◇SH2557◇企業法務フロンティア「米国における除草剤による健康被害の製造物責任訴訟のトレンド」 田口洋介(2019/05/24)

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企業法務フロンティア
米国における除草剤による健康被害の製造物責任訴訟のトレンド

日比谷パーク法律事務所

弁護士 田 口 洋 介

 

1 農薬会社モンサントの相次ぐ敗訴判決

 米国カリフォルニア州の裁判所が、除草剤「ラウンドアップ」の有効成分「グリホサート」に発癌性物質が含まれていたことを認め、米国ミズーリ州の農薬大手モンサント社に対し、数十億円~数千億円の高額な損害賠償を命じる陪審評決が相次いでいることが農薬業界において大きな話題になっている。

 口火を切ったのはカリフォルニア州の州裁判所における陪審評決である。学校で校庭を管理する業務に従事する原告が、ラウンドアップを継続して使用したことで、癌を発症したとして、設計上の欠陥(design defect)及び警告上の欠陥(failure to warn)等を理由にモンサント社を訴えた。審理の末、2018年8月、陪審員らは、ラウンドアップと癌の発症との間の因果関係を認め、被告モンサント社に対して、懲罰的損害賠償⾦2億5000万ドル(約280億円)を加えた、総額約2億9000万ドル(約320億円)の損害賠償を原告に⽀払うよう命じた[1]

 その後、今度は、カリフォルニア州の連邦裁判所における訴訟において、被告モンサント社が、ラウンドアップを使用し、癌を発症した原告に対して、約8000万ドル(約88億円)を支払うよう命じる陪審評決が下された。

 また、本年5月13日には、カリフォルニア州の裁判所が、ラウンドアップを長期間使用したことによって癌を発症した夫婦が原告となった訴訟において、被告モンサント社に20億ドル(約2180億円)を超える賠償金を支払う義務があると判断した。報道によると、20億ドルの賠償金額は、製品の欠陥に関連する賠償金額としては8番目の規模となる。

 これにより、モンサント社はラウンドアップの発癌性を巡る訴訟で3連敗となった。モンサント社は、ラウンドアップに発癌性物質が含まれるとする判断に科学的根拠はないとして、いずれの判決に対しても控訴している。

 

2 世界中におけるグリホサートの規制状況及び評決の影響

 グリホサートの発癌性の有無については世界的な論争が巻き起こっている。

 2015年に世界保健機関(WHO)の外部組織である「国際癌研究機関(IARC)」はラウンドアップの主成分であるグリホサートについて「ヒトに対しておそらく発癌性がある」 (“probably carcinogenic to humans.”)と報告[2]し、これに続いて、カリフォルニア州は、グリホサートを州が定める発癌性物質のリストに加えた。

 他方、IARCと同じ国連のFAO/WHOの合同残留農薬専門家会議は2016年5月に「食を通じてグリホサートがヒトに対して発癌性のリスクとなるとは考えにくい」と発表し、欧州⾷品安全機関(EFSA)、欧州化学物質庁(ECHA)及び米環境保護局(EPA)はいずれも「癌を発症させる可能性は低い」あるいは「発癌性との証拠はない」との見解を示している[3]

 しかし、モンサント社の法的責任を認める評決を受け、英国のホームセンターは、関連商品を店頭から撤去することについて検討を開始することを発表した。フランスでは、マクロン大統領がグリホサートを主原料とした除草剤の販売を3年以内に禁⽌する意向を2017年11月に表明しており、本年1月にフランスの⾏政裁判所は、除草剤「ラウンドアップ・プロ360」の販売許可を取り消す判決を出し、これを受けてフランス政府は即日ラウンドアップに関連する製品を全面的に発売禁止にし[4]、3月にはベトナム政府が米国での評決を受けてグリホサートを含む除草剤の輸入を全面的に禁止[5]するなど、規制強化の動きが世界中で出てきている[6]

 

3 モンサント社の親会社バイエル社の誤算

 ドイツ大手のバイエル社は、2018年6月に約660億ドル(約7兆2000億円)もの大金を支払って、モンサント社の買収を完了したばかりであった。しかも、バイエル社は、モンサント社の買収に関するEU独禁法当局の買収許可を得るため、作物種子部門等の優良な事業をドイツ大手BASF社に売却することを余儀なくされたのである。

 当然、バイエル社は、買収に際して、モンサント社の製品の法的リスクについてデューデリジェンスを実施したのであろうが、EPAやWHOの見解を前提に、グリホサートに発癌性があることについての科学的な立証は困難であると評価したのかもしれない。バイエル社は、米国の陪審員制度及び懲罰的損害賠償制度を少し甘く見ていた可能性がある。

 なお、報道によれば、モンサント社の直近の陪審評決によって、バイエル社の株価は暴落し、時価総額が40%(4~5兆円)低下したとのことであり[7]、ドイツでは、モンサント社の買収の判断をしたCEOの責任追求の動きが始まっている。

 

4 日本への今後の影響

 バイエル社によると、モンサント社は、4月11日現在、ラウンドアップについての同様の訴訟を米国だけでも1万3400件抱えているとのことである。

 また現在、アメリカ国内にとどまらず、カナダにおいても同様の訴訟が提起されたとのことであり、今後もモンサント社(バイエル社)に対する訴訟が世界中で提起されることが予想される。

 加えて、元々モンサント社がグリホサートの特許を保有していたところ、2000年に特許が切れたため、グリホサートを含む除草剤を製造している会社はその他にも多く存在する。このため、今後、モンサント社以外の農薬会社が被告となる訴訟が増加することが予想される。また、米国では、モンサント社が敗訴判決を受けた直後に、グリホサートを含むシリアル等が入った食品を販売した食品会社に対する訴訟が提起されたとの報道もあり、このトレンドは業界を飛び越える可能性もある[8]

 グリホサートを有効成分とする除草剤は1970年代から発売され、⼈気の除草剤として世界中で販売されている。日本も例外ではなく、グリホサートを主成分とする除草剤は農薬だけではなく、ホームセンターや100円ショップなどでも家庭用製品として多く販売されている。しかし、⽇本では、グリホサートの安全性をめぐる議論は活発化しておらず、農薬登録を見直す動きも特にはない[9]。むしろ、厚⽣労働省は、欧州や⽶国内で起きている規制強化とは真逆の動きをしており、2017年に⼀部の農産物に適⽤されるグリホサートの残留基準値を⼤幅に緩和している[10][11]

 いずれにせよ、日本でグリホサートに関する健康被害の訴訟が提起されたとしても、カリフォルニア州における訴訟と同じ結果が出るかは分からない。

 例えば、カリフォルニア州における訴訟では、裁判所が、グリホサートに発癌性物質はないと結論づけたEPA等の報告書を伝聞証拠として、証拠採用しなかったことが大きく影響していると見ることができる[12]。また、被告となったモンサント社は、米国で「もっとも嫌われている20社」[13]に入っており、米国で相次いだモンサント社の敗訴判決は、米国の陪審員制度による固有の結果である可能性もある。

 懲罰的損害賠償制度がない日本では、米国ほど高額な損害賠償が認められることはないとしても、このような動きが、日本にも飛び火し、アスベスト問題のようにグリホサートが社会問題化する可能性も否定できない。引き続き、注視していくべき問題であると言えよう。



[1] なお、その後、被告モンサント社の申立て(Motion for judgment not withstanding verdict)により、被告モンサント社が⽀払うべき損害賠償⾦は約87億円に減額された。

[9] なお、神奈川県生活協同組合連合会はグリホサートの規制強化を求める声明を出している:http://www.kanaken.or.jp/news/2019/190126_01.html

 

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