◇SH2480◇弁護士の就職と転職Q&A Q75「『転職するなら中規模事務所』信仰を揺るがす原因は何か?」 西田 章(2019/04/15)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q75「『転職するなら中規模事務所』信仰を揺るがす原因は何か?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 大手事務所又は外資系事務所のアソシエイトからの転職相談では「30〜50人の中規模事務所に転職したい」というリクエストをかなり高い割合で聞かされます。それは、アソシエイトが現状の不満や将来への不安から導き出した解決策のひとつであり、「優良な中規模事務所のパートナーが最も幸せではないか?」という説には私自身も強く惹かれます。ただ、「運良く中規模事務所に移籍できたとして、10年後に、パートナーとしての安定的な地位を獲得できそうか?」と問えば、そこにはいくつかのリスク要因も存在します。

 

1 問題の所在

 「中規模事務所が理想」というのは、大手事務所内のキャリアパスに潜む問題点と、ひとりボス弁が運営する事務所が抱える経営リスクの問題点を回避するために生まれた、消去法の思考です。

 大手事務所のアソシエイトは「パートナーに昇進できるのは3分の1以下」であり、そこには優秀な同期との競争があるだけではなく、「パートナー昇進年次において、自分が専門とする分野にパートナー枠を増やす余力があるかどうか?」という『運』も味方に付けなければなりません。また、パートナー昇進後には「年間で最低でも1億円。願わくは2億円」規模の売上目標も設定されますので、「職人的に自分の稼働時間を積み上げるだけでなく、複数名のアソシエイトを動員できるような大型案件を引っ張って来ることが求められる」というプレッシャーが存在します。

 他方、「ひとりボス弁事務所」となると、「ボス弁にクセの強い個性的な人物が多い」「ボス弁と合わなければ、事務所に居場所がなくなる」「事務所を支える売上げをボス弁ひとりに依存しているため、ボス弁に何かあったら事務所継続が困難となる」というリスクが認識されています。

 その点、中規模事務所であれば、「大手事務所のようにパートナー昇格に競争原理は導入されていない」し、「売上目標も、自分又はせいぜいアソシエイト1人を使えば到達できる水準で十分」であり、「教えを乞うべきパートナーも複数いるので、事務所内に居場所を見付けやすい」という期待を、外から見れば抱くことができます。

 しかし、現時点で弁護士30〜50人規模の事務所にアソシエイトとして移籍しても、「自分がパートナーになるまでの今後10年間、事務所は順調に維持・成長していけるのか?」という問題を避けては通ることができません。

 

2 対応指針

 中規模事務所には、(1) 大手事務所との競争、(2) インハウスとの競争、(3) シニアパートナーからの事業承継、という経営課題があると言われています。

 老舗の中規模事務所には、「日本の上場企業との間で顧問契約を締結して、ジェネラルコーポレート、株主総会指導、紛争対応を行なっている」というイメージが化体されています。しかし、海外展開するような上場企業は、顧問先事務所だけでなく、マンパワーを要するディールや調査案件では大手事務所も併用しており、「顧問契約の空洞化」も生じています。

 また、社内弁護士の数の増加は、「契約書の作成やレビューは内製化する」という企業を増やしており、「専門性がない総合事務所」の出番は減ってきています。

 そして、多数の優良顧問先を抱えているシニア・パートナーが徐々に現場の第一線を退く時期を迎えており、「シニア・パートナーを信頼していた顧客企業は、シニア・パートナーが引退した後も顧問契約を継続してくれるかどうか」という問題が顕在化しつつあります。事務所名だけでクライアントを維持できるわけでもないことから、若手パートナーの営業力に事務所の未来がかかっていますが、実力ある若手パートナーほど「扶養家族が多い事務所を引き継ぐのではなく、自らが創業者となって新しい事務所を立ち上げてみたい」と願う傾向も見られ始めています。

 

3 解説

(1) 大手事務所(及びそのスピンオフ事務所)との競争

 大手事務所や外資系事務所のアソシエイトから見た中規模事務所の魅力は、「部門制が敷かれておらず、幅広く色々な事件を担当できる」部分にあります。それは、上場企業との顧問契約に基づいて、契約書の起案やレビュー、株主総会指導、紛争対応等に幅広く対応できる(ように見える)部分にあります。ただ、大型のM&Aや調査案件になると、よりマンパワーがあり、かつ、「ブランド力」を持つ大手事務所に案件が流れがちです(法務部門が責任を持った判断をできるならば、より費用対効果が高い中規模事務所を起用することもできるはずですが、重要案件であるほどに「大手事務所を選ばない選択をするほうが担当部門の説明責任が重くなる」とも言われます)。

 このような傾向が続くほどに、大型案件や重要案件のノウハウが大手事務所に蓄積されて行き、老舗の中規模事務所における顧問契約の「空洞化」が進んでいきます。また、大手事務所本体との競争であれば、低コストであることを売りにする営業戦略もありますが、大手事務所においてディール経験を積んだ若手パートナー及びシニア・アソシエイトクラスが、最新の実務経験を携えて、会社分割的に独立して事務所を設立する動きは今後も増えて行きます。これらスピンオフ事務所は、老舗の中規模事務所を下回る価格を打ち出すこともできるため、価格競争も激化することが予想されます。

(2) インハウスとの競争

 顧問契約には、定額顧問料内において「日常のジェネラルコーポレート」についての相談を受ける、弁護士とクライアントとの間のコミュニケーションの基盤が存在するが故に、「イベント的に発生するディールや紛争案件」についてもいち早く相談を受けて、別料金で受任する、という利点があります。

 ところが、大企業を中心に社内弁護士が進んでいることが、「日常のジェネラルコーポレート」案件を法律事務所に外注する必要性を失わせつつあります。そして、企業が、法律事務所に外注する業務は、「社内弁護士には対応できない種類の案件」が中心になっていきます。それには、「相手方からの反論・反撃が予想される紛争処理案件」、「外国法律事務所と連携しなければならないような海外案件」や「当局対応が求められるような案件について、過去の同種事例の経験を踏まえた専門的助言」等が挙げられます。

 そのため、「訴訟に強くない」「英語が苦手」「特に専門分野がない」という、中規模事務所のパートナーが、10年後にも売上げを立てられるかどうかというと、その見通しはかなり厳しくなります。

(3) シニア・パートナーからの事業承継

 大手事務所の「凄さ」は、営業力のある弁護士個人以上に、「事務所」名にブランド価値を作り出す領域にまで到達したところにあります。そのため、シニア・パートナーが定年を迎える場合でも、クライアント先に対して「これまで御社を担当してきた私は顧問に引き下がりますが、私以上に若くて能力がある後輩パートナーを後任に据えますので、引き続き、よろしくお願いします」と伝えて、これを納得させることもできます。クライアント企業の担当役員や法務部長も若返りが図られますので、世代を超えて、企業と法律事務所との関係が引き継がれるシナリオを用意することができます。

 これに対して、これまで長年お世話になってきた顧問弁護士が居たとしても、企業が、事務所に対して、最新の知見をフォローできていないという判断をしたならば、恩義あるシニア・パートナーの引退や、クライアント企業の法務部長の交代を契機として、「契約を終了したい」と切り出す事例が散見されるようになってきました。

 シニア・パートナーがどれだけ優れた弁護士であったとしても、自動的に顧問契約が承継されるわけではなく、結局のところ、それを引き継ぐ世代の若手パートナーにクライアントを惹きつける魅力がなければ、顧問先を維持することはできません。このように「所詮は、次世代のパートナーに魅力があるかどうか」だけがポイントとなれば、実力ある若手パートナーにとってみれば、(事務所の看板なく)自分の腕で客を取らなければならないならば、事務所に留まることを当然の前提とする必要すらないと考えるようになります。「尊敬できない先輩パートナーや、使い勝手が悪いアソシエイトやスタッフがいる既存事務所よりも、自分の理想の事務所を自分の手で、自分の気に入ったメンバーとの間で作り上げたい」と考えることも自然なことです。

 伝統ある事務所を将来に引き継いで行くためには、「自分ひとりでも食べていくことができる実力あるパートナーでも、この事務所の看板の下に仕事を続けたいと思わせるような魅力」を維持することが経営課題となっており、それを達成できない先は、緩やかに衰退していくことも避けられません。

以上

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