企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
第3章 現場の「経営管理システム」とその運用
企業規範の第3層と第4層を整備する
本章では、直接部門の業務、間接部門の業務、及び、直接と間接の複数の部門が連携し一体となって運営される業務について、それぞれの主な管理項目を列挙し、「高い生産性」と「高い自己浄化能力」を共に実現する経営管理の要点を考察する。
- (注) 企業は、内部統制、コーポレート・ガバナンス、コンプライアンス確保等の仕組みを整備して、それを公表することが求められている[1]。これらは、企業経営の「管理の切り口」を表すものであり、その中身は各企業が自ら設計して導入・運用しなければならない。本章で、その中身を考察するので、これをヒントにして、各企業で自社に最適の管理のあり方を追求して頂きたい。
第1部 直接部門(ライン)の経営管理
一般に、商品の仕様決定・製造・販売(サービス提供を含む)の業務を直接担当する部門を総称して直接部門(又はライン部門)という。
本項では、メーカーの直接業務の4つの機能、即ち、(1)商品企画・開発・設計、(2)生産・調達、(3)販売・流通・クレーム対応・事故対応、(4)代金回収について、それぞれの主な管理項目を列挙する。
直接部門の業務の多くは、コンピュータ・システムで管理されている。この業務の生産性を高水準に保つには、常に、業界トップ水準の業務システム(他業種を含む)を調査し、その中から自社に有用なシステムを見出して、自社のシステムを絶えずそれ以上の水準に改善していく必要がある。
また、企業の法令遵守は、違反行為が発生する現場で法令違反を確実かつ迅速に取り除くことが重要であり、業務遂行の過程でこれを実現する仕組みを構築することが望ましい。
1. 商品企画・開発・設計
商品企画・開発・設計の段階では、ターゲットにする客層に受け入れられる商品コンセプトを作り、基本機能を定めて仕様を決める。この段階で、商品の機能と安全の水準は、ほぼ決まる。
商品の仕様は、具体的には次の①②のプロセスを経て決める。
- ① 商品が使用される国・地域の最新の法令・基準・規格等および業界の事故・トラブル事例、裁判例、自社の経験等を考慮して、それらの要求を満たす「社内基準」を設定し、これを守る。
-
例1 メーカーの開発・設計規程の主な項目(例)
開発体制、開発重要度(等級)、職位と責任・権限、開発・設計プロセス(開発計画・試作設計・量産設計・試作・初回生産・発売)、新製品情報を登録(工場・営業等と共有)、外部との契約(開発委託、共同開発、デザイン委託、試作委託、計測委託等)、商品の標準使用期間の設定、保証書の作成、製品への表示、量産試作、デザインレビュー(設計審査)他 -
例2 社内基準・規格(完成品、部品、材料、ソフトウェア、実験方法、検査方法、計測方法等)
公的な基準・規格を最低限の水準として、できるだけそれより厳しい社内の基準・規格を定める。
(注) 社内規格には製品安全に関する重点管理事項が記載される。このため、これを営業秘密として管理する企業もある。
- ② 個々の商品毎に、次のa)~d)の順に検討して、決める。
-
a) 用途・作動範囲・寿命等を決定する。
b) 発生する危険を洗い出す。
c) 危害の大きさと発生確率(発生可能性の大小)からリスクの大きさを予想する。
d) リスク低減策を付加する。(リスクを十分に低減できない場合は、a) に戻る)
商品企画・開発・設計部門の主な管理項目を次に示す。
(1) 市場に出すことができる製品を設計する
① 基準・規格に適合する製品を作る。(正しいデータに基づくことが大前提)
1) 公的な基準・規格(より厳しい社内基準・規格を定めた場合は、その社内基準等)に適合させる。
製品特性だけでなく、環境基準にも適合する必要がある。
2) 必要に応じて、「認証マーク」を自社製品に表示する。
行政当局の許認可・承認等を取得、又は、第三者機関の認証等を取得したうえで表示する。
- 〔認証マークの例〕
-
1. 公的な第三者機関が試験・審査を行って認証したものに付す法定マーク
JIS規格、JAS規格、ISO/IEC規格、特別用途食品[2]、特定保健用食品(トクホ)[3]、PSCマーク[4](特別特定製品)、PSEマーク[5](特定電気用品) -
2. 自己確認して適合したものに付す法定マーク(記録の保存、第三者による調査や使用停止措置等の規定がある)
PSCマーク(特定製品)、PSEマーク(特定電気用品以外) -
3. 業界団体が定めた規格に適合するものに付す業界団体マーク
Sマーク[6]、SGマーク[7]、自転車BAAマーク[8]、公正競争規約に基づく公正マーク[9]
3) 当局への許認可申請・取引契約の規定・消費者への説明は、事実に基づいて行う。
虚偽・誤りのデータに基づいて許認可申請・契約・説明等を行うのは基本的に法律違反であり、民事・行政・刑事の責任を重層的に負うことになる。
- 〔重層的に責任追及される例〕
- ・ 契約違反として取引先から損害賠償請求
- ・ 業法違反として行政処分(営業停止、免許取り消し、指名停止等)
- ・ 景品表示法違反として是正措置命令・課徴金納付命令
- ・ 不正競争防止法違反、刑法違反(詐欺罪)として罰金又は懲役(併科あり)
- ・ ISO、JIS 等の第三者認証の取り消し(このとき、社名が公表される。)
② 製品に使用する適切な部品・材料を指定する。
・技術・環境等の公的な規制に適合する部品・材料の中から、最適なものを選んで指定する。
設計部門が行う技術的判断だけでなく、仕入先の経営状況・経営者を評価する購買部門の判断も重視される。
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(注1) 複数の部品・材料を実験して、特定のメーカー品を指定する。
部材業者が納入先メーカーに通知せずに原材料等を変更して納品する「サイレントチェンジ」を排除する。
特に、品質の確保が重要な場合は、調達先(又はその納品)の定期検査を実施する等の対策を徹底するよう、設計・品質管理部門から製造部門に申し入れる(作業マニュアルに具体的に規定する等)。 - (注2) 関税法等による原産地の規制[10]がある場合は、調達先(国・地域)を海外部門・経理部門等と協議して決める。
③ 他者の知的財産権を侵害しない。
1) 他者の知的財産権を侵害しない商品設計にする。
開発・設計段階で、関係分野の特許出願状況等を調査し、抵触する可能性がある特許等を使わない設計・商品企画にする。
- (注) 他者の知的財産権を侵害すると、権利者から差止請求、損害賠償請求等を受ける可能性がある。
2) 回避できない他者の知的財産権が存在する場合は、権利者に使用許諾を申し入れる。
初期の、商品企画・開発の段階で他者の知的財産権の取得状況を分析して、自社への影響の有無を判断することが重要である。生産・出荷が近づいた段階で他者に特許権等の使用許諾を求めると、足元を見られて交渉が不利になる。
[1] 会社法435条2項。会社法施行規則118条。金融商品取引法24条の4の4第1項・2項、193条の2第2項。内部統制府令4条1項。東京証券取引所上場規程
[2] 健康増進法に基づいて国の許可・承認を受けた商品に表示できる。病者用食品、妊産婦・授乳者用粉乳、乳児用調整粉乳、嚥下困難者用食品、特定保健用食品が対象。なお、特定保健用食品(トクホ)には専用のマークが設けられている。
[3] 健康増進法に基づいて国の許可・承認を受けた商品に表示できる。
[4] 消費生活用製品安全法に基づく国の技術基準に適合する商品に表示する。特別特定製品(4製品:乳幼児用ベッド、携帯用レーザー応用装置、浴槽用温水循環器、ライター)については、自主検査(特定製品<乗車用ヘルメット等の10製品>の場合は、自主検査して検査記録を作成・保存する。)に加えて、登録検査機関による検査を受けて証明書を取得し、保存しなければならない(同法12条1項)。国は製造事業者等に不適合品に関する改善命令・危害防止命令(製造・輸入の禁止、回収等)を行うことができる(同法14条、32条)。
[5] 電気用品安全法の技術基準に適合した電気製品に表示する。不適合品の販売は禁止される。特定電気用品については、登録検査機関で適合性検査を受けて適合証明書を取得しそれを保存した上で(同法9条)、製造工程における検査・完成品検査・試料検査を実施する(施行規則別表3)。届出事業者には、該当する全ての電気用品について、出荷前に検査を行い、その記録を保存する義務がある(同法8条2項)。
[6] 電気製品認証協議会(SCEA)が主催する、第三者機関による電気製品の安全認証制度。電機関係の多数の工業会、国民生活センター、日本生活協同組合連合会、日本チェーンストア協会、日本損害保険協会等が会員である。(電気製品認証協議会HP「会員一覧」2019年5月23日より)
[7] 製品安全協会が安全を保証するマーク。SGマークを表示した商品には1億円を限度とする対人賠償保険が付いている。①「登録・型式認証(工場審査に合格して工場等登録を行い、製品試験に合格した型式の製品にマークを表示する。一定期間毎に事後調査あり。)」と②「ロット認証(生産したロットを抜き取り検査して認証する。)」がある・乳幼児用品、福祉用具、家具・家庭用品、台所用品、スポーツ・レジャー用品、家庭用フィットネス用品、自転車・自動車用品等が対象。
[8] 自転車協会が行う「型式検査」において同協会の自主規格「自転車安全基準」に適合した商品にBAAマークを表示できる(但し、PL保険加入を義務付ける)。同基準には、ブレーキ・制動性能・フレーム強度・ハンドル衝撃・ペダル強度・スポーク張力・リフレクター光度等の約90か所の検査項目がある。同協会では、毎年、市場でBAAマーク貼付車を購入し、(一財)日本車両検査協会の東京検査所・大阪検査所、(一財)自転車産業振興協会技術研究所に委託して「商品検査」を行って「自転車安全規格」に適合しているか否かを確認する。不適合箇所があれば改善する。
[9] 公正取引協議会が、構成事業者の商品で公正競争規約に従って適正な表示をしていると認められる商品に「公正マーク」を表示する。〔商品表示の例〕はちみつ、観光土産品、飲用牛乳、ハム・ソーセージ類、旅行(旅行広告に表示)、防虫剤、家電製品(家電広告に表示)。なお、公正競争規約の参加会員の店頭に「会員証類」を表示する例として、スポーツ用品、観光土産品、農業機械、不動産、鍵盤楽器、眼鏡、自動車、二輪自動車、指定自動車教習所、タイヤ、仏壇。
[10] FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)においては原産地が厳密に定義される。TPP協定も、原産地について詳細に定めている。なお、しばしば、アンチ・ダンピング税賦課命令に対する迂回輸出が問題になる。