◇SH0255◇最三小決 平成26年11月25日 わいせつ電磁的記録等送信頒布、わいせつ電磁的記録有償頒布目的保管被告事件(大谷剛彦裁判長)

未分類

 本件は、わいせつ電磁的記録等送信頒布、わいせつ電磁的記録有償頒布目的保管の事案に関する被告人上告事件である。
 日本在住の被告人は、日本及びアメリカ合衆国在住の共犯者らとともに、日本国内で作成したわいせつな動画等のデータファイルをアメリカ合衆国在住の共犯者らの下に送り、同人らにおいて同国内に設置されたサーバコンピュータに同データファイルを記録、保存し、日本人を中心とした不特定かつ多数の顧客にインターネットを介した操作をさせて同データファイルをダウンロードさせる方法によって有料配信する日本語のウェブサイトを運営していた。このような状況の下、①日本国内の顧客が、平成23年7月及び同年12月、上記配信サイトを利用してわいせつな動画等のデータをダウンロードして同人のパソコンに記録、保存した。また、②被告人らは、平成24年5月、上記有料配信に備えてのバップアップ等のために、東京都内の事務所において、DVDやハードディスクにわいせつな動画等のデータを保管した。被告人は、①が、被告人らによるわいせつ電磁的記録等送信頒布に、②が、わいせつ電磁的記録有償頒布目的保管にそれぞれ当たるとして起訴された。
 従来、刑法175条が定めるわいせつ物頒布罪については、その客体が有体物に限られていたところ、平成23年に成立した「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律」(平成23年法律第74号)により、刑法175条が改正され、同条1項後段において、有体物の移動を伴わない電気通信の送信によるわいせつな電磁的記録等の頒布が、同条2項において、その電磁的記録の有償頒布目的での保管がそれぞれ処罰されることとなり、同年7月14日から施行された。なお、この改正の際に、刑法175条に関する国外犯規定が設けられることはなく、従前どおり、国内犯(刑法1条)のみが処罰対象とされている。本件は、この改正施行後の事案であって、改正後の刑法175条の適用が最高裁で問題となった最初の事例である。
 

 本件では、被告人は、サーバコンピュータから顧客のパソコンへのデータの転送は、データをダウンロードして受信する顧客の行為によるものであって、被告人らの頒布行為に当たらず、また、被告人らの行為といえる上記配信サイトの開設、運用は日本国外でされているため、被告人らは、刑法1条1項にいう「日本国内において罪を犯した」者に当たらないから、被告人にわいせつ電磁的記録等送信頒布罪は成立せず、したがって、わいせつな動画等のデータファイルの保管も日本国内における頒布の目的でされたものとはいえないから、わいせつ電磁的記録有償頒布目的保管罪も成立しない旨主張しており、争点は、わいせつ電磁的記録等送信頒布罪の実行行為である頒布行為の存否と国内犯該当性である。なお、わいせつ電磁的記録有償頒布目的保管罪に関する主張は、改正前の刑法175条後段のわいせつ図画販売目的所持罪にいう「販売目的」に関し、日本国内での販売目的であることを要するとした最一小判昭和52年12月22日刑集31巻7号1176頁の趣旨が、改正後の同条2項にいう「有償で頒布する目的」にも当てはまることを前提とした主張と理解される。
 

 本決定は、頒布行為の存否を判断する上で、まず、刑法175条1項後段にいう「頒布」の意義について、不特定又は多数の者の記録媒体上に電磁的記録その他の記録を存在するに至らしめることをいう旨判示した。この解釈は、立案担当者の説明(杉山徳明=吉田雅之「「情報処理の高度化等に対処するための刑法等の一部を改正する法律」について(上)」曹時64巻4号(2012)844頁)をそのまま採用したものといえるが、最高裁として「頒布」の意義を明示した意味は大きい。
 そして、本決定は、本件における頒布行為の存否に関し、データ送信時には被告人らの直接的行為は介在していないものの、被告人らは顧客の操作による自動送信機能を備えた配信サイトを運営しており、顧客による操作は被告人らが意図した送信の契機にすぎないことから、顧客のダウンロード操作に応じて自動的にデータを送信する機能を備えた配信サイトを利用してわいせつな動画等のデータファイルを同人の記録媒体上に記録、保存させる行為は、被告人らによる行為であると解した上で、これが先に述べた「頒布」に当たる旨の判断を示した。これは、本件の事実関係を下に、規範的に評価すれば、顧客によるダウンロード行為部分も被告人らによる行為と判断したものと理解されるが、これまでも自動販売機でわいせつ図書を販売した場合にはわいせつ図画販売罪が成立すると考えられていたことからすれば、自然な結論であり、動画等の配信サイトの多くが同様の仕組みを備えていることに照らすと、本決定が通用する場面は少なくないであろう。もっとも、その理論的根拠については、顧客を間接正犯における故意ある幇助道具と位置付ける考えや、わいせつ電磁的記録等送信頒布罪もわいせつ物頒布罪同様に必要的共犯であって対向的関与者の行為も正犯者の行為と捉える考えなど、複数の考え方があるように思われる。
 さらに、頒布行為に関しては、その始期(実行の着手時期)について、顧客によるダウンロード操作に先立つ配信サイトへのデータ格納や配信サイトの運用といった行為の全部ないし一部を含むかという問題がある。本決定は、判文上、必ずしも明確にしていないが、これは、わいせつ電磁的記録等送信頒布罪に未遂処罰規定がないことや後記の本件における国内犯該当性判断に影響しないことから、所論に対応して必要な限度で判断をしたためと考えられる。最三小決平成13年7月16日刑集55巻5号317頁によれば、インターネット上のサーバコンピュータにわいせつな電磁的記録を記憶・蔵置させて不特定・多数の者がその電磁的記録を認識できる状態に設定する行為は、わいせつ物公然陳列罪に該当すると解されるところ、頒布行為がどこから始まるのかは、わいせつ物公然陳列罪とわいせつ電磁的記録等送信頒布罪の棲み分けの要否や罪数関係にも影響すると考えられ、今後に残された論点といえよう。
 

 国内犯については、犯罪を構成する事実の全部又は一部が日本国内で生じたことをいうとする偏在説が、学説上、一般的であり(前田雅英ほか編『条解刑法〔第3版〕』(弘文堂、2013)4頁、大塚仁ほか編『大コンメンタール刑法 第1巻〔第2版〕』(青林書院、2004)78頁[古田佑紀・渡辺咲子・田寺さおり])、判例(大判明治44年6月16日刑録17輯1202頁等)もこれと同様の見解に立つと理解されている。これによれば、本件では、少なくとも頒布行為の一部であるわいせつ電磁的記録の記録、保存が日本国内で生じており、更に言えば、共謀行為も日本国内でなされたとうかがわれることから国内犯該当性が明らかである。しかし、日本人らが日本人顧客のために日本語のわいせつな動画等の配信サイトを運営した本件について上記結論に異論はないと思われるものの、インターネットが普及した現状において、偏在説を貫徹し、例えば、外国人が外国向けの配信サイトを運営していた場合なども常に国内犯に該当すると考えるのが相当か否かは、なお議論の余地があると思われる。本決定が、国内犯該当性に関して、一般論を展開せず、本件事実関係の下では被告人らを国内犯として処罰できるとする事例判断にとどまり、この点が決定要旨にも取り上げられていないのは、上記事情に配慮したものと推測される。
 

 以上のとおり、本決定は、いくつかの課題は残したものの、新しい構成要件であるわいせつ電磁的記録等送信頒布罪における「頒布」の意義を明確に判示するとともに、インターネット上でよく見受けられる配信サイトを利用した行為につき「頒布」行為該当性を肯定した点で、実務上有意義な判断をしたものと思われる。
 
タイトルとURLをコピーしました