小牧市、パワーハラスメントの疑いに係る第三者委員会報告書
岩田合同法律事務所
弁護士 大久保 直 輝
1 概要
愛知県小牧市は、令和元年6月27日、元小牧市職員であるX氏(自殺により死亡)に対する職場の上司Y氏によるパワーハラスメントの疑いに係る第三者委員会の報告を受け、これを公表した。
第三者委員会の報告に至る経過は、概要次の表のとおりである。第三者委員会の構成は、日本弁護士連合会の「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(平成22年7月15日策定、同年12月17日改訂)に準拠し、小牧市と利害関係を有さない弁護士二名、学識経験者(労働法専攻の大学教授)一名となっている。
第三者委員会の報告に至る経過 | |
年月日 | 事実 |
H30.7.27 | X氏が自宅で自殺しているのが発見され、遺族らからY氏のパワーハラスメントが原因であるとの申し出があった。 |
H30.7.31 | 小牧市による調査(~H30.10.16) |
H30.11.22 | 小牧市パワーハラスメントの疑いに係る第三者委員会条例可決 |
H30.11.26 | 同条例施行 |
H30.12.26 | 委員任命 |
H31.3.27 | 第三者委員会の設置期限をR1.6.30に延長(当初期限:H31.3.31) |
R1.6.27 | 第三者委員会の報告書提出 |
2 判断の概要
第三者委員会は、「パワーハラスメント」の定義として、「同じ職場で働く者に対して職務上の地位、人間関係等の職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて精神的苦痛若しくは身体的苦痛を与える行為又は職場環境を悪化させる行為」を採用した。かかる定義は、厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が平成24年3月15日に作成した「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」において採用されたものである。
第三者委員会は、Y氏とX氏との間に信頼関係が醸成されていなかったこと、Y氏のX氏に対する言動が他の職員への言動と異なり「威圧的」であったこと、Y氏がX氏の質問に対し具体的な解決方法等を教えず自力で考えるよう促す指導をし、フォローをしていなかったことなどを認定した。そして、「Y氏のX氏に対する日常的な言動及び指導方法は、一つ一つを個別に抽出すれば業務の適正な範囲を超えないとも思える。しかし、信頼関係が醸成されていない状況下において、一貫して悪感情を抱いているかのような言動及び指導方法を続ければ、X氏に対し、無価値感及び疎外感を蓄積させることになる。このことから、Y氏の日常的な言動及び指導方法は、全体として、業務の適正な範囲を超えて、精神的苦痛を与えるものと認められる。」として、パワーハラスメントに該当するものと判断した。
3 第三者委員会の提言
第三者委員会は、小牧市の対応の問題点として、①Y氏の前所属部署において精神疾患等による休職者が続出するなどしていたことから、当該部署内における問題点につき、調査・検証する機会があったにもかかわらずこれが行われず、人事異動・人員配置への配慮が行われなかったこと、②休職制度があったものの、復職時には従前配置されていた部署にそのまま復職するのが通常の運用となっていたことから職場での人間関係や業務に起因して精神疾患に罹患したような場合の運用として実効性に欠けていたこと、③相談苦情処理窓口が十分に認知されていなかったこと、④Y氏がハラスメントに関する研修を受講した形跡が認められなかったことから、ハラスメントに関する認識が不十分であった可能性があること、を指摘し、これらを改善するよう提言を行った。
4 企業におけるパワーハラスメント防止について
職場におけるパワーハラスメントは、それにより悲惨な結果をもたらし得るものであることはもとより、企業の抱える民事上のリスクとしても、使用者の安全配慮義務違反、取締役個人の法的責任に結びつく(東京地判平成26・11・4労判1109号34頁)など、極めて大きな問題である。本稿で紹介した第三者委員会は、Y氏のX氏に対する言動等について、「一つ一つを個別に抽出すれば業務の適正な範囲を超えないとも思える。」としながら、両名の関係性等に照らして、パワーハラスメントの認定を行ったところに特徴があり、予防法務の観点からは、上記提言のみならず、かかる判断手法も、大いに参考にすべきといえよう。
以上