにしています。先日は、候補者から「図書室を見せてもらえませんかと尋ねたら、快く案内してくれました」という報告を受けました。私が「なるほど、それは良い質問だな」と思っていたら、まもなく、その候補者への内定通知が届きました。逆に、「執務スペースを見せて下さい、と頼んだら、『守秘義務がある』と言って断られてしまいました」という報告を受けた事例では、「採用見送り」の報告が続きました。別に、逆質問の内容が、採否を分けた決定的な原因とは言えません。ただ、その逆質問を発した動機を好意的に受け止めてもらえなければ、採用に向けた検討を促すことはできません。

 

1 問題の所在

 企業法務の仕事を始めると、アソシエイトも、M&Aの買収側アドバイザーとしてDD業務を担当したり、不祥事調査においてヒアリングを担当したりします。すると、「法律家の仕事は、見落としがなくリスクを洗い出すことである」と思い込むあまりに、自己の転職活動にもそのスタンスで臨んでしまう若手弁護士を見かけることがあります。

 しかし、採用側としては、興味本位の見学者に対して、事務所の内情を開示する義務はありません。つまり、「本気でうちに来ることを考えてくれる『将来の仲間』には、すべてを知った上で参加してもらいたい」と思う反面で、「どうせうちに来ない外部者には何も教えたくない」というのが本音です。そのため、面接官は、「逆質問」をした候補者に対して、「なぜ、この候補者はこのような逆質問をしているのか?」と「この逆質問に対して期待する回答が得られなければ、うちに来たくないという趣旨か?」という疑問を抱くことになります。

 たとえば、冒頭に掲げた「図書室を見せてもらいたい」という質問は、修習生にとってみれば、単なる社会科見学に過ぎませんが、アソシエイトにとってみれば、「現事務所のリサーチ環境をどれだけ改善することができるか?」を知るための手がかりを求める良問になります。もし、ここで、アソシエイトが更に「図書室の家賃はいくらですか?」と尋ねたら、それは「出過ぎた質問」となりますが、質問者がパートナー候補であれば、「この図書スペースを維持するためにどれだけの費用が生じているか?」を知りたいと願うのは、経費負担する立場での参加を検討するためには自然なことです。

 「逆質問が適切かどうか?」は、候補者のスペックや年次、それに採用プロセスの進捗度合いに応じてケースバイケースで定まるため、画一的に、良問と悪問の区別ができるわけではありません。そこで、候補者としては、どのようなスタンスで逆質問を行うべきかに悩むことになります。

 

2 対応指針

 法律事務所は、採用面接において、候補者を「『同じ船に乗せる仲間』に相応しいかどうか?」という視点で審査します。そのため、原則論としては、「依頼者のために良い仕事をできる環境かどうか」を確認するための逆質問は歓迎されますが、「自己に不便がなく、ストレスが少ない職場環境と高待遇を最優先で確保したい(それが事務所の他の弁護士やスタッフの犠牲に上に成り立っても構わない)」という利己性を推認されてしまうと、「オーナーシップに欠ける」「サラリーマン弁護士」と評価を下げることになります。

 そのため、待遇面や職場環境に関する質問は、「このラインを確保できなければ、不本意である」という印象を面接官に対して与えてしまうことは意識しておかなければなりません。もし、応募先に対して、待遇面・環境面での不備を上回るだけの魅力を感じているならば、「将来的にはそういう条件・環境を確保できるように事務所を一緒に盛り立てていきたい」という意欲まで述べてもらえると、「事務所へのオーナーシップ」を期待させる好印象に転じます。

 また、面接官に「逆質問」の意図を正しく伝えるためには、「なぜ、この質問をしているのか」を、その場で開示しておくことが望ましい場合もあります(たとえば、「個人受任は認められているか?」という質問は、一般論として捉えると、「事務所案件をサボって個人受任で小銭稼ぎをしたいのか?」という疑念を与えるおそれがありますが、「現在、こういう事件を抱えており、途中で投げ出せないので、事務所移籍後も担当を継続したい」という背景を伝えれば、仕事に対する責任感の強さの現れにも変わります)。

 

3 解説

(1) 事務所課題の「自分事」化

 法律事務所は、常に「いい人」を求めていますが、それには2通りの意味があります。ひとつは「優秀な人材」です。依頼者のために「いい仕事」をするためには、担当する弁護士に「法律家としての優れた能力」が備わっていなければなりません。もうひとつは、「事務所の課題を(他人事でなく)自分事として受け止めてくれる人材に育ってもらいたい」という期待を抱けるかどうかです。法律事務所は、上場企業のような大船ではなく、航海スケジュールも航海図も持たない小舟に過ぎません。ご縁がつながり、偶々、依頼が続いたおかげで事務所を維持できています。それが奇跡的であることは、経営弁護士自身が一番よくわかっています。

 そのため、現時点で、仕事が順調であるとしても、いつまでもそれが続いてくれると楽観はしていません。だからこそ、クライアントからの相談が、タイトなスケジュールなものであっても、リスクを孕んだものであったとしても、安易にそれを断るのではなく、その期待に応える方向での最大限の努力を尽くします(自分が依頼を断っても、クライアントがそれを納得しなければ、クライアントはその意図を汲んでくれる別の弁護士を探すことになります)。これに対して、「頭がよいアソシエイト」ほど、「その依頼にはリスクがある」とか「スケジュール的に無理です」と評論家的な立場から発言してくることもあります。もちろん、事務所のレピュテーションも大事ですし、ワークライフバランスもできる限りは確保してもらいたいと願います。ただ、すべては事務所の経営を維持して初めて成り立つものです。多忙な時期にはハードワークの問題が生じますが、閑散期には、資金繰りの問題が生じます。それだけに、「事務所が大変な時期であっても、自己の権利や利益を最優先して譲らない」という性格が疑われてしまうと、「同じ船に乗せる仲間」としては不適格という判断に傾きます。

(2) 労働条件や職場環境の「今現在譲れないライン」と「将来像」

 たとえば、現事務所のオフィスで既に個室で執務している弁護士が、面接において「こちらの事務所では弁護士に個室は与えられていないですか?」と逆質問をすれば、面接官には「この人は、オープンスペースでは働きたくないのだろうな」という印象を与えます。同様に、「給料はいくらですか」という逆質問は、「仕事内容よりも、給与のほうが大事なのだろうな」という印象を与えますし、「アソシエイトは毎晩何時まで働いているのですか」という逆質問は「この人に残業を頼むのは難しそうだ」という印象を与えます。

 今現在の条件面・環境面を重視せざるを得ないならば、それで破談になってもやむを得ません(たとえば、住宅ローンの支払いで月次給与の最低限が定まっている、等)。ただ、面接官には、「今現在の事務所が完成形ではない」「もっと事務所を良くしていきたい」という思いもあります(たとえば、長時間労働についても「将来的には、弁護士を増やして残業をなくしたい」と願っている経営弁護士は多いです)。そのため、候補者が「現事務所よりも条件を落としても、この事務所で働きたい。それだけの魅力がある」と感じている場合に、「事務所の一員として事務所作りに参画したい」「固定給は低くても、業績を上げてボーナスで年収をアップさせたい」という未来像まで語ったならば、面接官は、「オーナーシップを持って仕事に取り組んでくれそう」という好感を抱くでしょう(候補者が能力面で要求スペックを満たしていることを前提として)。

(3) 逆質問を行う動機の開示

 条件面・環境面の質問が、「条件が下がる転職はしたくない」という形式的意味ではなく、具体的な懸念事項があるならば、面接官に誤解されるおそれを避けるために、その問題意識を面接官に開示しておくべきです。たとえば、「個室はないのですか?」という質問の意図が、(個室は譲れない、ということではなく)「自分は頻繁に電話をするため」であれば、「パーテーションはありますか?」とか「会議室で電話することはできますか?」といった質問を補完していくことで建設的な議論に転換することもできます。同様に、「個室に大量の書類や書籍を保持している」ということであれば、事務所の文書や書庫の保管スペースの確認で納得できる場合もあります。

 所属弁護士の給与を上げたり、執務スペースを整えるのは、いずれも、事務所経営のコスト負担を増加させるものです。会社の法務部門(間接部門)とは異なり、法律事務所では、個々の弁護士が売上げに貢献するチャンスを持っています。そのため、条件面・環境面に関する逆質問をする際は、(「サラリーマン弁護士」という悪印象を避けるために)「自己の弁護士業務の生産性を上げることにより、事務所の売上げにも貢献していきたい」という意図まで併せ伝えることはとても重要です。

以上

タイトルとURLをコピーしました