◇SH2321◇企業法務フロンティア「聖域~日産自動車子会社・パナソニック子会社の事例から~」 小川直樹(2019/02/07)

未分類

企業法務フロンティア
聖域~日産自動車子会社・パナソニック子会社の事例から~

日比谷パーク法律事務所

弁護士 小 川 直 樹

 

 現行憲法上、国の収入支出は「すべて」会計検査院が検査することとされている。戦前の機密費のように、検査の対象から外されるような、いわゆる聖域は存在しない[1]。ところが、昨今の報道からすると、グローバル企業の海外子会社には、そのような聖域が存在することが珍しくないようだ。

 例えば、日産自動車株式会社(「日産自動車」)の海外子会社におけるCEO Reserve。報道ベースでの情報ではあるが、これは2008年12月頃、日産自動車株式会社のカルロス・ゴーン元会長(「ゴーン元会長」)の指示によって創設され、同社のアラブ首長国連邦の子会社「中東日産会社」内で管理されていた経費枠であったようである[2]。本来、CEO Reserveは、自然災害に伴う見舞金など予算外の大きな支出に使うことを想定していたものであったとのことで[3]、それ自体に問題はなかったと思われるが、重要なのは、CEO Reserveが、ゴーン元会長の直轄管理の下にあり、ゴーン元会長自らがその使途を決定し、その支出についてはごく一部の者だけが知ることができたということである[4]。これは聖域以外の何物でもない。果たして、CEO Reserveからは、ゴーン元会長の知人のサウジアラビア人の実業家に対して私的な目的で約12億8400万円が支出され、ゴーン元会長は、これを1つの公訴事実として2019年1月11日に特別背任罪で起訴されている[5]

 次にパナソニック株式会社(「パナソニック」)の海外子会社におけるthe Office of the President Budget。これはパナソニックの米国子会社であるPanasonic Avionics Corporation(「パナソニックアビオニクス」)において、その経営陣による旅費等の支出をカバーするために設けられた経費枠であった。日本円にして年間数千万円程度であり、パナソニック全体の企業規模からすればさほど大きいとまではいえないだろうが、やはりここでも重要なのは、the Office of the President Budgetが、その支出についてパナソニックアビオニクス又はパナソニック担当者から実質的な監視を受けていなかったということである[6]。またも、聖域の登場である。そして周知のとおり、パナソニックアビオニクスの元経営陣は、the Office of the President Budgetを用いて海外腐敗行為防止法(FCPA)違反につながる支出を行い、その結果、同社はSEC及びDOJに対して巨額の制裁金の支払いを余儀なくされた[7]。なお、同社の元CEO・元CFO個人も、2018年12月、SECに対してそれぞれ7万5000ドル・5万ドルの制裁金の支払いを余儀なくされている[8]

 これらの事例はいずれも海外子会社における経費枠を発端とする問題であり、海外子会社管理の難しさを物語っているともいえるが[9]、監視の目が及ばない聖域が不正を生むことの証左でもある。日産自動車のCEO Reserveについては、元会長の特別背任の問題ばかりがクローズアップされているが、そのような問題を生んだ背景についても目を向けるべきであろう。日本を代表する大企業2社の問題を他山の石とし、貴社グループ内、特に海外子会社に聖域はないか、今一度現状を洗い出してみてはいかがだろうか。2018年3月30日に日本取引所自主規制法人が公表した「上場会社における不祥事予防のプリンシプル」においても、グループ全体を貫く実効性ある経営管理が原則の1つとして取り上げられているところである。

 ちなみに、パナソニックアビオニクス事件が報道された際、米国紙ウェブサイトでは、このような聖域を撲滅する工夫の1つとして、疑わしい取引を検知するための共通のシステムを導入したうえで、各部署それぞれに、その関与する全ての取引について、当該システムを通じて報告させることにし、そのシステムをリスク/コンプライアンスチームに監視させることが挙げられていた[10]。方法自体は、各社それぞれ工夫の余地があろうが、要するに監視の目を増やすということである。これは手間を増やすことでもあるが、万が一の際の損害の大きさを考えれば、選択の余地はないだろう[11]

 


[1] 会計検査制度研究会『会計検査制度――会計検査院の役割と仕組み』(中央経済社、2015)90頁等参照

[2] 2019年1月5日付日本経済新聞朝刊30面

[3] 前掲注[2]

[4] 2018年12月23日付毎日新聞朝刊1面

[5] 2019年1月12日付日本経済新聞朝刊35面

[9] 日産自動車の件に関しては、グループの経営トップが自ら海外子会社を隠れ蓑として不正を行っていた事案であるともいえるが、広い意味では海外子会社管理の問題とも整理し得るであろう。

[11] 子会社管理の仕組みづくりについては、松山ほか『実効的子会社管理のすべて』(商事法務、2018)96頁以下参照。

 

タイトルとURLをコピーしました