東京地裁、知財調停手続の運用
岩田合同法律事務所
弁護士 松 田 貴 男
2019年8月1日、東京地裁の知的財産権部[1]は、柔軟性、迅速性、専門性、非公開を特色とする、知的財産権に関する民事調停手続(「知財調停」)の新しい運用を2019年10月1日から開始することを公表した。大阪地裁でも同日から同様の知財調停の運用が開始される。以下、知財調停の概要、並びに、知財調停制度選択及びこれに関する管轄合意の留意点を記載する。
1. 知財調停の概要
知財調停は、民事調停法に基づく調停であり、その法的性質は民事調停である。従って、知財調停の成立には当事者間の合意が必要であるが[2]、通常の民事調停と同様に、非公開性、柔軟性などの利点がある。
知財調停の概要及び、知財調停にもあてはまる民事調停全般に共通する特色は以下表の通りである。
Ⅰ 知財調停概要 | |
1. 対象紛争 |
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2. 管轄裁判所 |
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3. 調停委員会 |
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4. 手続の流れ |
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Ⅱ 民事調停全般に共通する特色 | |
1. 非公開性 |
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2. 柔軟性 |
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3. 成立時の効果 |
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4. 手続費用 |
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5. 時効との関係 |
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2. 知財調停制度選択及び管轄合意の留意点
(1) 制度選択
知財調停は、東京地裁又は大阪地裁の知財部の裁判官を中心に構成される調停委員会による専門性の高い司法制度であり、また、通常の民事調停と同様に非公開性、柔軟性もあり、調停不成立の場合も手続費用及び時効との関係では訴訟に比して不利益はなく、優れた紛争解決制度といえる。
ただ、知財調停の成立には当事者間の合意が必要となるため、制度利用に際しては、調停により合意に至る可能性が高いかどうかの見極め(相手方の主張との乖離と妥協可能性、相手方との信頼関係、争点の個数・複雑性など)が必要となる。調停不成立後に訴訟に移行すると、調停に要した時間・労力が結果的に無駄になる可能性があるため(訴訟に移行した場合、知財調停の調停委員会を構成した裁判官が所属する部以外の裁判官が当該訴訟を担当する。)、相手方を刺激せずに調停申立てによって時効中断効を得たいなどの別の目的がある場合は別として、相手方と合意できる見通しが高くない事案については、最初から訴訟を選択すべきである。
また、迅速な差止めが必要な場合には差止仮処分を選択するべきである。
さらに、例えば、外国法人との間での紛争(外国語書類、外国法準拠法など)については、相手方が日本裁判所での紛争解決を望まないことも多いなど、事案に応じて、裁判所以外のADR機関[4]による仲裁や調停も検討対象となる。
(2) 管轄合意
民事調停法上、管轄裁判所は、原則として、相手方所在地を管轄する簡易裁判所であり、例外的に、管轄合意がある場合は地方裁判所又は他の簡易裁判所となる(民調法3条1項)。従って、東京地裁又は大阪地裁が運用を予定している知財調停を利用するためには、当事者間で以下のいずれかによる管轄合意が必要となる[5]。
- ① 紛争が生じた後に調停の管轄合意をする
- ② 紛争が生じる前に契約書で調停の管轄合意をしておく
上記②の場合、訴訟の管轄合意はあるが調停の管轄合意は明示的な記載がないという例が多いため、訴訟の管轄合意が調停との関係でも管轄合意として扱われるかという問題がある。この点については両論あるが[6]、大阪地決平成29・9・29判タ1448号188頁は、契約書に訴訟のみの管轄合意がある場合には調停の管轄合意があるとはいえない、と判断した。この大阪地裁決定を考慮すると、今後知財関係で締結する契約書においては、東京地裁又は大阪地裁での知財調停を利用できるよう、訴訟のみならず調停についての(東京地裁又は大阪地裁での)管轄合意も明記しておくことが望ましい。
[1] 東京地裁民事第29部、第40部、第46部、第47部
[2] 当事者の合意がない場合でも、例外的に、裁判所による調停に代わる決定が行われた場合であって、かつ、当事者又は利害関係人が2週間以内に当該決定に対して異議の申立てをしない場合には、当該決定は裁判上の和解と同一の効力を有する(民調法17条、18条)。
[3] 調停の申立てに訴え提起の効果を擬制する民調法19条と調停の申立て自体に時効中断の効力を認める現行民法151条の双方が適用されるため、調停不成立の場合には調停不成立から1か月以内に訴えを提起すれば時効中断効が認められる。
[4] 知的財産に関する紛争について、ADR法(裁判外紛争解決手続の利用の促進に関する法律)に基づく認証を受けたADR機関として「日本知的財産仲裁センター」がある。(https://www.ip-adr.gr.jp/)。
[5] 民事調停法では、管轄合意に書面性は要求されていない。
[6] 石川明=梶村太市編『注解 民事調停法〔改訂〕』(青林書院、1993)112頁参照