◇SH2058◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(98)雪印乳業㈱グループの事件を組織論的に考察する⑧ 岩倉秀雄(2018/08/31)

未分類

コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(98)

―雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する⑧―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、北酪社の分割後の事業活動と再合併による新生雪印乳業(株)の誕生について述べた。

 北酪社は、昭和23年、過度経済力集中排除法の指定を受け、昭和25年、北海道バター(後のクロバー乳業)と雪印乳業に分割された。

 各社は、都市部の牛乳・乳製品需要の増大、国の酪農振興法制定による酪農産業の急速な成長を背景に、役員の充実、業務機構の整備、工場設備の近代化、販路拡大等により量産体制を整備し、積極的に道外に進出した。

 そして、昭和33年11月1日両社は再合併し、新生雪印乳業(株)(取締役社長佐藤貢となった。

 合併後の雪印乳業(株)は、弱体であった市乳事業の拡張に全力を傾注し都府県の地方都市へ進出した結果、同社の市乳生産量はめざましく増加した。

 今回は、合併前の雪印乳業(株)で発生した、経営者が真摯に対応して逆に組織の信頼を高めたと言われた八雲工場脱脂粉乳食中毒事件について考察する。

 

【雪印乳業(株)グループの事件を組織論的に考察する⑧:八雲工場脱脂粉乳食中毒事件】

1. 事件の概要

 昭和30年3月1日、東京都内の小学校9校で、八雲工場製造の脱脂粉乳の給食を原因とする食中毒事件が発生した(摂食者7,638人中、患者1,579人)。

 3月3日、東京都は給食で配られた脱脂粉乳から多数の溶血性黄色ブドウ球菌を検出したことを発表した。

 黄色ブドウ球菌の発生原因は、最新鋭の輸入粉乳製造機の特殊ベルトが切れて補充に時間を要し、さらに停電事故が重なったことで、原料乳あるいは半濃縮乳が粉化前に長時間放置され、菌が増殖したものと推定された。(2000年発生の食中毒事件と類似)

 

2. 事件への対応

 3月3日の東京都の発表を受け、当時、雪印乳業(株)社長だった佐藤貢は、即座に製品の販売停止と回収を指示し、5日には新聞各紙に謝罪広告を掲載した。

 そして、学校には見舞金を送り、関係校の保護者にはお見舞状、学校長・PTA会長・教育長、保健所・販売店・同業各社におわび状を送り、経営首脳部が関係各所を歴訪し謝罪を行った。

 また、3月18日、佐藤社長による「品質によって失った名誉は、品質をもって回復する以外に道はない」と声涙ともに下る訓示があり、その内容は「全社員に告ぐ」と題して全社員に配布された。

 その後、この訓示は、毎年新入社員の入社式で配布され、安全な製品づくりの重要性が教育されたが、昭和60年代には配布されなくなった。

 なお、この事件を契機に、北海道衛生部の指導の下、品質管理体制が抜本的に見直され(①衛生管理部門の独立強化、②検査部門の独立強化、③工場検査体制の強化)、検査関連人員の強化、検査項目・回数・設備等に関する製品検査マニュアルの徹底的な作り直しが行われた。

 

3. 全社員に告ぐの要旨(雪印メグミルク株式会社編『雪印乳業史 第七巻』(雪印メグミルク株式会社、2016年)25頁より、筆者が要約)

  1. ① 今回の食中毒事件は、雪印乳業の30年の歴史にとって一大汚点である。
  2. ② その影響は、消費者の信用を失墜し、脱脂粉乳は元より他のすべての製品の販路に重大な影響を及ぼし生産者に不安を与え、監督官庁にも少なからず迷惑を及ぼした。
  3. ③ 平素から当社の生命は品質であり、品質によってはじめて当社の存在や繁栄があり、社員の幸福があることを、あらゆる機会に述べていたが、今回の問題は、品質管理が全くゼロに近いものであったと言わざるを得ない。
  4. ④ 牛乳・乳製品は、人類にとって最も栄養に富む食品であると同時に細菌にとっても理想的な栄養物であり、工場と市場を問わずその保存と取扱に細心の注意が必要であり、適切な殺菌と急速な冷却が最大の鍵である。
  5. ⑤ 当社の使命は、人類にとって最高の食品である牛乳・乳製品を最も衛生的に生産し、国民に提供、日本の食糧問題を解決し国民の保健、体位向上に貢献することにあり、従業員はこれに大きな誇りを持ってきた。
  6. ⑥ しかし、この使命に逆行しあるいは没却して不良製品を供給するに至っては、当社存立の社会的意義は存在しないばかりでなく、社会的責任から言って全く申し訳ないことをしたのである。
  7. ⑦ この使命の達成は容易ではないが、事務と技術のいかんを問わず全従業員が真に使命観に徹し助け合って工夫・研究すれば不可能ではない。
  8. ⑧ 当社の事業において、唯一人でも怠け責任感に欠ける者がいる場合には、それが社会的にいかなる重大事件を生じ社業に致命的な影響を与えるかは、今回の事件が雄弁に物語っており、我々は痛切にこれを体験した。
  9. ⑨ 多数の農家の血と汗の結晶が、一人の不注意により廃棄しなければならない結果を生じる。
  10. ⑩ 信用を得るには永年の歳月を要するが、これを失墜するのは実に一瞬であり、信用は金銭で買うことはできない。これを取り戻すためには、今までに倍した努力が集積されなければならない。
  11. ⑪ いかなる近代設備も、優秀な技術と細心の注意無くしては死物同然であって一文の価値もない、結局、機械は使う人による。
  12. ⑫ 今回の問題は、当社に多くの貴い教訓を与えている。これを一工場の問題としてとらえるには、あまりに犠牲は大きく当社の社会的責任は大である。
  13. ⑬ この名誉を回復するためには、我々全社員が反省し、全員一致団結して、真に謙虚な気持ちで技を練り職務に精励し、誠意と奉仕の精神をもって生産者と顧客に接する努力を続けるならば、必ず信用を取り戻すばかりでなく、将来発展の契機となることを信じて疑わない。
  14. ⑭ 諸君がもし、会社と運命を共にする決意があるならば、必ず私のこの心からなる願いを、諸君の心として社業に専念せられることを信じ敢えてこれを全社員の心に訴える次第である。
  15. 昭和三十年三月十日
タイトルとURLをコピーしました