弁護士の就職と転職Q&A
Q47「『インハウスになれば安定できる』との発想に見落しはないか?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
前回の冒頭でも触れたとおり、大手事務所のアソシエイトにとっては、「パートナー審査の厳しさ」や「売上げプレッシャー」がキャリア形成上の大きなリスク要因と受け止められています。ハードワークを続けることに疑問を抱くアソシエイトは、一度は、「インハウスになれば、安定した生活を送れるのではないか?」と考えるものです。ただ、結論を導くための前提条件は「インハウスとして成功すれば」と置くべきであり、インハウス特有のリスクも考慮しなければなりません。
1 問題の所在
大手事務所に入所する新人弁護士は、2つのタイプに分けられます。ひとつは、「パートナーになって自ら活躍すること」を夢見る層であり、もうひとつは、「とりあえず、大手事務所に入って基礎的な訓練を受けられたら十分」であり、その後のことは改めて考えようとする層です。前者は、「事務所で成功しているパートナー」をキャリアモデルに据えており、後者は、「事務所で辛そうに仕事をするパートナー又はカウンセル」に自分の将来像を重ねてしまいがちです。
具体的な目標を持つことができずにハードワークを続ける後者にとっては、「インハウス」という言葉からは「①労働法に守られた生活を過ごすことができるし、②パートナー選考に落ちることはないし、③売上げプレッシャーを受けることもなくなる」という点では理想的な職場を思い浮かべることができます。確かに、緊急避難的な事例(すぐに現職を辞めなければ、心身を損なってしまいそうな段階)であれば、最大の問題(ハードワーク)を解消するためだけに転職に踏み切っても構いません。ただ、もし、中長期的にキャリアを考える余裕があるのならば、「法律事務所勤務を続けた場合の悲観シナリオ」を、「インハウス転向後の楽観シナリオ」と見比べるだけでは不十分です。「インハウスでミスマッチが生じた場合の悲観シナリオ」も念頭に置いた上で、自分の希望や適性に沿ったキャリアの方向性を考えてみてもらいたいと思います。
2 対応指針
インハウスになれば、管理部門である法務部門の責任者又は担当者は、「売上プレッシャー」からは解放されます。他方、依頼者(上司/担当部門)が固定化されるために、「ミスマッチ」が生じてしまった時は、「自己に対する(不当に)低い評価が固定化してしまうリスク」が深刻な問題となります(外部弁護士であれば、ある依頼者から低い評価を受けたとしても、その低評価が他の依頼者に共有されるわけではないので、別の依頼者への仕事で挽回するチャンスがあります)。外資系企業であれば、ミスマッチを許容した長期雇用を期待することはできませんし、「終身雇用」が原則の日本企業においても、ミスマッチを解消してくれることを期待できるかどうか(法務部門で低評価を受けた弁護士有資格者に対して、他に活躍できるポストを提供できるのか)は難しい問題です。
「ワークライフバランス」に関しては、「出産・育児に手間を要する世代」においては、「プライベートの確保」という観点では、インハウスのほうが優れていると受け止められるのが一般的ですが、一部には「会社のほうが硬直的である」という意見(例えば、出勤時間やランチタイム、子供の保護者会への出席等のために一時的に職場を離れるのは、法律事務所の許容度のほうが高いなど)も聞かれます。また、年齢が上がってくると、今度は、「会社は『ワークを増やしたい』というニーズに応えてくれない」(定年後に働くチャンスも狭まってしまう)ことに対する不満の声が大きくなってきます。
3 解説
(1) 依頼者(上司/担当部門)の固定化リスク(低い評価の定着リスク)
法律事務所に勤めていると、「売れっ子パートナー」が、必ずしも、完璧な仕事をしているわけでもなければ、聖人君主でもないことを知ることができます。係属案件の対応方針を巡ってクライアントと喧嘩してしまうこともあれば、弁護士報酬の請求額が高すぎるとのクレームを受けていることもあります。そのクライアントを失ったとしても、「売れっ子」は、代わりのクライアントを開拓することで、全体としては、売上げを維持することに長けています(それが「加点主義」と言われる所以でもあります)。
これに対して、インハウスでは、指揮命令系統が定まっており、上司は特定人を意味することになりますし、担当するビジネス部門(クライアント)も固定化されます。意見の対立が生じた場合に、友好的な人間関係の維持を重視して、相手方の意見を受け入れたら、不本意な判断に伴うリーガルリスクを呑み込むことにもつながります。議論に打ち勝って自己の意見を貫くことに成功したとしても、相手方の恨みを買ってしまったら、その後のプロジェクトの進行に協力を得られなくなってしまったり、次の案件で仕返しをされるという展開も懸念されます。
指揮命令系統と職務分掌が固定化されているため、一旦、自己の人柄や仕事の成果に「×」が付いてしまうと、それをリセットする機会に乏しいことは留意しておかなければなりません(それが「減点主義」と言われる所以でもあります)。
(2) 「ワークライフバランス」と「責任ある仕事」とのジレンマ
「法律事務所からインハウスに転向すれば、勤務時間が短くなる」という見方は概ね正しいと思います。ただ、もし、「法律事務所の仕事=クライアントが判断するために必要とされる情報の収集と分析」であり、「インハウスの仕事=会社の意思決定のための法務部門としての判断」と棲み分けたとすれば、「勤務時間が短くなる=短い時間で(限られた情報で)責任ある判断を迫られる」という状況が生じてしまいます。
例えば、会社員であれば、所定の有給休暇を取得することは可能ですが、担当業務を止めるわけにはいきません。休暇中でも、携帯端末には、担当事業部門からインハウスの「承認」を求める連絡が届きます。「承認」のボタンを押すこと自体の所要時間は、ほんの数秒ですが、もし、「承認」をしないのならば、その理由と問題点(できれば代替案も)を分析して担当者に伝えなければならず、それには相応の時間を要します。休暇をスケジュール通りに消化することを優先すれば(&深刻なリスクまではなさそうならば)、「えいやーで『承認』ボタンを押してしまう」というのも、サラリーマン的にはありうるシナリオです。
休暇を安心して取得するためには、「休暇中に自己の仕事を代わりに担当できる人材」がいなければなりません。しかし、自己の職務について「自分を代替できる人材」が社内にいるということは、「自分は、会社に必要不可欠な人材ではない」ということの証明にもなってしまいます。
他方、法律事務所であれば、多数の依頼者との関係は流動的であり、担当する案件も選択的です。「自分が定めた休暇期間に作業が生じる仕事は受けない(他の弁護士に代わってもらう)」ということも、クライアントに対する交渉力を備えていれば、不可能なことではありません。
(3) ミスマッチ発覚後のシナリオ
法律事務所の外部弁護士には、「営業の苦労」があります。しかし、それは「自分が受けたくない事件を断る」という自由も包含しています。これに対して、インハウスには「営業の苦労」がない代わりに、「自分の職務分掌内に生じた案件を担当しなければならない」という固定的義務とセットになっています。そのため、インハウスには、尊敬できない上司に仕えさせられてしまったり、リーガル軽視の事業部門と組まされてしまうリスクは大きなものとなります(自分に非はなくとも、「使えない」とか「リスクをとれない批評家」といったレッテルを貼られてしまい、不当なネガティブ評価が定着してしまうこともあります)。
外資系企業であれば、そのような「ミスマッチ」は放置されることなく、選手交代(自己の解任リスク)が濃厚になります。また、「終身雇用」の原則が維持されている日本企業では、リストラされることはなくとも、「弁護士有資格者」にとっては、社内異動という形で「ミスマッチ」を解消することに困難が伴います(弁護士資格を活用できる職種としては、法務部門以外にも、コンプライアンス部門や内部監査部門が考えられますが、職務経歴上、「法務部門経験の空白期間」が生じることが、将来の転職活動にマイナスに働いてしまうことも懸念されます)。
このように考えてみると、「会社員にはジョブ・セキュリティがある」という期待が通じる射程は、「終身雇用を維持する日本企業」における「社内に多様な異動先を抱えているジェネラリスト/総合職」に限られるようにも思われます。そして、会社の枠に捉われることなく、市場で評価されるスキルを磨き続けることのほうが「弁護士としての生存可能性」を高めてくれるようにも感じられます。
以上