◇SH1971◇最二小判 平成30年2月23日 建物根抵当権設定仮登記抹消登記手続請求事件(鬼丸かおる裁判長)

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 抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合における当該抵当権自体の消滅時効

 抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合には、民法396条は適用されず、債務者及び抵当権設定者に対する関係においても、当該抵当権自体が、同法167条2項所定の20年の消滅時効にかかる。
(補足意見がある。)

 民法167条2項、民法396条、破産法253条1項本文

 平成29年(受)第468号 最高裁平成30年2月23日第二小法廷判決 建物根抵当権設定仮登記抹消登記手続請求事件 上告棄却

 原 審:福岡高裁平成28年11月30日判決
 原々審:福岡地裁平成28年7月27日判決

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 Xは、平成13年2月13日、その有する建物共有持分について、債務者をX、根抵当権者をY、債権の範囲を金銭消費貸借取引などとする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定するとともに、Yとの間で金銭消費貸借取引契約(以下「本件契約」という。)を締結し、以後、金銭の借入れと返済をしていたが、平成17年11月24日、破産手続開始の決定(同時廃止)を受けた。Xが破産手続開始の決定を受けたことにより、本件根抵当権の担保すべき元本が確定し、その被担保債権は、本件契約に基づくYのXに対する債権(以下「本件貸金債権」という。)である。その後、Xは、免責許可の決定を受け、同決定は、平成18年2月24日に確定した。

 本件は、Xが、本件貸金債権につき消滅時効が完成し、本件根抵当権は消滅したなどと主張して、Yに対し、本件根抵当権の設定仮登記の抹消登記手続を求めた事案である。

 原審は、(1)本件貸金債権は、免責許可の決定の効力を受ける債権であるから、消滅時効の進行を観念することができない、(2)民法396条により、抵当権は債務者及び抵当権設定者に対してはその担保する債権と同時でなければ時効によって消滅しないから、Xの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないとし、Xの請求を棄却すべきものとした。

 本判決は、原審の上記(1)の判断は是認することができるが、上記(2)の判断は是認することができないとし、判決要旨のとおり判示して、以上のことは担保すべき元本が確定した根抵当権についても同様に当てはまるとした。そして、本件の事実関係の下においては、本件根抵当権を行使することができる時から20年を経過していないことは明らかであるから、Xの請求を棄却すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができるとして、Xの上告を棄却した。

 

2

 破産法253条1項本文は、「免責許可の決定が確定したときは、破産者は、破産手続による配当を除き、破産債権について、その責任を免れる。」と規定しているところ、免責の法的性質については、責任が消滅するのであって債務は消滅せず、自然債務として残存するとする説(自然債務説。我妻榮『新訂 債権総論』(岩波書店、1964)70頁、山木戸克己『破産法』(青林書院、1974)300頁等)と、債務そのものが消滅するとする説(債務消滅説。兼子一『新版強制執行法・破産法』(弘文堂、1964)267頁、伊藤眞『破産法・民事再生法〔第3版〕』(有斐閣、2014)724頁等)とに分かれており、自然債務説が通説であり、判例も自然債務説を前提としていると解されている(伊藤眞ほか『条解破産法〔第2版〕』(弘文堂、2014)1675頁等)。

 なお、破産手続によらないで行使することができる別除権(破産法2条9項、65条1項)が、免責の効力を受けないことは、当然のことであると解されている(伊藤ほか・前掲1677頁、1686頁)。

 

3

 主債務者である破産者が免責決定を受けた場合に、免責決定の効力の及ぶ債務の保証人がその債権についての消滅時効を援用することができるか否かについて、最三小判平成11・11・9民集53巻8号1403頁(以下「平成11年最判」という。)は、「免責決定の効力を受ける債権は、債権者において訴えをもって履行を請求しその強制的実現を図ることができなくなり、右債権については、もはや民法166条1項に定める『権利ヲ行使スルコトヲ得ル時』を起算点とする消滅時効の進行を観念することができないというべきであるから、破産者が免責決定を受けた場合には、右免責決定の効力の及ぶ債務の保証人は、その債権についての消滅時効を援用することはできないと解するのが相当である。」としていた。

 免責許可決定の効力を受ける債権が抵当権の被担保債権である場合にも、その債権の消滅時効の進行を観念することができなくなるとする立場に立つ見解(吉岡伸一「主債務会社の破産と抵当権の消滅時効」岡山大学法学会雑誌66巻3・4号805頁、工藤祐巌「判批」NBL698号(2000)75頁等)がある一方で、免責許可決定の効力を受ける債権が抵当権の被担保債権である場合に、その債権について消滅時効の進行を認める立場に立つ見解(酒井廣幸『続 時効の管理〔新版〕』(新日本法規出版、2010)363頁、中田裕康「判批」金法1588号(2000)32頁、田髙寬貴「債務者破産の場合における保証・物上保証の帰趨」名古屋大學法政論集201号(2004)354頁、金山直樹「破産免責・法人破産と民法理論」國井和郎先生還暦記念『民法学の軌跡と展望』(日本評論社、2002)524頁等。なお、消滅時効の進行を認めつつ、附従性がなくなり時効の援用が否定されるとする見解として、松久三四彦『時効判例の研究』(信山社、2015)60頁)もある。

 本判決は、平成11年最判を参照した上で、免責許可の決定の効力を受ける債権についてはもはや消滅時効の進行を観念することができないことは、免責許可の決定の効力を受ける債権が抵当権の被担保債権である場合であっても異なるものではない旨を判断した。本判決は、平成11年最判の説示から素直に導かれる結論を述べたものと解される。

 

4

 上記のとおり、抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受けるために当該被担保債権について消滅時効の進行を観念することができなくなった場合、次に、抵当権自体の消滅時効が問題となる。

 (1) 抵当権の消滅時効に関しては、民法396条が「抵当権は、債務者及び抵当権設定者に対しては、その担保する債権と同時でなければ、時効によって消滅しない。」と規定している。上記のように被担保債権について消滅時効の進行を観念することができなくなった場合、債務者及び抵当権設定者(本件のXはこれに当たる。)に対しては、「被担保債権が時効によって消滅しないのであるから、その抵当権は、時効によって消滅しない」ことになるのかという問題が生ずる(本件の原審はこのようになると解したものである。)。

 民法396条の意義については、同法397条の意義との関連を含めて古くから議論がある。

 判例(大判昭和15・11・26民集19巻2100頁)は、(「債務者及び抵当権設定者」以外の者である)後順位抵当権者及び抵当物件の第三取得者に対しては、抵当権は、被担保債権と離れて、民法167条2項により20年の消滅時効により消滅するとしており、この立場が多数説とされる(柚木馨=高木多喜男編『新版注釈民法(9) 物権(4)〔改訂版〕』(有斐閣、2015)470頁〔柚木馨=小脇一海=占部洋之〕。この立場に立つと解されるものとして、梅謙次郎『訂正増補版 民法要義 巻之二 物権編(復刻版)』(有斐閣、1984(明治44年版復刻))590頁、中島玉吉『民法釋義 巻之二(下)四版』(金刺芳流堂、1918年)1189頁、我妻榮『新訂担保物権法』(岩波書店、1972)421頁、柚木馨『担保物権法』(有斐閣、1958)355頁、川井健『民法概論2(物権)〔第2版〕』(有斐閣、2005)415頁等)。この立場は、抵当権は、被担保債権とは別個の権利であるから、独立して消滅時効にかかり得るのが原則であるが、債務者及び抵当権設定者が債務を弁済しないで抵当権の時効消滅を主張するのは信義に反することから、同法396条は、債務者及び抵当権設定者について例外を設けたものであるなどとする(柚木・前掲、中島・前掲等)。

 これに対し、有力説は、抵当権が時効制度により消滅するのは、民法396条と同法397条に定める場合のみであり、抵当不動産が債務者又は物上保証人のもとにとどまっている場合に同法396条が適用され、第三取得者のもとに移転した場合に同法397条が適用されるとし、抵当権が被担保債権から独立して時効により消滅するのは同法397条の場合のみであって、抵当権自体が同法167条2項によって時効消滅することを認めない(岡松参太郎『註釋民法理由 上巻』(有斐閣、1896年)422頁、 同『註釋民法理由 中巻』(有斐閣、1897年)581頁、有泉亨「判批」民商13巻5号(1941)876頁、来栖三郎『判例民事法(20) 昭和15年度』(有斐閣、1942年)466頁、星野英一『民法概論Ⅱ(物権・担保物権)』(良書普及会、1974年)293頁、道垣内弘人「時効取得が原始取得であること」法教302号(2005)52頁等)。

 上記の議論は、必ずしも、本件のように抵当権の被担保債権について上記3のとおり消滅時効の進行を観念することができなくなった場合を念頭に置くものとはいえないが、本件のような場合に抵当権自体の時効消滅を認める立場は、上記の議論のうち多数説に親和するものといえよう。

 本判決は、民法396条は、その文理に照らすと、被担保債権が時効により消滅する余地があることを前提としているものと解するのが相当であるとし、そのように解さないと、いかに長期間権利が行使されない状態が継続しても消滅することのない抵当権が存在することとなるが、民法がそのような抵当権の存在を予定しているものとは考え難いとした。

 この点につき、山本庸幸裁判官の補足意見は、民法396条の趣旨(上記の多数説と同旨と考えられる。)から、抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合に同法396条が適用されない理由を述べている。

 (2) 上記のとおり、抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合に同法396条は適用されず、抵当権自体の消滅時効があり得ることになると、抵当権自体の消滅時効期間は何年であるかが問題となる。

 抵当権自体の消滅時効があり得る場合のその時効期間は、民法167条2項により20年であるとするのが一般的な見解であるといえる(梅・前掲、柚木・前掲、吉岡・前掲等)。前掲大判昭和15・11・26は、後順位抵当権者及び抵当物件の第三取得者に対しては、抵当権は同項により20年の消滅時効にかかるものとしており、東京高判平成11・3・17金法1547号46頁は、法人の破産手続が終結した場合に当該法人に対する債権を担保する根抵当権の消滅時効が問題となった事案において、当該法人に対する債権は消滅するが、独立して存続することになった根抵当権については、同項により20年の消滅時効にかかるものとしている。

 他方で、抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受けるために消滅時効を観念することができなくなった場合には、抵当権設定者との関係では、抵当権は、被担保債権の時効期間と同一の期間の権利の不行使により時効消滅するものと解する見解(松並重雄「判解」判解民平成15年(上)(2006)191頁)もある。

 本判決は、抵当権の被担保債権が免責許可の決定の効力を受ける場合の抵当権自体の消滅時効期間は被担保債権の種類に応じて5年(商法522条)や10年(民法167条1項)である旨をいう論旨について、そのように解することは、上記の場合にも被担保債権の消滅時効の進行を観念するに等しいものであって上記3の判断と相いれず、また、法に規定のない消滅時効の制度を創設することになるものであるから、採用することができないとし、抵当権は、民法167条2項の「債権又は所有権以外の財産権」に当たり、20年の消滅時効にかかるとした。

 

5

 本判決は、平成11年最判の後に残されていた問題について、最高裁が判断を示したものであり、理論的にも実務的にも、重要な意義を有すると考えられる。

 

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