証券監視委、株式会社スリーエフとの契約締結交渉者の社員から情報を
受領した者による内部者取引に対する課徴金納付命令の勧告について
岩田合同法律事務所
弁護士 平 井 太
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平成30年11月27日、証券取引等監視委員会(以下「SESC」という。)は、株式会社ローソン(以下「ローソン」という。)の元社員「丙」が、ローソン社員「甲」から株式会社スリーエフ(以下「スリーエフ」という。)との事業統合に関する重要事実(スリーエフによる会社分割の事実)を受領した上でその公表前に内部者取引を行ったとして、課徴金納付命令を発出するよう勧告を行った(以下「本勧告事案」という。)。元社員「丙」は、当該会社分割が公表された平成29年4月12日より前にスリーエフの株式を6700株買い付け、公表後にこれら株式を売却することで約76万円の利益を得ていたと報道されている。図1はSESCが公表した本勧告事案の関係図であり、かかる公表後、スリーエフの株価は、連日ストップ高となっていた。
【図1】
内部者取引は、その規制対象が広範であるという意味において、上場会社に所属する者又はその関係者にとってある種身近な違法行為ともいえるが、他方でその規制対象が広範かつ複雑に規定されていることにより、いかなる行為が内部者取引として規制対象となるかにつき広く一般に理解されているとは言い難いように思われる。本稿では、内部者取引の規制対象行為をごく簡単に整理しながら、本勧告事案における金融商品取引法(以下「法」という。)の適用条文を確認したい。なお、本稿では、内部者取引の規制対象行為をごく簡潔に記載するが、実際の規制対象行為は相当細かく規定されていることから、その詳細を確認されるに当たっては、適宜、条文や専門書を参照されたい。
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内部者取引は、
- ⑴ 会社関係者等による内部者取引規制
- ⑵ 公開買付者等関係者などによる内部者取引規制
- ⑶ 情報伝達・取引推奨規制
の3類型に分類される[1]。
⑴は、もっとも典型的な内部者取引であり、本勧告事案も含め、多くの違反行為はこの類型に属する。⑴類型による内部者取引の典型的な規制対象は、①上場会社等(当該会社の親・子会社を含む。以下同じ。)の会社関係者が、②当該上場会社等の業務等に関する重要事実を、③その者の職務に関し知った上で、④その重要事実の公表前に、⑤当該上場会社の株券等を売買する行為である(図2の類型Ⅰ)。
①にいう会社関係者とは、当該上場会社等と一定の関係があり、職務上、重要事実を知り得る立場にある者であって、典型的には、当該上場会社等の役職員等(派遣社員やアルバイト職員も含まれる。)をいう。さらに、当該上場会社等の役職員等以外の会社関係者についても、一定の事由により重要事実を知った者には内部者取引の規制が及ぶことがあり、会社関係者及び重要事実を知った事由ごとに法166条1項において規制が及ぶ場合が定められている(図2参照)。
【図2】
類型 |
会社関係者 (①要件) |
重要事実を知った事由 (③要件) |
Ⅰ | 上場会社等の役員等 | その者の職務に関し |
Ⅱ | 上場会社等の帳簿閲覧請求権等を有する者 | 当該権利の行使に関し |
Ⅲ | 上場会社等に対して法令に基づく権限を有する者 | 当該権利の行使に関し |
Ⅳ | 上場会社等と契約を締結している者・締結交渉中の者 | 当該契約の締結・交渉・履行に関し |
Ⅴ | Ⅱ、Ⅳが法人である場合、その法人の他の役員等 | その者の職務に関し |
すなわち、当該上場会社等と契約を締結している者又はその締結交渉中の者(法人である場合にはその役職員等)も会社関係者に該当するとされているところ(図2の類型Ⅳ)、本勧告事案におけるローソン社員「乙」は、当該上場会社であるスリーエフと契約の締結交渉中のローソンの職員として、会社関係者に該当する。そして、社員「乙」が「当該契約の締結若しくはその交渉又は履行に関し」重要事実を知った場合には内部者取引の規制が及ぶ(法166条1項4号)。
また、図2の類型Ⅳに該当する場合には、社員「乙」以外のローソン役職員等も会社関係者に該当するとされているところ(図2の類型Ⅴ)、本勧告事案における社員「甲」もこれに該当し、「その者の職務に関し」当該重要事実を知った場合には内部者取引の規制が及ぶ(法166条1項5号)。
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さらに、会社関係者に該当しない場合でも、会社関係者から重要事実の伝達を受けた者(以下「情報受領者」という。)については、内部者取引の規制が及ぶ(法166条3項前段)[2]。元社員「丙」は、社員「甲」から、同人が図2の類型Ⅴにより知った重要事実の伝達を受けた者として、内部者取引の規制が及ぶこととなった。なお、情報受領者と当該上場会社等との間に何ら関係が認められない場合においても内部者取引の規制は及ぶが、処罰範囲を明確化する趣旨から、情報受領者として規制の対象となるのは、原則として、会社関係者(又は元会社関係者)からの第1次の情報受領者に限定されている。
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このように、内部者取引に対する規制は、その典型例はイメージしやすいものの、法の規定ぶりが複雑であるため、専門知識のない者にとっては、規制対象となるかどうかの線引きが難解であると考えられる。近時、内部者取引に関連して、上場会社等が公表前における内部の重要情報を第三者に提供する場合の公平な情報提供を確保するルール(フェア・ディスクロージャー・ルール)が制定されるなどしており、会社としては、フェア・ディスクロージャー・ルールの周知徹底も含め、内部者取引に関する社内教育が必要であろう。
以 上
[1] SESCは、本勧告事案の公表と同日、株式会社ノエビアの元役員が⑶の類型による内部者取引を行ったとして課徴金納付命令発出の勧告を行ったことを公表したが、紙面の都合上、⑵及び⑶の類型の内部者取引の解説は割愛する。
[2] 情報受領者が所属する法人の他の役員等で、その職務に関し重要事実を知った者も同様である(法166条3項後段)。