◇SH2542◇中国:中国大陸と香港の仲裁互助協定の締結 鹿はせる(2019/05/17)

未分類

中国:中国大陸と香港の仲裁互助協定の締結

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 鹿 は せ る

 

 2019年4月2日、中国最高人民法院は香港特別行政区政府(以下「香港政府」という)司法部との間で「内地及び香港特別行政区の裁判所間の仲裁手続の相互共助保全に関する措置」(以下「本仲裁互助協定」という)を締結した。一国二制度のもと香港は中国大陸とは別の法域であるが、本仲裁互助協定は、中国が他の法域との間で締結する最初の仲裁互助協定である。なお、本仲裁互助協定の実施日については、中国最高人民法院及び香港政府が追って公表するとされており、本稿執筆時点では公表されていない。

 中国では、中国法人同士の契約については基本的には(香港を含む)外国仲裁を選ぶことはできない[1](なお、中国で設立された法人であれば、100%外国資本のいわゆる外商独資企業も中国法人にあたる)のに対し、外国法人と中国法人の間の契約や、目的物の所在地又は契約の履行地が海外であるなどの渉外要素が認められる場合には、外国仲裁を合意することができる。そのような場合、外国仲裁機関の最終的な仲裁判断が出ればこれを中国の裁判所により承認執行してもらうことが可能であるものの、紛争解決のより初期の段階において、中国国内で保全処分を申し立てることができないという難点があった。本仲裁互助協定により、香港仲裁を利用する場合には、中国国内の裁判所に保全処分を申し立てることができるようになったため、シンガポールその他の仲裁地と比べて、香港仲裁を利用する利点が増えたということができる。以下、本仲裁互助協定に基づき香港仲裁を利用する場合の要点を概観する。

 

1. 「香港仲裁」と認められる要件

 適格な香港仲裁と認められるためには、仲裁地が香港であり、かつ香港政府及び中国最高人民法院が認めた仲裁機関による仲裁であることが必要とされる。そのような要件を満たす仲裁機関については、香港政府がリストを作成のうえ中国最高人民法院に提供し、双方が確認するとされている(本仲裁互助協定第2条)。したがって、同リストに掲載されない仲裁機関については、香港に所在していたとしても、同協定に基づく中国国内での保全申立てが認められないため留意を要する(なお、本稿執筆時点ではまだ同リストは公表されておらず、香港政府司法部がリスト掲載を希望する仲裁機関の申請を受け付けている段階である)。

 

2. 保全処分の申立手続

 香港仲裁の利用当事者は、仲裁廷による仲裁判断が下される前であっても中国国内の裁判所(下記4参照)に保全処分を申し立てることができる(本仲裁互助協定第3条第1段)。もっとも、当事者の仲裁申立てが仲裁機関により正式に受理された後は、当事者は仲裁機関を経由して中国国内の裁判所に保全申立てを行うものと定められており(同第3条第2段)、当事者は仲裁機関に対して保全申立資料(下記3参照)を提出し、同機関が中国国内の裁判所に転送することとなる。これに対し、その前の仲裁機関による正式受理までの期間については、明確な定めがないものの、当事者は仲裁機関を経由する必要なく、中国国内の裁判所に対して、直接保全の申立てを行うことができるものと解される。ただし、その場合当事者は、中国国内の裁判所が保全処分を認めた日から30日以内に、香港仲裁機関が仲裁申立てを受理したことを証する書面を裁判所に提出する必要があり、提出されなかった場合、同保全処分は解除される(同第3条第3段)。

 

3. 保全申立てに必要な書面資料

 当事者が中国国内の裁判所に対して保全処分を申し立てる場合には、以下の書面を提出する必要がある(本仲裁互助協定第4条)。

  1. (ⅰ) 保全申立書
  2. (ⅱ) 仲裁合意
  3. (ⅲ) 当事者の身分証明資料(自然人の場合は身分証明書の写し、法人の場合は登記及び代表者の身分証明書の写し)
  4. (ⅳ) 仲裁機関が仲裁の申立てを受理した後の場合には、主な請求及び根拠事実・理由を含む仲裁申立書、証拠資料及び仲裁機関による受理証明書
  5. (ⅴ) 中国国内の裁判所が要求するその他の書面

 なお、上記書面のうち中文以外で作成されたものについては、中文訳も提供する必要がある。

 

4. 保全処分を行う中国国内裁判所

 保全処分の管轄裁判所(すなわち当事者が保全処分を申し立てる裁判所)は、中国国内における、相手方の住所地、財産所在地及び証拠所在地の中級人民法院である(本仲裁互助協定第3条第1段)。当事者はこれらの裁判所のいずれかに保全処分を申し立てるべきとされ、複数の裁判所に対して申し立てることはできない。この点、中国では実務上、財産所在地以外の裁判所は、保全処分の申立てを認めないことが少なくない。したがって、申立当事者は一次的には相手方の財産所在地の中級人民法院に保全処分を申し立てるのが適切と考えられる。



[1] 最高人民法院民事審判第四廷「渉外商事海事審判実務問題解答(一)」第83項参照

 

タイトルとURLをコピーしました