企業活力を生む経営管理システム
―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―
同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー
齋 藤 憲 道
2. 経理の基準(規程等)
企業会計の流れは次の(a)~(d)の通りであり、この過程で不正行為を発見して排除する仕組みが構築されることが望まれる。
- (a) まず、日々の取引が行われる。営業活動等に伴って、商品の販売、生産、入出庫、給与支給や物品購入に伴う現金の出し入れ等の日常取引が発生する。
- (b) 続いて、それぞれの取引を記帳する。個々の取引を正確に把握して、正しく仕訳けし、遅滞なく伝票作成やコンピュータ入力を行う。
- (c) これに基づいて、会計帳簿(総勘定元帳、補助簿、合計残高試算表等)等を作成する。
- (d) 最後に、決算処理を行い、会社法の計算書類、金融商品取引法の財務諸表、税法の税務申告書等を作成する。
資金を動かすには、その理由が必要であり、通常、経理はそれを証明する証憑(=経理処理するための証拠)を経理処理伝票に添付することを求める。この証憑の不明点に着目すれば、経理部門で、不正の多くを発見する可能性がある。
違法な金銭の入金・出金に関わった経理担当者は、多くの場合、犯行の一味と疑われる。(経理の帳票に、金銭授受に関わった痕跡が残る以上、やむを得ない。)
経理業務に携わる者は、平素から法令・社内基準の厳正遵守に努めなければならない。
(1) 経理の業務
経理部門が関与して決定・合議・作成・保管等する主な業務を次に挙げる。
- (注) 経営計画の総括事務局・重要経営会議(取締役会等)事務局等の全社事務局機能を、経理部門が主管する企業もある。
① 取引条件の決定
取引価額の評価・決定、決済条件・融資条件の決定等を行う。
- 1) 取引価格の決定(合議を含む)
-
・ 価額(購入・売却・支払・収入等)を決める基準と決定権者を決裁規程・経理規程等で定め、それを運用する。
(注1) 通常、決定権者は、決裁規程で定める。経理部門は合議の立場で決裁に関与することが多い。
(注2) 談合・カルテルに係る取引、反社会的勢力との取引、贈賄、移転価格問題を起こす海外関係会社との取引は、取引価格を決める過程(取引を行うことの可否決定を含む)で、経理部門が内部牽制機能を発揮して発見し、中止させたい。 - ・ 決裁規程で定めた決裁金額の範囲内にあることを確認して、支払い等を行う。
-
・ 経営に重大な影響を及ぼす重要資産(M&Aを含む)の取引(購入、売却、貸与等)価額は、デューデリジェンス[1](以下、「DD」という。)を行って評価した上で決める。
- 2) 取引条件は、取引契約の中で決める。
- 支払・回収の方法(現金、振込、電子決済、手形・小切手、信用状、一括・分割等)、与信期間、与信限度額、担保設定の要否、対象物の完全性を求める「表明及び保証[2]」の要否等の社内基準を定め、個々の契約において必要な条項を規定する。
② 原価管理
-
・ 品種(必要に応じて品番)別の販売・原価・利益を管理する。
(注) 関税協定で定める原産地規則に基づいて製品の原産国を判定し、適用する関税率を決める。
原産地が関税協定の適用外であるとして、その恩恵を受ける(低関税率を適用する)ことができず、高い関税率が適用される場合は、市場価格競争力を確保するために、調達先や自社の生産拠点の変更(生産国を変える)を検討する。 -
・「原価管理基準」を定めて、「標準原価」及び「実績原価」を定期的に把握する。
(用例1) 品種別収支を把握して、商品販売価格を決めると共に、事業の拡大・縮小等の経営方針を決める。
(用例2) 製品別収支計算を、公共入札の応札価額決定の決裁の参考資料にする。
(用例3) 実績原価を把握して、アンチ・ダンピング調査対応及びプライス・アンダーテイキング(価格約束)に用いる。 -
(参考1) アンチ・ダンピング
特定国の産品が、①正常価格より低価で輸入(価格要件)され、②輸入国の国内産業に実質的損害を与える(損害要件)等して、③前記①②の間に因果関係がある場合、輸入国はダンピングの限度を超えない範囲でダンピング防止税を課すことができる(GATT6条)。
価格比較は、商品別・販売相手先別に、原産国における生産・販売コスト及び利潤に、顧客に引き渡すまでの適正流通経費を加算して行う。
外国に販売子会社や支店がある場合は、その商品に係る適正経費を厳密に算定して加算する。 -
(参考2) 移転価格
多国籍企業のグループ内取引について、その企業の拠点(生産・販売等)が存在する複数の国の税務当局がそれぞれ自国への納税を少しでも多くするように主張するのに対し、企業は貨物・役務・利息等の個々の取引価格が適正であることを証明して、適正な国に適正額(と考える)の税金を納付することを主張する。
これを主張するために、拠点別に厳正な原価計算に基づく利益管理を行い、かつ、拠点間の取引が独立企業間価格[3]で行われていることを証明する[4]。
③ 資産管理
流動資産(金銭、棚卸資産等)、固定資産(機械装置、工具器具備品、金型、建物・構築物等)、簿外資産(机・整理棚・安価パソコン等の事務用品等)の明細及び配置図を作成し、現物が存在することを定期的に確認する。資産の購入・廃棄は決裁規程に従って行う。
- (注) 被災時の損害保険金支払額の算定や、固定資産税の計算は、「現物(管理№を貼付する)」と「帳簿」の双方で資産を正確に把握していると円滑に進む。
[1] Due Diligence(略称、DD) 出資者(又は提携を検討する者)の側において、対象会社のリスク評価・価値評価のための調査・検証をいう。法務DD、税務DD、財務DD、人事DD、知財DD等、様々な視点でDDが行われる。
[2] 英米の契約に見られる契約条項(representations and warranties)で、近年、日本の契約でもしばしば規定される。契約の当事者に係る事実(訴訟、当局の捜査・調査・命令、紛争、請求、法令・定款違反が無いこと等)、契約の目的物に係る事実(権利が完全であること、第三者からクレームを受けていないこと等)等について、当事者(通常、売り手)が真実かつ正確であることを表明し、相手方(通常、買い手)に保証する。一般に、表明保証条項と併せて、違反した場合に契約解除、売買金額の変更(減額することが多い)、補償請求等を行うことができる旨の条項を設ける。通常は、契約締結日において存在する事実を表明して、当事者間のリスク分担を明らかにする。
[3] Arm’s Length Price(独立企業間価格)
[4] 例えば、2015年10月に公表されたOECD「BEPSプロジェクト最終報告書」では、「行動計画13: 多国籍企業の企業情報の文書化」の項で、マスターファイル、国別報告書、ローカルファイルの3種類の文書を、税務当局に提出(又は、作成・保存)することを義務付けるように勧告している。