コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(64)
―中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑦―
経営倫理実践研究センターフェロー
岩 倉 秀 雄
前回は、経営トップのコミットメントについて、中小企業・ベンチャー企業と大企業を比較して述べた。
大企業の場合には、組織が複雑で成員の数が多く階層も多段階になることから、時間はかかるが、経営トップが強力にコミットして専門部署を設置し、能力のある要員を任命した上で、組織文化変容のマネジメントを実践することにより、コンプライアンスを組織文化に浸透・定着できる。
中小企業・ベンチャー企業の場合には、組織が単純で従業員数も少なく経営者の人間性までも従業員に良く知られている場合が多いので、経営トップの姿勢がコンプライアンスに関する組織全体の価値観の形成に反映しやすい。したがって、経営トップがコンプライアンス重視を表明し日々の意思決定で手本を示すことが規範形成につながる。
今回は、コンプライアンス体制について考察する。
【中小企業・ベンチャー企業のコンプライアンス⑦:コンプライアンス体制】
2. コンプライアンス体制
大企業の場合には、専門の担当部門が専門性を発揮してコンプライアンスを組織内へ浸透させている。中小企業・ベンチャー企業の場合には、人的・資金的余裕が無く経営者と従業員の距離が近いので、経営者が中心となり外部の専門家を活用するケースが多い。
(1) 大企業
大企業の体制上の課題は、組織が多段階で複雑なことを踏まえて、いかにして組織の隅々までコンプライアンスを浸透させるかである。
一般に、大企業では、社長や担当役員を長とし、顧問弁護士、役員(含む社外役員)、執行役員、本社部長クラスをメンバーとする全社的なコンプライアンス推進組織を、本社に設置する場合が多い。
事務局は、コンプライアンス担当部署が勤め、労働組合の代表がメンバーになる場合もある、
議題としては、全社的なコンプライアンス方針、重点活動計画、推進体制の見直し、アンケート調査によるコンプライアンスの浸透状況、違反への懲戒等が議論される。
現場では、各部署長や課長クラスが自部署のコンプライアンス責任者・リーダー(名称は企業により異なる)になり、部署ごとのコンプライアンス推進体制を構築する。
重要なことは、コンプライアンス部門が、現場と密接な情報交換を行い、質の高い信頼される情報をタイムリーかつ計画的な提供し、いかに現場の意識を高めるかである。
なお、一定程度仕組みができコンプライアンスが組織内に浸透し始めると不祥事の発生が減るが、それに安心してコンプライアンス部門の戦力の削減を図ることは危険である。
なぜならば、表面的には組織を揺るがす不祥事が起きていなくても、現場では慣れ親しんだ旧来のやり方に戻り、不祥事やクライシスの種が深く潜行して生まれている可能性があるからである。
そもそも変わりにくいのが組織文化であり、コンプライアンスが組織文化に根付くには、時間がかかるのである。
コンプライアンス部門は、常にコンプライアンスの重要性を訴え、アンケート調査や研修等によりコンプライアンスの浸透状況を把握し対策を実施する等、存在感を示し続ける必要がある。
コンプライアンス部門は、可能な限り現場に出かけるべきだが、組織の規模の割にコンプライアンス担当部署の人数が少ない場合や本社と現場が離れている場合には、Eラーニングやメルマガ等、情報システムの活用による意識喚起も必要になる。
(2) 中小企業・ベンチャー企業
中小企業・ベンチャー企業では、コンプライアンス部門の業務は管理部門が兼務する場合が多く、専門部署の設置や専門知識のある要員の確保が難しい。
そのために、コンプライアンス業務を片手間の仕事として捉えやすく、情報収集力も大企業に比較して劣る場合が多い。
対策としては、要員の拡充を図り実効性を高めることであるが、これまで考察してきたとおり要員不足が中小企業・ベンチャー企業の特徴である。
中小企業・ベンチャー企業の場合には、経営トップが強力にコミットして期間限定で(プロジェクトチームでも良い)、無理をしてでもコンプライアンス専門部署を設置し、一気に体制を構築する。そして、一定の体制ができた後に兼務体制に戻すなどの方法も考えられる。いつ戻すかは経営判断であるが、組織文化に定着する見通しが立つことが目標になる。
体制が整い軌道に乗るまでは、外部の専門家の助言を得る必要がある。
また、現場において部署長や課長がコンプライアンス責任者や担当者を兼務するのは大企業の場合と同じであるが、例えば、班単位でコンプライアンスリーダーを任命する等、現場の隅々まで働きかけて参加意識を高めることも考えられる。
また、経営トップが長となって公式のコンプライアンス推進組織を設置することや、コンプライアンス強化週間・月間を設けて、トップが様々なメッセージを発信するとともに自組織のコンプライアンス課題に取り組むことは、従業員の意識を喚起する上で役に立つ。
次回は、大企業と中小企業の担当者の専門能力の育成と研修について考察する。