◇SH2708◇弁護士の就職と転職Q&A Q88「年間売上2億円を目指すか? 5000万円規模で足るを知るか?」 西田 章(2019/08/05)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q88「年間売上2億円を目指すか? 5000万円規模で足るを知るか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 アソシエイトの評価指標が(稼働時間だけでなく)「リサーチ力」「分析力」「起案力」等に求められるのとは異なり、パートナーの仕事の成果を示す指標は、「売上げ」に集約されます。「パートナー=経費負担者」という性質からは当然であり、また、「クライアントから信頼されているからこそ、売上げが立つ」という見方もできます。ただ、一定水準以上に、どこまでの売上げを求めるかについては、弁護士としての職業観にも関わる問題です。

 

1 問題の所在

 ひとり事務所のスタープレイヤーからは、「ひとりで稼ぐのは、年間売上げ1億円が限界」という言葉を耳にします。仮に、時間単価4万円のタイムチャージで売上げを立てることを想定しても、年間2500時間(月次208時間)を請求すれば達成できますので、実現可能な数値です。ただ、(月次208時間はアソシエイトとしてはまだ余裕のある数値であるとしても)パートナーとしては、中長期的視点からは、クライアントに請求しない業務(自己研鑽、ビジネス・デベロップメント、事務所経営管理や後輩の指導等)にも時間を割きたいところです(というか、そういった投資にも時間を投じていかなければ、早晩、案件が細るか、自分の健康を害するリスクも膨らみます)。

 「ひとりで年間売上げ1億円」を、ひとつの基本型として置いた場合に、「目指すべき方向性」の典型例には、2通りが考えられます。ひとつは、「売上げを倍増して事務所に貢献したい」という、シニア・パートナー路線であり、もうひとつは、「請求時間を減らして、リーガルサービスの質の向上を目指したい」という職人路線です。

 シニア・パートナー路線で、「年間売上げ2億円」を目指すためのモデルには、自己の案件に複数名のアソシエイトを動員することで請求時間にレバレッジをかける方法があります(例えば、パートナーが、自己の請求時間を月次100時間(年間1200時間)に留めても(時間単価5万円として年間6000万円)、アソシエイト4名(時間単価平均3万円)を月次100時間(アソシエイト4名で合計年間4800時間)分だけ自己案件に動員すれば、年間1億4400万円を請求できるため、自己稼働分と合わせて年間売上げ2億円を超えることができます)。

 他方、職人路線で、単に、自己の請求時間を月次104時間(年間1250時間)程度に留めただけならば、自己研鑽等に充てる時間を確保できる代わりに、売上げはストレートに半減します(時間単価4万円のままのタイムチャージベースでは、年間1250時間の請求による売上げは、5000万円に留まります)。

 アソシエイトにとって、自分が理想とすべきモデルをどちらに求めるべきなのでしょうか。

 

2 対応指針

 まず、気を付けておかなければならないのは、シニア・パートナー路線が、パートナー個人の強欲さを示すわけではない、という点です。アソシエイトを動員することによる売上げ増加分は、稼働したアソシエイトだけでなく、管理部門のスタッフの人件費を賄い、事務所の家賃やIT設備の運営費用に充てられることになります。

 職業観としては、「案件を統括する以上、関連する資料すべてに自ら目を通したい」「成果物たる文書には100%の完成度を求めて自ら起案したい」というタイプには、シニア・パートナー路線は向きません(上場会社買収のDDでの関連資料のレビューや、大規模な不正調査事件における関係者ヒアリングは、パートナーが自らこれらを直接に担うことは困難です。他方、訴訟事件であれば、証拠関係に目を通すことや準備書面を起案することは、主任であれば自ら担当することが当然とも考えられます)。

 シニア・パートナー路線を採用するためには、「アソシエイトが稼働した結果にある程度の信頼を置けること」が大前提となります(信頼できるシニア・アソシエイトが育った場合には、そのシニア・アソシエイトを番頭役に置くことで、ジュニア・アソシエイトの業務の監督を委ねられたら、パートナーは自己の負担を軽減することができます。ただ、その番頭役がパートナーに昇進して自己の案件開拓を優先するようになってしまったら、次の番頭役を育てなければなりません)。そのため、まずは、筋の良いアソシエイトを採用して、そのアソシエイトを適切に育てるという人材投資を先行させなければならず、その成果が表れた事務所においてしか、シニア・パートナー路線を目指すことはできない、と考えられます。

 

3 解説

(1) 売上げに占める事務所経費の割合

 タイムチャージによる売上げの経費分配のシンプルな計算式として、売上げを3分割して、(a)案件を受任したパートナーの取り分、(b)稼働した本人の取り分、(c)事務所の一般管理費に割り当てる分に3等分する、という教室事例におけるパートナーの取り分を考えてみます。

 年間売上げ1億円を、パートナーが自己案件で自らの稼働分だけで請求した場合(時間単価4万円で年間2500時間)、パートナーの取り分は(上記(a)と(b)の合計額で)約6666万円になります。

 これに対して、レインメーカー路線の2億円シナリオ(パートナー(時間単価5万円で年間1200時間)とアソシエイト4名(時間単価平均3万円で年間4800時間)の合算)で、パートナーの取り分は、自己稼働分については、上記(a)と(b)で(6000万円の3分の2で4000万円)、アソシエイト稼働分については、上記(a)で(1億4400万円の3分の1で4800万円)で、合計8800万円となります。

 そして、職人路線の5000万円シナリオ(パートナー(時間単価4万円で年間1250時間)では、パートナーの取り分は(上記(a)と(b)の合計額で)約3333万円になります。

 ただ、もし、事務所全体が、職人路線のパートナーばかりならば、アソシエイトにオン・ザ・ジョブ・トレーニングをさせることすらできなくなってしまいます(クライアントに請求せずに、単純な研修をすることも理論的に考えられますが、その場合には、アソシエイトの給与まで一般管理費に加算して経費率を考え直さなければならなくなります)。

(2) 原資料レビューや起案に対する執着心

 シニア・パートナー路線で、複数名の弁護士を束ねてチームを作り、チームとして期限内にクライアントの求める水準を超える成果物を提供する、という課題設定をするか、それとも、職人路線で、原資料にすべて自ら目を通し、成果物には、すべての表現について自分が100%納得できる文書を提出することを目指すのか、その比較は、価値観の問題であると同時に、取り扱う案件の種類による相性が関係します。

 訴訟事件であれば、複数のアソシエイトが分担執筆したものを合体して1通の準備書面を作成したり、証人毎に担当を分けて質問事項を作成するだけでは、効果的な弁論ができるとは思えません。アソシエイトが作業を分担するとしても、主任パートナーが自ら原資料に目を通して訴訟全体を通じたストーリーに基づいて書面を再構成することが求められます。

 ただ、このような姿勢を貫いたままで、上場企業の買収案件や大型の不正調査事件にも取り組もうとすると、クライアントから求められる期限に間に合わせることが難しくなります(パートナー本人も、他にも事件を抱えていますので、その事件に専属できるわけではありません。実際、大型事件だからといって、1つの事件に専従してしまえば、当該事件が終了した後に事件がなくなってしまう、という問題も生じます)。

 そういう意味では、シニア・パートナー路線を進んでいくためには、「自らすべての原資料に目を通すことを諦める」「アソシエイトに任せて、その作業結果を信頼する」という「割り切り」が求められるようになる、と言い換えることもできそうです。

(3) アソシエイトの採用と教育

 職人路線を歩んできた弁護士にとっては、「すべての関連資料に自ら目を通すことは諦める」には心理的ハードルを乗り越えなければなりません。当然のことながら、そのハードルの高さは「誰に何を任せるか?」によって異なります。極端なことを言えば、入所したばかりの新人アソシエイトの担当部分については、彼・彼女がどの程度の仕事をこなせるかは未知数なので、原資料に遡って、パートナーが一から確認し直さなければならない、ということもあります。何度も仕事を依頼して、そのアソシエイトが1時間でどの程度の仕事量をこなすことができるのか、それにどの程度の信頼を置くことができるのかの実績を踏まえなければ、アソシエイトの稼働をレバレッジとした売上げ拡大路線を進むことはできません。

 アソシエイトの中には、「一般民事のように、すぐに自分が活躍できる仕事に取り組みたい」という思いが強い余りに、下働き的な業務に集中できない者もいます(意欲がなければ、いくら資料レビューの経験値を積んでも、不注意による見落としは減りません。アソシエイトの分析・検討不足は、パートナーとの議論を経て正される余地がありますが、見落としを補うためには、結局、原資料を見直す他に方法がありません)。

 「アソシエイトの稼働時間によるレバレッジを用いて売上げを拡大する」という路線を進めるためには、優秀で適性があるアソシエイトを採用できること、そして、そのアソシエイトに丁寧な教育指導を施すこと、が前提条件となります。その前提条件をクリアできている法律事務所は、日本にもまだ数えるほどしかないかもしれません。

以上

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