◇SH1303◇弁護士の就職と転職Q&A Q9「留学にデメリットはないのか?」西田 章(2017/07/24)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q9「留学にデメリットはないのか?

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 弁護士が留学することは、その市場価値を上げるものであると信じられています。語学力を伸ばしたり、海外の法制度を学ぶといった学習面以外にも、留学生同士の人脈が将来の営業に役立つこともあります。学位や米国法弁護士資格は、転職でも有利だと言われています。しかし、その漠然とした期待感に近いメリットのために用いるコスト(学費、生活費や時間)は具体的に発生します。今回は、キャリア・アップのための留学が期待外れとなるリスクに着目してみたいと思います。

 

1 問題の所在

 人材市場において、「留学からの帰国時」は転職が成立しやすいボリュームゾーンです。これは、主として、転職を希望するアソシエイトの側の事情に基づいています。企業法務の最先端にいる法律事務所のジュニア・アソシエイトは、常に案件に巻き込まれており、自分のキャリアを落ち着いて考える時間を確保することもできません。「留学までは頑張ろう」と誓って激務をこなしてきたアソシエイトが、案件を引き継いで、所属事務所から物理的に遠ざかり、他の事務所や企業から来た留学生仲間と情報交換をすることは、「事務所に戻らない別の選択肢」を考えさせるに十分な契機となります(仕事一色の生活に戻るべきか、留学が終わってしまったら、何を目標に仕事を続けることができるか、激務に見合うだけの処遇(パートナー昇進等)を得られるのか、といったことを一度は考えることになります)。

 また、最先端とまでは言えない事務所に所属していたアソシエイトや、社内弁護士は、留学先のロースクールにおいて一流事務所のアソシエイトとクラスメイトとなって議論を交わすことで、「自分も一流事務所の同期に負けていない」という自信を芽生えさせて、「現職の給料は安すぎるのではないか」「自分も企業法務の最先端でばりばり働いてみたい」という思いを抱くこともあります。

 それでは、留学に出る弁護士の転職願望は、その受け入れを検討することになる採用側にも通じるものでしょうか。

 

2 対応指針

 留学そのものは、弁護士のキャリアではありません。市場価値を上げるためには、留学後に適切な実務経験を積むことが必要です。留学中は「実務の空白期間」が生じるために、留学直後に案件を責任者として回す役割は任せられません。実務に復帰するサポート(先輩の監督等)が得られる環境で仕事を再開できることが望ましいです。また、学歴は、「見栄え」が重視されるために、履修内容よりも、学位を得たロースクールのランキングが市場価値に影響します。

 

3 解説

(1) 大規模事務所のアソシエイトの誤算

 大規模事務所のアソシエイトの自己評価としては、「留学まで激務に耐えた」「弁護過誤なく過ごすことができた」というのはひとつの「区切り」を与えてくれます。そこで、プライベートも大事にできる環境や自分のやりたい仕事を求めて、より小規模の事務所への移籍を考える人もいます。しかし、中小事務所においては、留学に行かずに実務を続けていた同期が、既に、パートナーとなって、自分の依頼者を持って自己の裁量で仕事を回していることも珍しくありません。

 留学から戻ってきた場合には、基本的には「自己の依頼者ゼロ」で「実務も空白期間があり、自分ひとりで案件を回す自信もない」という状態で仕事を再開しなければなりません。仕事の再開のためには、先例・類似案件のサンプルが豊富にあり、先輩弁護士の監督を受けながら、パラリーガルやジュニア・アソシエイトの協力も得ることができる前職の環境のほうが便宜である、という現実に気付かされることになります。

(2) 中小事務所のアソシエイト又は社内弁護士の誤算

 留学は、企業法務に携わりたい若手弁護士にとって、キャリア・アップのきっかけであることは確かです。ただ、欧米系の法律事務所や企業が、留学帰りの弁護士を中途採用しているのは、単に「留学帰り」という点だけに着目しているわけではありません。留学前における法律事務所での実務経験に加えて、留学によって、英語でのコミュニケーションスキルも向上したことを評価しています。

 すなわち、留学先を同じくしていても、クラスメイト全員に一律の市場価値が与えられるわけではなく、留学前における実務経験の差は留学後もそのまま引き継がれることになります。留学によって、直ちに高額な給与のポストに誘ってもらえるわけではありませんので、留学に投じた費用を留学後にすぐに回収できるだろうと楽観するのには注意が必要です。

(3) ロースクールのランキング

 もし、留学の価値を「英語力の向上」に求めるならば、日本人留学生が少ない地域・学校を選んで留学することも考えられます。また、「特定の法分野の研究」に求めるならば、当該分野で著名な法学者の下で論文を書くことに主眼を置くことも考えられます(研究成果が帰国後の案件獲得等に役立つこともないわけではありません)。しかし、留学帰りの弁護士は(留学前の意欲と異なり)結果的には、留学の価値を「学歴」だけにしか感じない者が大半です。

 留学の価値を「学歴」に置いた場合には、「知名度」や「ランキング」は、決定的とも言える影響を持つことになります。特に、メガバンク又は商社等の海外進出企業を依頼者とする業務に携わる場合には、依頼者企業側でも有名大学への留学経験を有する社員が窓口になることが頻繁にあります。

 一流大学に留学していれば、依頼者企業の担当者がどこに留学していても、堂々と接することができるのに対して、自己の留学先のロースクールのランキングが高くない場合には、「自分よりも有名大学に留学した担当者に見下されているのではないか」という劣等感を抱いて仕事をしなければならない、という心配事を耳にすることもあります。

以上

 

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