◇SH2762◇中国における司法のIT化 第2回「インターネット裁判所(2)」 川合正倫(2019/09/06)

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中国における司法のIT化

第2回 インターネット裁判所(2)

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 川 合 正 倫

2 インターネット裁判所の現状

 アリババの本社所在地でもある浙江省杭州市は、全国に先がけ2015年からインターネット関連紛争のオンライン解決を試行し、2017年8月18日には中国初のインターネット裁判所を発足させた。開設から2018年8月までの1年間において、杭州インターネット裁判所が受理した案件は12,103件、このうち10,646件が終結している。オンラインの開廷所要時間の平均は28分であり、審理期間は平均41日であり、通常の審理モデルと比べて開廷時間は約67%、審理期間は約50%を削減したとされている[1]。杭州インターネット裁判所の経験を生かし、中国最高人民法院(日本最高裁に相当)は2018年9月6日に「インターネット裁判所審理案件の若干の問題に関する最高人民法院の規定」(以下、「本規定」という。)を公布した。さらに、2018年9月にはIT関連企業が多く位置する北京と広州にもインターネット裁判所が開設された。

 

3 インターネット裁判所の管轄範囲

 インターネット裁判所で審理される案件は以下のインターネットに関連する事案に限定される。

(1)法定管轄

 インターネット裁判所の管轄は、各所在市の基層裁判所(日本の地方裁判所に相当)が受理する次の11類型に関わる第1審案件である(2条)。

  1. ① ECプラットフォームを通じて締結し、又は履行したネットショッピング契約をめぐる紛争
  2. ② 締結、履行行為がすべてインターネット上で行われたオンラインサービス契約をめぐる紛争
  3. ③ 締結、履行行為がすべてインターネット上で行われた金融借入契約、少額借入契約をめぐる紛争
  4. ④ インターネット上で最初に発表した作品の著作権又は隣接権をめぐる紛争
  5. ⑤ インターネット上で発表又は拡散した作品の著作権又は隣接権を侵害したことにより生じる紛争
  6. ⑥ ドメインに係わる権利の所属、侵害及び契約をめぐる紛争
  7. ⑦ インターネット上で他人の人身権、財産権等の民事権益を侵害したことにより生じる紛争
  8. ⑧ ECプラットフォームを通じて購入した商品に欠陥が存在することで他人の人身、財産権益を侵害したことにより生じる製品責任をめぐる紛争
  9. ⑨ 検察機関によるインターネット公益訴訟
  10. ⑩ 行政機関によるインターネット情報サービス管理、インターネット商品取引及び関連サービス管理等の行政行為により生じる行政紛争
  11. ⑪ 上級裁判所が管轄を指定したその他インターネット民事、行政案件

(2)合意管轄

 上記法定管轄範囲内の契約又は財産権益紛争については、当事者間で紛争に実質的関連性のある場所に所在するインターネット裁判所の管轄を約定することができる(3条1項)。ただし、EC経営者、インターネットサービス提供者等が約款をもってユーザーと管轄に関する合意をする場合、「約款」に関する法令及び司法解釈の規定を適用する(3条2項)。

(3)管轄規定の留意点

 インターネットに関連する訴訟において、最初の難関は管轄であり、管轄異議が申し立てられることによって、訴訟が長期化するケースが少なくない。本規定の公布前は、民事訴訟法や契約法、不法行為法等に従って管轄裁判所を確定する必要があった。本規定の公布後は、これらに加えインターネット裁判所の管轄範囲に関して、以下の点に留意する必要がある。

  1. ① 第1審案件
  2.    本規定は、インターネット裁判所を基層裁判所として位置づけ、第1審を審理することとした(2条)。即ち、インターネット裁判所の判決に不服がある場合、上級の通常の裁判所に上訴することになる。なお、規定上は、上級裁判所も第2審を原則としてオンライン方式でかかる上訴案件を審理するとされている(22条)。
  3. ② 所在地
  4.    本稿を執筆している2019年8月の時点では、インターネット裁判所は北京、杭州、広州の3カ所のみ設置されており、各所在市の基層裁判所が管轄すべき案件に限って審理することができる。即ち、民事訴訟法等の法令や司法解釈に従って北京、杭州、広州の各基層裁判所の管轄外の紛争については、本規定2条に定める上記11種の案件に該当する場合であっても、インターネット裁判所は管轄権を有しない。
  5. ③ 合意管轄に係わる約款規定
  6.    ECプラットフォームを含むインターネットサービスを利用する際に、ユーザー(消費者等)は事実上約款の利用を強制され、個別に契約交渉するケースはほとんどない。これらの約款においては、約款提供者に有利な管轄地、すなわち、自らの住所地の裁判所を管轄裁判所として指定するケースが多く、ユーザーが自らの住所地で訴訟を提起する場合に被告となる事業者から管轄権異議の申立てがなされるケースがしばしば見受けられる。合意管轄の約定が認められる場合には、ユーザー(消費者)は被告の住所地において訴訟を提起する必要があるため、その時間や費用等のコストを考慮し、訴訟提起を断念することが少なくないといえる。
  7.    そこで、本規定では、当事者による合意管轄を認めたうえ、約款で管轄を約定した場合、法令及び司法解釈の約款に係わる規定を適用すると規定している(3条)。すなわち、司法解釈(民事訴訟法司法解釈[2]31条、契約法解釈(二)[3]6条等)及び本規定によって、約款提供者が合意管轄条項につき特別な提示及び説明を行わなければ、かかる合意管轄条項は無効と判断されることになる。さらに、インターネット裁判所は、原則として、審理のすべてのプロセスをオンラインにて行うため、合意管轄に係わる約款規定の効力が認められる場合、ユーザー(消費者)はインターネットを通じて訴訟に参加することができ、その意味で訴訟に応じるために必要となる時間や費用に関する懸念は解消される。

(3)につづく

*本シリーズは長島・大野・常松法律事務所の王雨薇中国弁護士と共同で執筆している。

 



[1] 最高人民法院の記者会見(2018年9月3日)より

[2]「民事訴訟法の適用に関する最高人民法院の解釈」(2015年1月30日公布、2015年2月4日施行)

[3]「契約法の適用の若干問題に関する最高人民法院の解釈(二)」(2009年4月24日公布、2009年5月13日施行)

 

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