弁護士の就職と転職Q&A
Q81「インハウス選びで給与以上に重視すべき点は何か?」
西田法律事務所・西田法務研究所代表
弁護士 西 田 章
法律事務所における弁護士業務は「フロント部門」です。好景気時には、稼働に見合う給与を支払える素地があるために、転職市場における人材獲得競争では、「企業よりも、法律事務所が有利」と言われてきました。ただ、「戦後最長」と評された景気回復が後退局面に移ってきたとも言われ始めてきた中で、「インハウスに行くならば、どこがよいか?」という問題意識を抱く若手弁護士も増えてきました。
1 問題の所在
一般論としては、「法律事務所とは異なり、企業における法務部は、管理部門/間接部門であるため、入社後に、自己のパフォーマンスを数字で示すことによって昇給を要求することが難しい」と言われています。そして、「だからこそ、インハウスになる際には、初年度給与を高めに設定することが大事」とのキャリア・アドバイスがなされることもあります。また、「インハウスの市場価値は所属企業の名前で決まる」「二流から一流への上方遷移は難しい」とも言われてきました。そのため、「給与の高さ」と「企業のブランド力」がそのまま転職市場での人気に反映されていました。しかし、「インハウスのキャリアパス」が多様化して来たために、そう単純には割り切れなくなってきています。
インハウスのロールモデルとしては、古典的には「第一キャリアとして、法律事務所で積んだ経験を、第二キャリアとしてのインハウスで活用する」という姿がイメージされていました。そこでの転換のタイミングは、「渉外事務所のアソシエイトが留学から戻ってきて、外資系企業に転職する」というのが典型例と考えられてきました。しかし、司法制度改革も受けて、「司法修習を終えて直ちに企業に就職する」という、いわゆる「いきなりインハウス」も増えており、その中には、法律事務所に移籍して活躍する事例も生まれています(企業内で働いた経験が、外部弁護士としての成功につながった事例としては、長島安治弁護士も、そのインタビューにおいて、「会社にいたからこそ、依頼者の立場がよく分かるようになりました」と答えています(SH2268 著者に聞く! 長島安治弁護士「日本のローファームの誕生と発展」(前編)(2018/12/31))。
また、定年後のインハウスが、「まだ働ける」として、法律事務所に籍を置くことを希望することも増えてきました。これには、「弁護士業務をバリバリ営みたい」というよりも、「非常勤の社外役員ポストを引き受けるためには、連絡先としての所属事務所を確保しておくほうが便宜」というニーズのほうが強いと言えそうです。
「弁護士資格がある会社員」というだけでは、人材市場における希少性をアピールできなくなってきた時代が到来していることも踏まえて、中長期的なキャリア構築の視点から、「給与」と「見栄え」ではなく、転職先を実質的に選びたいという相談が増えています。
2 対応指針
「現職の給与が高ければ、転職先も高い金額のオファーを出してくれるだろう」という期待は、候補者たる人材の層が薄い世代にはある程度は通用していましたが、徐々にそれが通用しなくなってきています。重要なポストの採用ほど、候補者の実質的な経験値を確認することが求められるようになってきました。そのため、「現職で成果を残した人が、他社からも誘われる」ことが中心となり、「現職で不完全燃焼の人材が転職を機に再チャレンジしたい」という戦略を取りにくくなってきています。
会社員として「現職で(何らかの)成果を残す」ためには、それが先端的なプロジェクト関連の成功でも、後ろ向き案件の解決でも、部下を持ってマネジメントする経験でも、いずれにおいても、上司の理解と協力は不可欠です。その意味でも、「上司と円滑なコミュニケーションを取れる」というのは、転職先選定における最重要の確認事項であると考えられます。そして、上司から高い評価を受けることが、社内での出世につながり、かつ、社外への転職の際にもプラスに働きます。
3 解説
(1) 先端案件の経験
インハウスに対する評価は、これまで「所属企業の名前」で決まる面が少なからず存在していました。そのため、「一流企業から二流企業への天下りはあっても、その逆は難しい」などと言われてきました。しかし、企業の事業活動における海外案件の比重が増えたり、データの利活用やAIを含めたIT化を戦略に掲げている先においては、これら先端的案件において、自社よりも進んだ企業の知見を有する者を獲得したいというニーズが高まっています。
そのため、「現職においてルーチンな業務をこなすことに飽きたので、転職を考えている」という状況の候補者よりも、「現職で最先端の案件に触れることができたので、その経験値を、他社での法務に活用したい」という前向きな意欲を持っている人材のほうに、より大きなチャンスが巡ってくる可能性があると言えます。同じ企業に所属していても、担当している案件の種類によって市場価値が異なってくることを考慮すれば、自らが興味を抱く先端案件に関与させてもらえるように、上司との間で円滑なコミュニケーションを取れることが重要になっています。
(2) マネジメント経験
インハウスとしての昇進を考えるならば、いつまでもいちプレイヤーとして働き続けるだけでなく、チームをマネジメントしていく経験値を積み重ねていくことが重要になっています。いくら優れた法律家であっても、部下を持ったことがない人材に対して、いきなり多人数のチームのマネジメント職を任せるのは難しいために、「マネジメント側の視点を持つこと」や「ひとりでもいいから、部下を持ったと言える経験」からスタートして、段階的に経験値を積んでいくことが必要となります。
後継者育成を念頭に置いている上司ならば、業務をこなしていくだけでなく、日々の業務を通じて、「自分はどのような点に考慮して部の運営を行なっているか」を伝承したり、フォーマルなポジションを与える前から、後継者候補に対して、部下を持って、チームを管理することの疑似体験をする機会を与えることにも熱心に取り組んでくれます。
残念ながら、そのような意欲を抱いている上司ばかりではないために、転職先選びにおいては、「転職候補先の上司は、自分にマネジメント経験を積ませくれそうかどうか」を自ら確認しておくことも重要だと思われます。
(3) 人脈形成
年次が若いうちの転職活動は、「履歴書」と「職務経歴書」による書類審査と「面接」による人物評価で結果が決まりますが、年次が上がるほどに、「業界内での評判」や「口コミ」の占める割合が高まってきます。つまり、「もとから自分を知ってくれている人物からの高評価」が勧誘のきっかけになるケースが増えてきます。それは、法務系のコミュニティを通じて声をかけられることもあれば、事業部門にいた同僚が転職し、新しい会社から声をかけてくれるようなケースもあります。
このような人脈は、「所属企業で業務として求められている範囲の仕事」だけをしていて形成できるものでもありません。業務上求められている範囲を上回るサービスを提供してこそ、相手方に「サービス精神旺盛な人物」であり、「何かあったときに頼りにしてみたい」という強い印象を与えることが可能になります。ただ、「必要最低限度以上のサービスに時間を費やすこと」について、上司からの理解が得られなければ、これを継続することが難しくなるため(自分自身の人事評価を下げることにもつながりかねません)、課外活動や自己研鑽について、自分の価値観を共有してくれる上司に師事できることが望まれます。
以上