◇SH2054◇最三小決 平成30年4月17日 不動産引渡命令に対する執行抗告審の取消決定に対する許可抗告(宮崎裕子裁判長)

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 滞納処分による差押えがされた後に設定された賃借権により担保不動産競売の開始前から建物の使用又は収益をする者の民法395条1項1号に掲げる「競売手続の開始前から使用又は収益をする者」該当性

 抵当権者に対抗することができない賃借権が設定された建物が担保不動産競売により売却された場合において、その競売手続の開始前から当該賃借権により建物の使用又は収益をする者は、当該賃借権が滞納処分による差押えがされた後に設定されたときであっても、民法395条1項1号に掲げる「競売手続の開始前から使用又は収益をする者」に当たる。

 民法395条1項1号、民事執行法83条、188条

 平成30年(許)第3号 最高裁平成30年4月17日第三小法廷決定 不動産引渡命令に対する執行抗告審の取消決定に対する許可抗告 棄却(判例集登載予定)

 原 審:平成29年(ラ)第1349号 大阪高裁平成29年12月20日決定(公刊物未登載)
 原々審:平成29年(ヲ)第596号 大阪地裁平成29年10月19日決定(公刊物未登載)

 本件は、担保不動産競売において抵当建物(以下「本件建物」という)を買い受け、その代金を納付した買受人Xが、滞納処分による差押えがされる前に設定された賃借権により本件建物の使用又は収益をする占有者Yに対する不動産引渡命令を求める申立てをした事案である。

 

 本件の事実関係等は、次のとおりである。

  1. ⑴ 本件建物の所有者Zを債務者とする抵当権が、平成23年9月、本件建物に設定され、その旨の登記がされた。
  2. ⑵ 本件建物について滞納処分による差押えが平成24年5月にされ、その旨の登記がされた。
  3. ⑶ Yは、平成24年10月、Zから本件建物を賃借し、その引渡しを受けた。
  4. ⑷ 本件建物について担保不動産競売の開始決定が平成29年3月にされ、それによる差押えがされた旨の登記がされた。
  5. ⑸ Xは、本件建物を買い受け、平成29年10月、その代金を納付して、Yを相手方とする不動産引渡命令を求める申立てをした。
  6. ⑹ 原々審は、平成29年10月、不動産引渡命令を発令した(原々命令)。
  7. ⑺ これに対しYが執行抗告したところ、原審は、平成29年12月、滞納処分による差押えがされた後の占有者であっても、競売手続の開始前から賃借権に基づき占有する者であれば、民法395条1項1号に掲げる「競売手続の開始前から使用又は収益をする者」に該当するとして、原々命令を取り消して、Xの不動産引渡命令を求める申立てを却下した(原決定)。
  8. ⑻ これに対しXが抗告許可申立てをしたところ、原審は、平成30年2月、これを許可した。
  9. ⑼ 最高裁は、決定要旨のとおりに判示し、これと同旨の見解に基づき、Xの不動産引渡命令を求める申立てを却下した原審の判断は正当として是認できるとして、本件抗告を棄却した。

 

 (1) 民法は、抵当権者と賃借権者との間の利益調整を目的とする規定として、同法602条所定の短期賃貸借は抵当権の設定登記後に対抗要件を具備したものであっても抵当権者に対抗することができるとする短期賃貸借保護制度を定める同法395条を規定していた。しかし、短期賃貸借保護制度を濫用する事例が後を絶たず、その上、これによる保護の有無及び内容が、当該賃貸借の期間と差押えの時期との関係や競売手続に要する時間の長短などの偶然の事情に左右されるなど、賃借人保護の制度としても合理性に乏しいことが指摘されるようになった。そこで、平成15年法律第134号(担保物権及び民事執行制度の改善のための民法等の一部を改正する法律)により、民法395条を改正して、上記の短期賃貸借保護制度を廃止する一方で、明渡猶予制度を設けることとした。短期賃貸借保護制度の廃止により、少なくとも対抗要件の具備が抵当権設定登記に後れて設定された賃借権は、一律に抵当権者に対抗することができないことになり、民事執行法に基づく競売における売却によってその効力を失うことになった。そして、明渡猶予制度は、抵当権者に対抗することができない賃貸借により抵当建物の使用又は収益をする占有者であって一定の要件を有するものは、(上記の短期賃貸借保護制度で保護されていなかった者であったとしても、)その建物の競売による買受けの時から6箇月の間、その建物を明け渡さなくてもよいとすることにより、その競売手続において必ずしもその進行等についての通知等を受けない賃借人が突然に退去を求められる不利益を緩和する趣旨のものであり、これを買受人の立場からみると、買受人は、買受けに際して、建物賃借人についての6箇月の明渡猶予期間以上の負担を考慮する必要がなくなったということである(谷口園恵=筒井健夫『改正 担保・執行法の解説』(商事法務、2004)35頁、山野目章夫=小粥太郎「短期賃貸借保護制度の見直し(下)」NBL796号(2004)74頁)。

 (2) 滞納処分による差押えがされた後担保不動産競売の開始決定による差押えがされるまでの間に賃借権が設定された不動産が担保不動産競売により売却された場合において、最三小決平成12・3・16民集54巻3号1116頁(判タ1028号182頁)は、上記賃借権に基づく不動産占有者につき短期賃貸借保護制度の適用を否定して、不動産引渡命令の発令を肯定したが、上記賃借権により使用又は収益する者につき平成15年の民法改正により設けられた明渡猶予制度の適用の余地があるか否かについて判断を示した最高裁判例はなく、明渡猶予制度の適用を否定する見解(以下「否定説」という。)とその適用をする余地があるとする見解(以下「肯定説」という。)とが対立している。

 否定説は、①民法395条1項の明渡猶予の成否は、処分制限効が及ぶか否かによるものと解されるところ、前掲最三小決平成12年3月16日が、滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律(以下「滞調法」という。)に基づく続行決定がされた場合において、滞納処分による差押えが民事執行手続においても処分制限効を有するという立場を前提としていることからすると、その処分制限効に抵触して設定された貸借権により使用又は収益をする者に明渡猶予制度を適用すべきではないこと、②滞納処分による差押えと担保不動産競売の開始決定による差押えとが近接してされることが多いという認識を前提にすると、滞納処分による差押えがされた後に設定された貸借権により使用又は収益をする者を、担保不動産競売の開始決定による差押えがされた後に設定された賃借権により使用又は収益をする者よりも保護すべき理由が乏しく、これらの者を区別する必要はないこと、③滞納処分により処分行政庁が把握した建物の交換価値は、賃借権が設定されておらず、明渡猶予制度の適用をしないことを前提とするものであるところ、それにもかかわらず、その適用を肯定することになれば、その適用による上記交換価値の減少を許容する結果になること等を根拠としているものと考えられる(中野貞一郎=下村正明『民事執行法』(青林書院、2016)582頁、新井剛「建物明渡猶予制度の保護対象」独協80号(2010)61頁、内田義厚「判批」金法2010号(2015)40頁等)。そして、大阪地方裁判所の民事執行センターにおいては、否定説に立った運用がされているようである。

 これに対し、肯定説は、①民法395条1項の明渡猶予は、民事執行法に基づく担保不動産競売における売却により抵当権に対抗することができない賃借権が消滅することを前提とするものと解されるから、滞納処分による差押えの処分制限効が滞調法に基づく続行決定後の民事執行手続において認められるか否かの議論は、この論点の帰趨に直結するものではないし、民法395条は、滞納処分に基づく公売手続について特段の規定を置いていないのであるから、民事執行法に基づく担保不動産競売の開始前から使用又は収益をする者であれば、その使用又は収益に係る賃借権が滞納処分による差押えがされた後に設定されたものであっても、同条1項1号に当たるというのが、その文理に沿った解釈であること、②実務上、滞納処分による差押えがされた後、公売手続が長期間進行せず、その後に設定された賃借権により使用又は収益をする者に執行妨害目的が認められない事例が少なくないという認識を前提とすると、滞納処分による差押えがされた後に設定された賃借権により使用又は収益をする者が、担保不動産競売の開始後に設定された賃借権により使用又は収益をする者と同程度に定型的に執行妨害目的を有するものであるとまではいえないこと、③民法395条1項の明渡猶予は、法律に基づいて生ずる効果であるところ、抵当建物の評価をするに際し、原則としてその効果による減価をしていないのであり、仮に明渡猶予によって買受け後6箇月の間に当該建物の明渡しを受けられないことによる減価がされるとしても、そのことをもって、直ちに処分行政庁が滞納処分により把握した当該建物の交換価値が、滞納処分による差押えがされた後に設定された賃借権により使用又は収益をする者が現れることによって、減少することを許容する結果になるものではないこと等を根拠としているものと考えられる(東京地方裁判所民事執行センター実務研究会編著『民事執行の実務〔第3版〕不動産執行編(下)』(きんざい、2012)127~128頁、谷口園恵「短期賃貸借保護の廃止と建物明渡猶予による保護」新民事執行実務3号(2005)64頁、山下真「明渡猶予制度を巡る諸問題」竹田光広編著『民事執行実務の論点』(商事法務、2017)288頁等)。そして、東京地方裁判所の民事執行センターにおいては、肯定説に立った運用がされているようであり、肯定説に沿う裁判例としては、東京高決平成25・4・16金法1978号112頁等がある。

 (3) 本決定は、民法395条1項の立法趣旨を指摘して、明渡猶予制度が、抵当権者に対抗することができない賃借権は民事執行法に基づく競売手続における売却によってその効力を失うというように賃借権の設定行為がそれに先立つ抵当権の設定登記により制限を受けていることを前提とするものであり、滞納処分による差押えが滞調法に基づく続行決定後の民事執行手続において処分制限効を有するか否かは、明渡猶予制度を適用する余地があるか否かの解釈に影響を及ぼすものではないことを示唆した上で、同項を適用する場面において、滞納処分手続は民事執行法に基づく競売手続と同視することができるものではないし、同項1号の文言に照らしても、同号に掲げる「競売手続の開始」は滞納処分による差押えを含むと解することができないとして、肯定説に立つことを明らかにしたものと思われる。

 

 本決定は、民法395条1項1号につき文理のとおりの解釈を示したものではあるが、東京地方裁判所の民事執行センターと大阪地方裁判所の民事執行センターとで異なる解釈を採っていた論点につき、最高裁判所がその見解を明らかにしたものであり、実務上重要な意義を有するものと思われるので、ここに紹介する。

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