◇SH2394◇中企庁、長時間労働に繋がる商慣行に関するWEB調査の結果を公表 平井 太(2019/03/12)

未分類

中企庁、長時間労働に繋がる商慣行に関するWEB調査の結果を公表

岩田合同法律事務所

弁護士 平 井   太

 

1 本調査の目的とその背景

 中小企業庁は、今般、長時間労働につながる商慣行に関する調査結果を公表した。本調査は、従前より長時間労働に繋がる商慣行として指摘されていた「繁忙期対応」と「短納期対応」の実態を把握するために実施されたものである。これは、時間外労働に上限規制を設けるなどした改正労働基準法(以下、単に「労基法」という。)の施行(本年4月1日)をにらんだ、長時間労働解消のための取組の一環であり、長時間労働に繋がる商慣行を是正するための実態把握を目的とした調査といえよう。

 そこで、本稿では、本調査が実施された背景にある、労基法改正による時間外労働の上限規制の概要を再確認した上で、本調査結果の内容を検討することとしたい。

 

2 時間外労働の上限規制等に関する労基法の改正

 時間外労働については、従前、36協定で定める時間外労働の限度基準が厚生労働省の告示で定められていたものの(原則として、月45時間以内、かつ年360時間以内)、限度基準を超える時間外労働の限度時間を定めても刑事罰の適用はなく、36協定上の限度時間を超えた場合のみが刑事罰の対象とされていた。また、特別条項を締結すれば、年6回まで、上限なく時間外労働が可能とされていた。

 今回の改正は、法的拘束力を有していなかった上記告示の効力を格上げし、上限規制につき刑事罰による強制力を持たせるという趣旨のものであるため、時間外労働の上限については、基本的には限度基準告示の内容が踏襲されている。具体的には、時間外労働の上限時間は、1か月45時間、年間360時間(労基法32条4項)である[1]。当該時間数の対象は、時間外労働の時間数のみであり、法定休日労働の時間数はカウントの対象とならない。

 労使間において特別条項を締結すれば、年6か月まで、上限時間を延長することができる。もっとも、特別条項によっても、1か月当たりの時間外労働及び法定休日労働(上記32条4項の場合と異なり、法定休日労働時間数も含まれることに留意されたい)の合計時間数が100時間未満(労基法36条5項)、1年間の時間外労働が720時間以内(労基法36条5項)で、かつ、2か月から6か月のそれぞれの平均時間数がいずれも月80時間以内(労基法36条6項)でなければならない[2]

 以上を図示すると、以下のようなイメージ[3]となる。

 

3 上限規制の施行に伴う実務対応

⑴ 長時間労働を解消するために

 今般の上限規制導入に伴い、企業においては、長時間労働の解消に向けた対策を実施することが急務となっている。この点、社内における業務の効率化及び労働生産性の向上を図る必要があることはもちろんであるが、このような取組だけでは、長時間労働解消のための取組として十分とはいえないことが多いであろう。

 例えば、今回の時間外労働の上限規制は、建設事業についても適用除外とはされておらず、施行の5年後(2024年4月1日)から、他業種と同様に上限規制の一般則が適用される。かかる経過措置が設けられた理由としては、「建設業における長時間労働については、発注者との取引環境もその要因にあるため、関係者を含めた業界全体としての環境整備が必要」であるといった課題の存在が指摘されている[4]。しかし、上記のとおり5年後には上限規制が適用されるのであるから、建設事業者としては、5年以内の「業界全体としての環境整備」が迫られているといえる。

 そして、このような「業界全体としての環境整備」が迫られているのは、決して経過措置が設けられている業種に限られない。各業界において、長時間労働の背景にある商慣習等をも把握し、これらを是正することが求められている。

⑵ 本調査の結果について

 上記のような背景のもと、本調査は、長時間労働の温床となっていると考えられる、「繁忙期対応」と「短納期対応」の実態把握を目的として実施された。

 本調査では、約7割の企業において繁忙期が発生し、約6割の企業において短納期受注が発生している旨の回答がなされ、さらに大半の企業において、繁忙期及び短納期受注により従業員の平均残業時間が増加している旨の回答がなされた。また、繁忙期・短納期受注の発生原因としては

  1. ・ 約4割の企業が、繁忙期の発生理由として「取引先の繁忙期に対応するため」
  2. ・ 約8割の企業が、短納期受注の発生理由として「取引先からの要望への対応」

などと回答したとされている。すなわち、取引先の事情が、企業における長時間労働の発生に相当程度起因しているものといえよう。

 なお、本調査結果においては「繁忙期/短納期受注の主要取引先として最も回答が多い業種は、大半の業種で同業種であるとの回答が多い」とされていることから、繁忙期及び短納期受注(による残業時間の増加)は、業界全体の問題であるという場面が少なくないものといえよう。

 そして、これら調査結果に鑑みれば、長時間労働の解消のためには、自社における努力だけでは限界があることは明らかといえる。長時間労働の温床となっている繁忙期及び短納期発注等の商慣習の改善に向けた、業界全体や取引先等との協議等[5]が、長時間労働の解消のための取組として求められているものと考えられる。

以 上



[1] 対象期間が3か月を超える1年単位の変形労働時間制が適用されている場合には、1か月42時間、年間320時間となる。

[2] なお、1か月当たり100時間未満という上限規制と、2か月から6か月の各平均時間数月80時間以内という規制は、特別条項を発動した月以外の月における時間外労働にかかる時間数も算定の対象となる点に注意が必要である(労基法36条6項)。

[3] 厚生労働省「時間外労働の上限規制 わかりやすい解説」4頁。

[4] 働き方改革実現会議「働き方改革実行計画」38頁。

[5] 同調査結果では、建設業における繁忙期の主要取引先として行政が挙げられている。建設業界における長時間労働解消のためには、行政の対応に期待すべき部分が大きいといえよう。

 

タイトルとURLをコピーしました