◇SH1335◇弁護士の就職と転職Q&A Q11「インハウスは法律事務所に転職できないのか?」西田 章(2017/08/07)

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弁護士の就職と転職Q&A

Q11「インハウスは法律事務所に転職できないのか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 大手法律事務所による採用の山場が過ぎると、司法試験受験生の中には、企業への就職も視野に入れた活動を始める者が現れてきます。ただ、多くの受験生は「いずれは社内弁護士になることも真剣に考えてみたいが、まずは、法律事務所に就職したい」という気持ちを抱いています。それには「法律事務所からインハウスへの転職はあっても、その逆はないのではないか?」という不安が大きく影響しています。そこで、今回は、「企業から法律事務所への転職可能性」をテーマに取り上げてみます。

 

1 問題の所在

 かつては、法律事務所から企業への転職は「ハードワークに疲れた弁護士が、ワークライフバランスを求めた結果のキャリア選択ではないか?」いう目で見られていた時代がありました。そして、転職の理由が実際に「労働法による保護や福利厚生制度」を求めたものであるならば、再び法律事務所に戻りたいと考えることは想定されませんでした。しかし、最近は、「ビジネスの意思決定に関わりたい」という前向きな動機から社内弁護士の道を選ぶ者も増えてきました。そして、企業での勤務を続けるうちに、「法務部(間接部門)で働く限り、給料を大幅に上げることも難しい」と感じて、「法律事務所で売上げを立てることで一儲けしたい」と願う人が現れてきました。また、企業では、年次が上がるとマネジメントとしての成長を期待されるようになってくるために、「自分はいつまでも一プレイヤーでいたい」「そのために法律事務所に戻りたい」と希望する人も増えてきました。

 社内弁護士が法律事務所の中途採用に応募するようになり、法律事務所も「インハウスだからといって、門前払いをせずに、応募者の年次や経験を実質的に審査するべきではないか」という問題意識が芽生えてきています。それでは、どのような場合であれば、採用につながる可能性があるのでしょうか。

 

2 対応指針

 年次が若い候補者については、法律事務所は、インハウス経験をゼロ評価して、第二新卒枠での採用を検討することができます。年次が上がってしまうと、「法律事務所経験ゼロ」の社内弁護士を実働プレイヤーとして雇うことは難しくなります。また、過去に法律事務所経験があった候補者についても、転職後の企業勤務が長期に及んだ後には「現役性が失われた」とみなされるリスクがあります。そのような候補者に対して、法律事務所側の発想としては、「企業での人脈を生かした営業力を期待できるならば、成功報酬的な経済条件での受入れを検討してみようか」という方向での検討に傾きがちです。

 

3 解説

(1) 第二新卒枠での採用可能性

 法律事務所の中途採用は、「即戦力採用」ばかりではありません。新卒市場で、大規模事務所や裁判所・検察庁との間での修習生の奪い合いに参加したくない事務所は、「ポテンシャル採用」の対象を第二新卒に求めるようになりました。

 第二新卒は何年目までを対象にするのか、について画一的なルールはありません。ただ、「他職での勤務経験が長くなると、うちの事務所での仕事スタイルへの矯正をしづらくなる」というリスクも指摘されています。そのため、「3年以内のほうが望ましい」といった意見があります。また、「修習期が上の後輩はバランスを乱す」として「第二新卒は、所内で最も若い修習期に限る」という基準も根強く存在します。

 第二新卒の選考は、「もう一度、事務所で鍛え直す」ことが想定されているので、採用基準は(実務経験よりも)「伸びしろ」が重視されます。そのため、知名度のある一部上場企業や外国企業等に所属しているほうが、倍率の高い就活を潜り抜けてきたことが推認されて、書類選考を通過しやすい傾向があります。知名度が高くない企業(ベンチャー等)の場合には、具体的に自己の関わったプロジェクトに興味を示してくれそうな法律事務所(又はパートナー弁護士)を見付け出せるかどうかが内定獲得の成否を分けることになります。

(2) 法律事務所から企業への転職組による法律事務所への復帰可能性

 法律事務所から企業への転職組が対象となるのは、(ポテンシャル採用ではなく)即戦力としての採用枠です。社内弁護士での業務経験は様々であり、一括りにするのは乱暴ですが、大胆にまとめると、「法律事務所のアソシエイトに求められるのはドキュメンテーション能力」であり、「社内弁護士に求められるのは調整力」と言えます。

 法律事務所の即戦力採用では、前職(法律事務所)での業務経験が主たる審査対象となります。現職(企業)での経験は、よほど丁寧に主張しなければ、「弁護士業務の空白期間」として「ゼロ評価」されてしまいます(外資系企業の勤務経験については「英語コミュニケーション能力」がプラス評価されることはあります)。ここでも、「3年以内に法律事務所に復帰するのが望ましい」とか「企業経験が5年以上に及んでしまうと、もはやプレイヤーに復帰できないのではないか」との指摘がなされることがあります。

(3) インハウス経験者の営業力

 法律事務所では、アソシエイトは「労働力」を提供する代わりに「給料」を得る存在です。そのため、インハウスが、企業での人脈を生かして、案件を引っ張って来ることができるとすれば、それはアソシエイトとしての適性が高いというよりも、パートナー候補に近付いてきます。ただ、一流の法律事務所では、パートナー審査を営業力だけで通過させることには消極的であり、受任した案件を自分でハンドルできる(弁護過誤を起こさない)ことも求められます。

 法律事務所経験が長いインハウスであれば、パートナー候補になる可能性もありえますが、企業経験のほうが長いインハウスならば、まずは、顧問又はカウンセル的ポストでの受入れを検討されるのが現実的です。

 営業力は、所属企業の知名度で計られるわけではありません。案件を引っ張って来ることができる具体的可能性が重視されます。たとえば、メガバンクや重厚長大産業は、知名度は高くとも、顧問先事務所が固定化されていることが多いので、「退職した弁護士に案件を回してくれるのか?」を疑問視されてしまいます。むしろ、IT企業や総合商社のほうが、ビジネスサイドの優秀な同僚が転職したり起業したりしやすいので、その起業先・転職先からの紹介を期待できるならば、流動性がある企業の人脈のほうが評価されることがあります。

 いずれにせよ、「喧嘩別れ」では、案件を持って来てくれる可能性が低くなってしまいますので、採用側でも「円満退職」を強く求めることとなります。

 

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