◇SH2243◇オーストラリア版現代奴隷法――概要・適用外企業への実務影響とESG開示 松原崇弘(2018/12/11)

未分類

オーストラリア版現代奴隷法

概要・適用外企業への実務影響とESG開示

岩田合同法律事務所

弁護士 松 原 崇 弘

 

 オーストラリアで、2018年現代奴隷法(Modern Slavery Bill 2018)が連邦上院・下院とも可決された。これにより、同法は、オーストラリア総督の裁可を経れば成立し、2019年1月1日から施行されることになる。同法は一定規模以上の企業に現代奴隷に関する情報開示を求めるESG開示の立法で、これが適用される日本企業は多くない見込みである。

 しかしながら、同法の適用対象ではない企業であっても、今後、サプライチェーンとして影響を受けることが予想されるため、同法の概要を述べたのち、適用外の企業への実務的な影響にも言及する。

 また、同法の立法趣旨としての現代奴隷の問題は、近年のESG開示の観点から、投資家から選ばれる企業として知っておくべき問題といえ、立法の世界的な潮流や立法趣旨等も概説する。

 

1 2018年現代奴隷法(オーストラリア)の概要

 2018年現代奴隷法は、年間連結売上が1億豪ドル(1豪ドル83円で約83億円)以上の(a)オーストラリア企業又は(b)オーストラリアで事業を行っている企業に対し、毎年政府に現代奴隷ステートメントを提出することを義務付けるもので、提出されたステートメントはすべて公表される。対象企業は約3000社と見込まれる。

 義務付けられる開示内容は、①企業の組織構造、事業及びサプライチェーン、②自社の事業(子会社を含む)とサプライチェーンが抱える現代奴隷(奴隷労働等)のリスク、③現代奴隷に関連する方針や規定、従業員研修やサプライヤーとの契約の取組み状況及びそれらのプロセスの有効性、④自社の取組みの有効性評価などである。開示情報に関し、取締役会などの承認と、取締役の署名が必要となる。情報開示は、会計年度末から6ヵ月以内になされる必要がある。

 

2 適用外の企業への実務的な影響

 現代奴隷法が適用され開示義務を負うことになる企業は、グローバルのサプライチェーンで現代奴隷のリスクを評価するだけではなく、そのリスク回避のための取組みを進めることになる。この取組みとして、例えば、サプライヤー契約を更新し、現代奴隷法の適用対象である企業が、サプライヤーに対して現代奴隷に関しての評価又は監査を行う権利や、サプライヤーがこれらに協力する義務を定めることなどが挙げられる。そのため、現代奴隷法の適用外とされる企業であっても、上記のサプライヤーの立場になる可能性があり、その場合には、契約上の義務として、現代奴隷に関する評価、リスク回避のために協力する義務を負う可能性などがある。

 

3 現代奴隷制に関する立法の世界的な潮流・立法趣旨

 日本国内では現代奴隷制はあまり馴染みがないが、オーストラリアの2018年現代奴隷法に先立ち、欧米の一部の先進国では、一定規模以上の企業に対し、現代奴隷に関するステートメントを開示させ、現代奴隷の解消を目的とする立法が成立・施行されている。米国カリフォルニア州のサプライチェーン透明法(2012年)、イギリスの現代奴隷法(2015年)、フランスの人権デューデリジェンス法(2017年)も、同様に現代奴隷に関与リスクの分析、対策方法の開示を義務付けている。なお、オランダでも児童労働を対象とした児童労働デューデリジェンス法案が審議されている。

 このような現代奴隷法の立法趣旨に関して、国際労働機関(ILO)とウォーク・フリー財団が作成した「現代奴隷制の世界推計」によれば、2016年に4000万人超が、現代奴隷制の被害者となったと公表され、国際社会の注意を喚起することになった。2030持続可能な開発目標(SDGs)には、2030年までに現代奴隷制と人身取引に終止符を打つというターゲットが盛り込まれている。このように、現代奴隷に関し、ESG開示が強化されることはあっても、後退する事情は見当たらない。

 さらに、上記世界推計によれば、アジアやアフリカの途上国で現代奴隷の割合が大きく、欧米では割合が小さい。今回のオーストラリアでの現代奴隷法の立法化は、欧米以外の地域では初めてという点で大きな意義がある。

 今後、欧米以外の地域での立法化の動向を確認する必要があるほか、対象企業の範囲も拡大される可能性にも注視したい。

 

図 現代奴隷制の類型

「強制労働搾取」とは、債務労働、強制家事労働、及び奴隷制もしくは奴隷制の名残との関連で課される労働など、民間の主体が労働搾取を目的に課すもの。強制労働の半数は債務奴隷と認識されている。

(出典)現代奴隷の世界推計

タイトルとURLをコピーしました