◇SH2610◇コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(171)コンプライアンス経営のまとめ④ 岩倉秀雄(2019/06/18)

未分類

コンプライアンス経営とCSR経営の組織論的考察(171)

―コンプライアンス経営のまとめ④―

経営倫理実践研究センターフェロー

岩 倉 秀 雄

 

 前回は、組織文化革新のマネジメントについてまとめた。

 シャインは、大きな変革を行なうためには、メンバーが変革しようとする気になる何らかの否定的確認が必要だが、それにより革新の対象者は、①権力や地位を失う、②新しいやり方をマスターできない、③できないために制裁を受ける、④自身のアイデンティティを失う、⑤グループの一員でなくなる等、の恐れにより革新に抵抗し、①拒絶、②身代わり・責任転嫁・言い逃れ、③画策・交渉等の反応を示す傾向があるので、革新を成功させるためには、新しいやり方を学習するために古いやり方を棄却しても大丈夫だという「心理的安全性」を創りだす必要があり、そのためには、説得力のある積極的ビジョンの構築、②公式のトレーニング、③学習者の参加しやすさ、④関連する「身内グループ」及びチームの非公式訓練、⑤練習の場、コーチ、フィードバック、⑥明確な役割モデル、⑦支援グループ、⑧望ましい変化に一致したシステムと組織構造、のすべてが整う必要があると主張している。

 今回は、組織行動論の移行過程のマネジメントについてまとめる。

 

【コンプライアンス経営のまとめ③:革新のマネジメントの他の視点】

 本稿では、これまでの考察を踏まえ、稲葉元吉[1]により、組織行動論の「移行過程のマネジメント」をまとめる。

 

1. 「革新を阻むもの」はなぜ発生するのか

 組織は、様々な利害を持った人々の集まりで、革新によりこれまでの自分の地位や価値観を否定されたと感じた者は、「抵抗」を始め、どう対応してよいかわからない者は「混乱」し、革新を一つの機会として組織内で有利な地位を占めようと政治的に働く者同士は互いに「対立」する。

 コンプライアンスを重視する組織文化の構築に向けて「革新」を進める場合には、組織成員の「抵抗・混乱・対立」の発生を前提にするべきである。

 これまでの組織文化の体現者であり組織文化への適合力がパワー資源になってきた経営幹部や管理職層は、革新により自らの基盤やパワー資源を否定されたと感じる度合いは、むしろ一般従業員以上に強いと言える。

 

2. 革新を阻むものの管理

(1) 変化に対する「抵抗」の管理

 一般に、変化は未知の状況を生み出し、これが組織の成員に先が見えないことに対する不安を与え,自律感を失わせる。

 この場合には、一般に次の5つの管理方法が想定される。

  1. ① 原状と望ましい状態とのギャップを正確に伝えることによって、変化の必要性を認識させ、現状の方法では問題点が多く通用しないという情報を広くいきわたらせる。
  2. ② 成員を変化の過程に参加させて、当事者意識を持たせ動機付ける。
    特に、変化により直接影響を受ける者は早い段階から参加させる必要がある。
    なお、革新には時間がかかることと意見の対立もあり得るので、革新の推進者は、これを踏まえて実施する。
  3. ③ 移行中または将来について望ましいと考えられる行動に報酬を与えて動機づけ移行を促進する。(例 給与・ボーナスの評価、昇進、昇格、異動、表彰等)
  4. ④ 情理を尽くして説得するとともに、成員に自らを納得させる時間的余裕を与える。慣れ親しんだやり方を棄却する喪失感に配慮する。
  5. ⑤ 移行する成員に十分に教育・訓練を実施し不安感をなくす。
    新しい技能諸関係、自分の位置づけ、期待される役割に関する十分な情報を提供し、自分は新たな状況の中で十分にやっていけるという自信を持たせる。

 

(2) 変化に対する「混乱」の管理

 「革新」は、組織内部の慣行化された状態を破壊し、一時的に「流動状態」を作り出すので、日常業務の統制力が失われやすい。

 このような「混乱」は、組織合併やM&Aにおいても良く見られる現象である。

 移行時に発生する各種の不均衡を可能な限り統制する必要があり、そのために通常とは異なる以下の独特の施策が必要になる。

  1. ① 将来の組織状態に対する明確なビジョン(例えば新組織の目的・目標、新組織構造、要員配置、技術体系の変化、新しい職務内容、報酬制度の変更等)を呈示し、組織内に周知徹底する。
  2. ② 移行過程の実際の進行具合について、移行担当者とそれ以外のメンバーとの間に正確な情報を絶えず授受伝達する。
    その際、フォーマルな情報伝達ルートの他に、調査、聴取、相談等のインフォーマルな情報ルート等、あらゆる機会や方法を活用する。
    革新の移行期では混乱のためにフォーマルな情報ルートは破壊されやすいので、混乱状態であるほどあらゆる手段を使って正確な情報を絶えず授受することが重要になる。
  3. ③ 移行当初に予想しなかった問題が生じた場合には、直ちにそれを解決する。
    移行の初期にすべてを予想することは不可能であり、移行期に発生する諸問題を解決し、その経験を踏まえて新組織が確立される。

(3) 変化に際しての「対立」の管理

 組織とは、協働の場であると同時にパワーを求めて競い合う「駆け引きの場」でもあり、通常時には、組織内で行われていたグループ間の政治的駆け引きが、移行期になると各グループ間のパワーバランスが崩れ、駆け引きが顕著化し、極端な場合には、情報の隠蔽、囲い込み、他部門への非協力などが想定される。

 成員は、進行中の革新の既存の力関係への影響、移行期の組織の中で得る立場の獲得を予想しつつ、政治的行動を展開し始めるので、革新により不利益を被ると解釈する集団が、革新を阻害する恐れがある。

 一般に、次の点に注意して管理する必要がある。

  1. ① 移行に反対する集団に対しては、妥協することなく、会議など公式の場でできるだけ反対意見を提出させ、議論を戦わせて論破する。
    それでも反対する場合には、反対者を異動させる等、組織決定の重要性を組織成員に明確に知らせる。
  2. ② 各集団のリーダーの役割行動を利用する。
    各リーダーの行動を通じて組織内に革新のエネルギーを作り出す。
    各リーダーが率先して集団を鼓吹し行動の方向を示すことに期待する。
    「対立」ではなく「協調」行動ができるような状況を生み出すためには、「協調」が現在の問題を超えて成果を生み出し将来的に拡大・発展するという確信を持たせ、協働の意欲を喚起する。
    また、外部に「共通の敵」を作る等、外部からの圧力に各集団の注意を向ける方法もある。

つづく

 


[1] 稲葉元吉『コーポレート・ダイナミックス』(白桃書房、2000年)137頁~162頁

 

タイトルとURLをコピーしました