◇SH2390◇弁護士の就職と転職Q&A Q70「固定給か? 歩合給か?」 西田 章(2019/03/11)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q70「固定給か? 歩合給か?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 法律事務所のアソシエイトは、役務提供の対価として給与を受領すると共に、業務遂行を通じて、独り立ちするために必要な経験値を得ていきます。リーマンショック直後に「事件を振ってもらえることのありがたみ」を知らされた世代とは異なり、現在のアソシエイトは、「仕事があることは当たり前」という発想の下に、「給与が高い先=自己の能力を正当に評価してくれる先」と考えがちです。しかし、いつまでもアソシエイトでいられるわけではありません。自分がパートナーとなって、人件費を負担する側に回った後にも「フェア」と感じられる給与形態を考えておくことは、これから予想される景気後退局面に備えるためにも有益です。

 

1 問題の所在

 オーソドックスな「ひとりボス弁の企業法務系事務所」の給与モデルは、月額50万円(もし夏冬に2ヵ月ずつのボーナスを出せたら、年間合計16ヵ月分800万円)で、それ以上は個人事件で稼ぐ(その収入の3割を事務所に経費として納める)というのが典型例です。「どんぶり勘定」への不満があれば、それは、早期に経費共同パートナーに昇進するか、独立することへの原動力ともなっていました。

 しかし、この10年で、①業務におけるトランザクションや調査案件の占める割合が増えて、②若手弁護士が多様な働き方を求めるようになり、③弁護士の転職市場が整備され始めてきたことから、アソシエイトは「給与に不満があれば、転職する」という選択肢を持つようになってきました。

 まず、トランザクションや調査案件は、事務所経営的には大きな収入を期待できる重要案件と位置付けられますが、利益相反を回避した上で受任し、短期集中型の業務をこなさなければならないために、アソシエイトに事務所事件に専従すること(個人事件を控えること)を求めやすくなっています。

 また、女性弁護士だけでなく、男性弁護士にも、「ワークライフバランス」を重視する者の割合が増えてきているため、「同期同額の固定給」が想定する「アソシエイトの標準的な働き方」を設定しづらくなりました(ボーナスで調整しようとすれば、自己評価よりも低い査定を受けたアソシエイトに不満が生じます)。

 そして、自己の固定給水準に不満を抱くアソシエイトは(早期にパートナーを目指すとか、独立する、という解決策を目指すのではなく)他の事務所への移籍によってそれを解消しようと考えるようになりました。

 このような環境変化に対応して、給与体系に稼働時間に基づく歩合給の導入を検討する法律事務所が現れています。そこで、歩合給は、固定給よりもフェアな給与制度と言えるのかどうかが問題となります。

 

2 対応指針

 稼働時間に応じた歩合給は、「収入を増やしたければ、長く働けばよい」「労働時間が少ないアソシエイトも(それに応じた給与しか得ていないため)所内で肩身が狭くない」という意味では、多様な働き方を求めるアソシエイトの収入格差にひとつの公平性を与えてくれます。また、事務所の賃金政策的にも「基本給をいくら昇給させるべきか」「不況時に減給できるか」という問題を回避できるメリットがあります。

 ただ、実際に歩合給を導入できる素地がある法律事務所は、それほど多くはありません。全件をタイムチャージ・ベースで請求し、100%回収できるような事務所でなければ、アソシエイトを利用したパートナーに歩合給分の経費負担が追加で生じます。パートナーの立場からは、「このアソシエイトは1時間でこの程度の業務をこなしてくれる」と推測できる、実績があるアソシエイトでないとアサインしづらくなります。

 また、アソシエイトが歩合給で働くことに馴染んでしまうことに対しては、「即時にチャージできる業務に従事すれば、収入が増える」ことの反射効として、「事務屋には向いていても、勝ちにこだわる姿勢が失われる」とか「チャージに結び付かない業務を軽視しがちになる」という問題点が指摘されています。そして、そのことが、新規開拓の営業力を弱体化させる、とか、愛社精神を損なって組織としての成長への貢献意欲を削いでしまう、という見方もあります。

 

3 解説

(1) 歩合給のメリット

 「同期同額」の固定給制度の下では、同期又は上の期との比較で、アソシエイトの給与への不満が聞かれます。つまり、「明け方まで働いている自分と、午後10時前に帰宅する同期が同じ給料なのはおかしい」とか、「先輩までは1年で50万円の定期昇給があったのになぜ自分達の期には得られないのか」といったものです。それを調整するために、本人のパフォーマンスに応じたボーナスに差を設ける先もありますが、その前提となる査定が自己評価よりも低ければ、不満がさらに増長するのが実態です。

 その点、「稼働時間に応じて歩合給が得られる」となれば、給与の多寡は、稼働時間の量に集約されます。そのため、「長く働いているアソシエイトは多くの給与を取得する」というルールさえ納得することができれば、給与を巡る不公平感を除去することができます。また、マネジメントの立場から、「事務所の収益が悪化した場合にも、アソシエイトの給与カットやリストラを判断する必要がない」(稼働時間が減れば、自動的にアソシエイトの収入も減額されて、収入を不満とするアソシエイトは自ら転職する)という点をメリットに挙げる人もいます。

(2) 歩合給導入の前提条件

 「稼働時間に基づく歩合給」は、法律事務所自身がクライアントに対してアソシエイトの稼働をタイムチャージで請求できることが導入の前提となっています。クライアントから、月額の定額顧問料又は着手金・報酬金ベースで受任している案件について、歩合給でアソシエイトに下請けに出せば、パートナー自身がアソシエイトの稼働の上振れ分を負担しなければならなくなります。また、タイムチャージで受任した案件でも、弁護士報酬に上限を設定されていたり、値引きを要求された場合には、上限を超過した部分や非効率な稼働としてカットの対象になった部分については、パートナーが自腹で負担するか、又は、アソシエイトにも歩合給のカットを求めなければならなくなります。

 最近では、クライアントも、「アソシエイトの教育に要した時間」や「非効率な作業に要した時間」については、タイムチャージの支払いに応じない傾向が強まっています。そのため、パートナーとしても、歩合給制度の下で事件を依頼するためには、「このアソシエイトに依頼したら、1時間でどの程度の成果が得られるか」の見通しを付けられることが求められます。結果として、現在では、歩合給制度を採用する事務所においても、新人弁護士にいきなり歩合給を導入するのではなく、事務所に入所して2年程度は、固定給で実績を積むことが求められています。

(3) 歩合給のデメリット

 歩合給制度は、法律事務所の固定費を抑えた上で、アソシエイトの長時間労働に報いる対価を支払える点では優れていますが、それが「アソシエイトが独り立ちするための成長につながるか?」と「事務所の健全な成長につながるか?」については、これを疑問視する声もあります。

 歩合給で働くことに慣れたアソシエイトは、「自分の1時間の稼働には●円を受け取るに値する市場価値がある」と勘違いしがちです。しかし、現実の弁護士業務は、潜在的クライアントと接点を持つところから始まり、無料相談にも応じて案件の問合せを受けて、費用の見積りに応じて、プレゼンもして、ようやく受任に至ります。そして、案件完了後には、請求額についての理解を得て、請求書を出して売掛金を回収するところまでが業務に含まれます。それにも関わらず、アソシエイト時代に、「実働部分」だけに注目して、「実働部分」を増やすことで収入を最大化することに慣れすぎてしまうと、所外人脈の構築や営業の種蒔き、チャージできない調査研究を怠りがちになる傾向は見受けられます。また、「実働部分」についても、「報告書の別紙作成に要した2時間」は「紛争案件で敵地に乗り込んで臨んだ交渉に要した1時間」の2倍の価値を持つことになりますので、「勝ちにこだわる姿勢」が失われて、「淡白な事務屋を生む」という批判もあります。

 歩合給を「アソシエイトの貢献を、その都度、すべて金銭で精算し終える割り切った関係」と捉える人は、「事務所とアソシエイトとの間に適度な『貸し借り』があるほうが、事務所への帰属意識を高めて、組織の発展に喜びを感じられるようになるのではないか」という問題意識を持っています。つまり、技術の習得に関しては、ジュニア・アソシエイト時代に先輩から学んだ「借り」を、後輩アソシエイトに伝えることで返していき、経済面に関しては、アソシエイト時代に働かされた「貸し」を、パートナーになった後の利益分配で取り戻す。そのことが、結果的に事務所の発展をもたらしていく、という発想です。

以上

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