債権法改正後の民法の未来 35
契約締結過程の情報提供義務(3・完)
北浜南法律事務所
弁護士 阪 上 武 仁
5 今後の参考になる議論
- (1) 情報提供義務については、要綱仮案の原案の段階で、上記4のとおり、立法化が見送られた。しかし、法制審の審議の中で、判例上も、一定の場合に情報提供義務の存在が認められており(最三判平成24・11・27裁判集民242号1頁、最二判平成23・4・22民集65巻3号1405頁、最一判平成18・6・12裁判集民220号403頁)、同義務が存在すること自体が否定されたことはなく、あくまで明文化することの可否とその要件および効果の定め方について議論が交わされ、コンセンサスが形成できなかったという経緯がある。
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そこで、今回の法制審において議論された結果、明文化されなかったとしても、情報提供義務の存在については、従前どおり、肯定される[1]。
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(2) また、情報提供義務に関する考慮要素、対象となる情報の内容および効果について法制審で議論されたことにより、これらについての問題点が抽出されたことは、今後、訴訟等の場面で情報提供義務が問題となったとき、各当事者が主張立証する上で、十分参考になる。
- ア まず、考慮要素については、契約の内容や性質はどういったものなのか、また当事者の属性や資質はどういったものか、交渉経緯はどういったものなのか、情報提供義務を負う者が、問題となっている情報が相手方にとって重要なものであることを知っている必要があるか、相手方が問題となっている情報を得ることが不可能または困難なものか、プライバシー等の他の法益との調整をどうするべきか等につき、個々の事案に応じて検討していくことになろう。
- イ 次に、対象となる情報の内容については、契約締結過程の情報提供義務であるから、契約を締結するかどうかの判断にあたって必要な事項が提供するべき情報の内容である。これに加え、生命・身体等に損害を生じさせる可能性が高い情報も含まれるかについて議論され、生命・身体等に損害を生じさせる情報についても、契約を締結するかどうかの判断にあたって必要な事項に含まれるものであれば(例えば、防火扉の使い方が難し過ぎるために購入者が自らの生命身体の安全のために購入を迷うケース等。)、当然のことながら、提供されるべき情報の内容となる。これに対し、契約締結後であっても履行時までに説明すればよい内容であれば(例えば、上記の例で、購入は迷わないが、使い方の説明は要するケース等。)、契約締結後の説明義務違反でしかない。
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ウ 最後に、効果については、現在、判例上は損害賠償請求のみが認められている。
もっとも、提供するべき情報が提供されなかったことにより、相手方が錯誤に陥った場合に取消しが認められることと類似することから、取消しの可否についても議論する余地が残ることになろう。
6 最後に
契約締結段階における情報提供義務については、判例法上認められており、その点は、法制審の議論においても異論のないところであったが、明文化はなされなかった。
しかし、上記のとおり、法制審で議論が重ねられた結果、契約締結段階における情報提供義務に関する問題点が具体的に抽出されたこと自体、今後の実務において役立つことであり、十分意義があった。
以上