◇SH2219◇最二小判 平成30年6月1日 地位確認等請求上告事件(山本庸幸裁判長)

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  1. 1  有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることと労働契約法20条にいう「その他の事情」
  2. 2  有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについての判断の方法
  3. 3  無期契約労働者に対して能率給及び職務給を支給する一方で定年退職後に再雇用された有期契約労働者に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違が、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないとされた事例

  1. 1  有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、当該有期契約労働者と無期契約労働者との労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かの判断において、労働契約法20条にいう「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たる。
  2. 2  有期契約労働者と無期契約労働者との個々の賃金項目に係る労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきである。
  3. 3  乗務員である無期契約労働者に対して能率給及び職務給を支給する一方で、定年退職後に再雇用された乗務員である有期契約労働者に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は、両者の職務の内容並びに当該職務の内容及び配置の変更の範囲が同一である場合であっても、次の⑴~⑹など判示の事情の下においては、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらない。

    1. ⑴ 有期契約労働者に支給される基本賃金の額は、当該有期契約労働者の定年退職時における基本給の額を上回っている。
    2. ⑵ 有期契約労働者に支給される歩合給及び無期契約労働者に支給される能率給の額は、いずれもその乗務するバラセメントタンク車の種類に応じた係数を月稼働額に乗ずる方法によって計算するものとされ、歩合給に係る係数は、能率給に係る係数の約2倍から約3倍に設定されている。
    3. ⑶ 団体交渉を経て、有期契約労働者の基本賃金が増額され、歩合給に係る係数の一部が有期契約労働者に有利に変更されている。
    4. ⑷ 有期契約労働者の賃金体系は、その乗務するバラセメントタンク車の種類に応じて額が定められる職務給を支給しない代わりに、前記⑴により収入の安定に配慮するとともに、前記⑵により労務の成果が賃金に反映されやすくなるように工夫されたものである。
    5. ⑸ 有期契約労働者に支給された基本賃金及び歩合給を合計した金額並びに当該有期契約労働者の賃金に関する労働条件が無期契約労働者と同じであるとした場合に支払われることとなる基本給、能率給及び職務給を合計した金額を計算すると、前者の金額は後者の金額より少ないが、その差は約2%から約12%にとどまる。
    6. ⑹ 有期契約労働者は、一定の要件を満たせば老齢厚生年金の支給を受けることができる上、その報酬比例部分の支給が開始されるまでの間、調整給の支給を受けることができる。

 労働契約法第20条

 平成29年(受)第442号 最高裁平成30年6月1日第二小法廷判決 地位確認等請求上告事件 一部破棄自判、一部破棄差戻し、一部棄却

 原 審:平成28年(ネ)第2993号 東京高裁平成28年11月2日判決
 原々審:平成26年(ワ)第27214号、第31727号 東京地裁平成28年5月13日判決

1 事案の概要

 本件は、Yを定年退職した後に、有期労働契約をYと締結して就労しているXらが、無期労働契約をYと締結している従業員との間に、労働契約法20条に違反する労働条件の相違があると主張して、Yに対し、主位的に、上記従業員に関する就業規則等が適用される労働契約上の地位にあることの確認を求めるとともに、労働契約に基づき、上記就業規則等により支給されるべき賃金と実際に支給された賃金との差額等の支払を求め、予備的に、不法行為に基づき、上記差額に相当する額の損害賠償金等の支払を求める事案である。

 

2 事実関係の概要等

 (1) セメント等の輸送事業を営む株式会社であるYは、就業規則(以下「従業員規則」という。)に基づく賃金規定等において、Yと無期労働契約を締結しているバラセメントタンク車(以下「バラ車」という。)等の乗務員(以下「正社員」という。)の賃金について、①基本給(在籍給・年齢給)、②能率給(職種〔乗務するバラ車の種類〕に応じた係数を乗務員の月稼働額に乗じた額)、③職務給(職種に応じた額)、④精勤手当、⑤無事故手当、⑥住宅手当、⑦家族手当、⑧役付手当、⑨超勤手当、⑩通勤手当、⑪賞与を支給すること等を定めていた。

 (2) ア Yは、Yを定年退職した後に有期労働契約を締結してYに勤務する従業員(以下「嘱託社員」という。)に適用される就業規則(以下「嘱託社員規則」という。)を定め、嘱託社員規則は、嘱託社員の給与は原則として嘱託社員労働契約の定めるところによること、嘱託社員には賞与その他の臨時的給与及び退職金を支給しないこと等を定めていた。

 イ Yは、嘱託社員のうち、定年退職前から引き続きバラ車等の乗務員として勤務する者(以下「嘱託乗務員」という。)の採用基準、賃金等について、定年後再雇用者採用条件を策定しており、平成26年4月1日付けで改定された後の定年後再雇用者採用条件(以下「本件再雇用者採用条件」という。)は、嘱託乗務員の賃金について、①基本賃金、②歩合給(職種に応じた係数を乗務員の月稼働額に乗じた額)、③無事故手当、④調整給(老齢厚生年金の報酬比例部分の支給が開始されるまでの間において月額2万円)、⑤通勤手当、⑥時間外手当を支給すること等を定めていた(これによれば、Xらを含む嘱託乗務員の年収は、定年退職前の79%程度となることが想定されるものであった。)。本件再雇用者採用条件は、Yが労働組合との団体交渉を経て、嘱託乗務員の賃金につき、基本賃金額の増額、調整給の導入等を内容とする改定がされたものである。

 (3) Xらは、いずれもYと無期労働契約を締結し、バラ車の乗務員として勤務していたが、Yを定年退職した後、Yと有期労働契約を締結し、それ以降もバラ車の乗務員として勤務していた。嘱託乗務員であるXらと正社員との間において、業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度に違いはなく、Xらの各有期労働契約においては、正社員と同様に、業務の都合により勤務場所及び担当業務を変更することがある旨が定められていた。

 

3 訴訟の経過等

 (1) Xらは、本件訴訟において、①嘱託乗務員に対し、能率給及び職務給が支給されず、歩合給が支給されること、②嘱託乗務員に対し、精勤手当、住宅手当、家族手当及び役付手当が支給されないこと、③嘱託乗務員の時間外手当が正社員の超勤手当よりも低く計算されること、④嘱託乗務員に対して賞与が支給されないことが、嘱託乗務員と正社員との不合理な労働条件の相違である旨主張していた(以下、上記①から④までにおいて比較の対象とされている各賃金項目を併せて「本件各賃金項目」という。)。

 (2) 原々審判決は、嘱託乗務員と正社員との職務内容等が同一であるにもかかわらず、その賃金額に相違を設けることは、これを正当と解すべき特段の事情がない限り不合理であるとして、Xらの主位的請求を全部認容した。これに対し、原判決は、定年後再雇用に当たり、定年前に比較して一定程度賃金額が減額されることは一般的であり、社会的にも容認されているなどとして、原々審判決を取り消し、Xらの請求を全部棄却した。

 (3) 本判決は、Xらの上告受理申立てを受理し、判決要旨1ないし3のとおり判示した上、本件各賃金項目のうち、精勤手当及び時間外手当に係る相違は不合理であるとして、原判決のうち、精勤手当に係る損害賠償(予備的請求)に関する部分を破棄自判し、超勤手当に係る損害賠償(予備的請求)に関する部分を破棄して原審に差し戻した。

 

4 説明

 (1) 労働契約法20条にいう「その他の事情」について

 ア 労働契約法20条は、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっての考慮要素として、①「労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)、②「当該職務の内容及び配置の変更の範囲」(以下、①・②を併せて「職務内容及び変更範囲」という。)、③「その他の事情」を挙げているところ、上記同条の文理に照らせば、上記①・②は、労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たり考慮要素となる事情の例示として掲げられたものと解するのが自然であり、上記③を上記①や②に準じるものに限定すべき理由はないものと解される。

 イ 賃金が労務の提供の対価であることに照らせば、賃金に関する労働条件の相違の不合理性を判断するに当たり、職務内容及び変更範囲(上記①・②)が重要な考慮要素になり得ることは否定し難いとはいえ、賃金は、職務内容及び変更範囲から一義的に定まるものではない。使用者は、労働者の賃金に関する労働条件を検討するに当たり、雇用及び人事に関する経営判断の観点から、労働者の職務内容及び変更範囲にとどまらない様々な事情を考慮しているものと考えられ、労働者の賃金に関する労働条件の在り方については、団体交渉等による労使自治に委ねられるべき部分が大きいものと解される。また、無期契約労働者の賃金体系が定年制(長期雇用)を前提として定められたものであるならば、定年後再雇用である有期契約労働者の賃金体系を定めるに当たり、その前提が異なることをもって、無期契約労働者の労働条件との間に相違を設けること自体が不合理であるとはいい難いように思われる。

 ウ 本判決は、このような観点から、判決要旨1のとおり、有期契約労働者が定年退職後に再雇用された者であることは、労働契約法20条の「その他の事情」として考慮されることとなる事情に当たるとしたものと解される。

 (2) 有期契約労働者と無期契約労働者との間の労働条件の相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるか否かについての判断の方法

 ア 個々の賃金項目として労働者に支払われる賃金は、通常、賃金全体の単なる一部としてではなく、当該賃金項目ごとに異なる趣旨・目的に基づき支払われるものである。また、労働者に支払われるべき賃金総額は、労働者の職務内容及び変更範囲から一義的に定まるものではないから、有期契約労働者と無期契約労働者との間の賃金総額のみを比較して、その格差の不合理性を判断することは相当困難であろう。さらに、裁判所が、個々の賃金項目の趣旨・目的を踏まえることなく、全体としての賃金格差(差額や割合)のみをもって不合理性の有無を判断することは、複数の賃金項目を組み合わせて賃金の趣旨・目的を明確化している賃金体系の機能を軽視することとなるようにも思われる。

 イ 本判決は、このような点を踏まえて、判決要旨2のとおり、個々の賃金項目に係る労働条件の相違が不合理であるか否かを判断するに当たっては、賃金の総額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきであるとしたものと解される。なお、会社によっては、ある賃金項目を支給しない代わりに異なる手当を支給しているといった場合もあり得るところ、本判決は、個々の賃金項目を形式的に比較するのではなく、そのような事情(賃金体系における当該賃金項目の位置付け等)をも踏まえて判断すべき旨を説示している。

 (3) 本件各賃金項目に係る相違の不合理性について

 ア 本判決は、本件各賃金項目に係る相違のうち、①嘱託乗務員に対して精勤手当が支給されないこと、②正社員の超勤手当の計算の基礎に精勤手当が含まれるにもかかわらず、嘱託乗務員の時間外手当の計算の基礎には精勤手当が含まれないことは、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たるとしたが、それ以外の相違については、同条にいう不合理と認められるものには当たらないとした。

 イ Yの正社員及び嘱託乗務員の賃金体系は、いずれも月給制であるところ、本件では、労務の内容や成果に対する賃金項目(能率給、職務給、歩合給)についての相違が問題とされていたという点が特徴的である。本判決は、正社員の賃金項目(基本給、能率給及び職務給)と嘱託乗務員の賃金項目(基本賃金及び歩合給)とを比較し、その賃金体系の趣旨を検討した上、その格差の程度、嘱託乗務員が定年後に再雇用された者であること、嘱託乗務員の労働条件が団体交渉を経て有利に変更されてきたことといった諸事情を総合勘案して、判決要旨3のとおり、嘱託乗務員に対して能率給及び職務給を支給せずに歩合給を支給するという労働条件の相違は不合理とはいえないと判断した。本判決は、これらの賃金項目が、労務の内容や成果に対する対価であり、月例給の根幹(基礎)を成すものとして、同質性を有しているとの理解を前提にしているものと解される。

 ウ 本判決は、嘱託乗務員に対して住宅手当及び家族手当を支給しないという労働条件の相違は不合理であると評価することはできないと判断した。本判決は、労働者の属性(手当の必要性等に影響する事情)の相違に着目して、福利厚生及び生活保障の趣旨で支給される手当の要否・内容を区別すること自体が不合理とはいい難いとの理解を前提にしているものと解される。

 エ 本判決は、嘱託乗務員に対して賞与が支給されないとの相違が労働契約法20条にいう不合理と認められるものには当たらないと判断した。嘱託乗務員と正社員との間の職務内容及び変更範囲が同一であり、Yにおける正社員に対する賞与は基本給の5か月分であること等に照らせば、嘱託乗務員に対する賞与の不支給が不合理であるか否かは微妙な問題であると思われるが、本判決は、賞与の要否・内容については様々な考え方があり得るとの理解を前提として、本件の事実関係の下においては、その不支給が不合理であるとまではいい難いと判断したものと解される。

 オ 本判決は、飽くまでもYにおける本件各賃金項目に係る相違の不合理性について判断したものである。賃金項目の名称が同じであっても、その趣旨や賃金体系における位置付け等は会社によって異なり得るものであるから、不合理と認められるものに当たるか否かの判断は、当該事案の事実関係に照らして、個別具体的に判断されるべきものであることに留意する必要があると思われる。

 (4) 労働契約法20条違反の効果について

 ア 本判決は、労働契約法20条の効力により、有期契約労働者の労働条件が比較の対象である無期契約労働者の労働条件と同一のものとなるものではないとした上で、Yの就業規則の合理的な解釈として、①嘱託乗務員であるXらが精勤手当の支給を受けることのできる労働契約上の地位にあると解することはできず、②精勤手当を割増賃金の計算の基礎となる賃金に含めるべきであると解することもできないとした。本判決は、Yが、嘱託乗務員につき従業員規則とは別に嘱託社員規則を定め、その賃金に関する労働条件を嘱託社員労働契約によって定めることとしているという事実関係の下において、正社員に適用される就業規則を嘱託乗務員に適用するとの解釈は合理的とはいい難いと判断したものと解される。

 イ 本判決は、精勤手当及び時間外手当に係る予備的請求(不法行為に基づく損害賠償請求)について、いずれもYの違法な取扱いには過失があったとして、①精勤手当に係る予備的請求につき、正社員であったならば支給された精勤手当の額に相当する金額の損害賠償金等の支払を命じ、②時間外手当に係る予備的請求につき、Xらの時間外手当の計算の基礎に精勤手当が含まれなかったことによる損害の有無及び額につき更に審理を尽くさせるため、これを原審に差し戻した。なお、本判決は、嘱託乗務員と正社員との間の職務内容及び変更範囲が同一であり、その精勤手当に差異を設けるべき事情がうかがわれないこと等から、精勤手当の全額(5000円)を算定の基礎にしたものと解される。

 (5) 本判決の意義

 本判決は、社会的な注目を集めた定年後再雇用の事案において、労働契約法20条の解釈・適用に関する判断を示したものであり、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると思われる。なお、本判決の評釈として、小西康之・ジュリ1521号(2018)4頁、大内伸哉・NBL1126号(2018)4頁、野川忍・法時90巻9号(2018)4頁、富永晃一・論究ジュリ26号(2018)140頁、水町勇一郎・労判1179号(2018)5頁等がある。

以上

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