◇SH2812◇弁護士の就職と転職Q&A Q94「平凡な事務所からでも一流事務所に転職する機会はあるか?」 西田 章(2019/10/07)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q94「平凡な事務所からでも一流事務所に転職する機会はあるか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 現在のリーガルマーケットの人手不足は、知名度の低い事務所でアソシエイトが採用できないだけでなく、一流事務所の採用にも及んでいます。そのため、転職エージェントは、候補者層を拡大して、大手事務所や外資系事務所だけでなく、企業法務を扱っている外観を示す事務所ならば、国内の中小事務所のアソシエイトにも積極的な転職勧誘を始めています。しかし、その結果、「転職エージェトに勧められるから応募してみたら、書類選考で落とされた」という不満の声も聞かれるようになっています。

 

1 問題の所在

 中小事務所のアソシエイトには、転職活動用の履歴書を作り始めた途端に、「転職理由を書くのが難しい」と悩んで筆を止める人がいます。確かに、転職回数が2回、3回と増えていくと、中途採用に応募しても、書類選考で落とされて、「そんな理由で辞めるようでは、うちに来ても、すぐに辞めてしまう懸念がある」という理由を聞かされることがあります。しかし、「転職回数が多い」などの落選理由は、説明を求められたときに、本人を納得させるのに便利だから多用されるに過ぎず、現実には、「パートナー間に履歴書を回覧しても、この候補者と面接したいと思うパートナーが誰も出て来なかっただけ」というのが実態だったりします。この場合は、転職理由をどれだけ立派に作文しても、その結果は変わりません。

 また、別の類型として、専門分野をはっきりと定めた転職希望者が「一流事務所で、この業務をやりたい」という点を強くアピールすることもありますが、こちらも、採用ニーズに合わない可能性を孕んでいます。法律事務所の中途採用は「生え抜きだけではまかなえない、手が足りない業務を担当してくれる人員を補充したい」というニーズから行われます。そういう意味では、「生え抜きのアソシエイトにとっても人気がある業務をしたい」という希望を強く出し過ぎてしまうと、「それしか担当したくないならば、お願いする仕事がない」という判断を下されてしまいがちです。

 「一流の事務所に入って、自分の希望する分野を担当する」ことが理想だとしても、採用してもらう可能性を高めるためには、「まずは一流の事務所に潜り込むことが先決」であり、「事務所に入ってから、自分のやりたい仕事に携わるきっかけを虎視眈々と狙おう」という二段階戦略を検討する必要もありそうです。

 

2 対応指針

 一流事務所における中途採用は、理念的には、(1) うちの仕事(高度なリーガルサービス)の担い手としての基本スペックを備えているか、(2) 具体的にお願いしたい業務があるか、(3) 特に大きな問題はないか、という3段階に分けることができます。

 基本スペックの高さを示す間接事実としては、司法試験の合格順位がもっともわかりやすい客観指標となりますので、そこで好成績が出ていなければ、これに代わり、「同世代において特に秀でた成績を収めた」という事実を過去に遡って探すことになります(予備試験、法科大学院、学部が一般的ですが、高校時代のものでも、事務所に同じ高校の出身者がいるなどの場合には、評価を得られる場合があります)。また、弁護士登録後の実務経験をアピールするために、「厳しいパートナーの指導に食らいついてきた」とか「目が肥えているクライアントを担当してきた」という材料を示すこともあります。

 具体的な担当業務、という点では、英語が得意であれば、チャンスが広がります。特に売りになる才能がなければ、「生え抜きに人気がないポストや業務」という点では、「地方オフィスでもよろこんで行きます」とか「ハードワークが求められるトランザクションでも経験を積みたい」など、「汚れ仕事も厭わない姿勢」を示すことができれば、採用側から見た「使い勝手」は向上します。

 大きな問題はないか、という点では、転職理由は、特に不自然なものでなければ、「今(及び過去)の事務所でトラブルを起こしたわけではない」という点だけ自信をもって主張しておくことが重要です。なお、「今(前)の事務所では、依頼者対応を自分に任せてもらっていた」という経験は、現事務所での評価の高さを示す事実ではありますが、大手事務所の採用選考では減点事由にもなりかねないことには留意が必要です(「うちの事務所に満たない水準でのクライアント対応を独断でされても困る」という懸念を生じさせることがあります)。

 

3 解説

(1) 基本スペックを備えているか

 一流の事務所は、「他の事務所よりも質の高いリーガルサービスを提供している」というのがセールスポイントになっています。そのため、サービスの担い手であるアソシエイトにも「弁護士の中でもトップ層を集めている」と言えることが必要です。

 この点、司法試験の順位がトップ10%に入っていれば、比較的容易に基本スペック審査をクリアすることができます。司法試験の順位がイマイチの場合には、「司法試験では実力を示せなかったが、◯◯では実力を発揮できた」という、「◯◯」に該当するような代替的な証拠を提出することが求められます。この点、転職活動中のアソシエイトには、「聞かれたことにしか答えない」というタイプの人が相当程度の割合で存在します。ただ、その姿勢を(司法試験の順位がイマイチな転職希望者が)貫いてしまうと、「基本スペックの高さを示す材料がない」として、採用を見送られてしまいます。主張立証責任は、転職希望者の側に課されているからです。

 代替的な証拠としては、予備試験の結果、法科大学院の成績、大学の学部の成績などが一般的ですが、これでもパッとした成果を示せない場合には、高校時代に遡って材料を探すこともあります(採用側に同じ高校の出身者がいるような場合には)。

 学生時代に特に秀でた成果を見付けられない場合には、弁護士登録後の実務経験の中から、「一流事務所のリーガルサービスにもついていける」という資質をアピールできる材料を探すことになります。これには、「パートナーの厳しい指導を受けてきた」という点を示す場合と、「クライアントからの厳しい要求に答えてきた」という点を示す場合があります。これらアピールは、採用担当者との間に「このパートナーならば、細かい指導がなされているはずだ」とか「このクライアントは要求水準が高いので、それに応えていたならば、うちでもやっていけるだろう」と思ってもらえるような共通認識が存在している場合には効果を発揮します。

(2) 具体的にお願いしたい業務があるか

 中小事務所におけるアソシエイトが、大手事務所への転身を考える理由の代表例が、「今の事務所で取り組んできた専門性を、大手事務所で伸ばしたい」というものです。しかし、それが知的財産法や金融規制法だったりすると、大手事務所の生え抜きのアソシエイトの間でも「その分野の専門家として育ててもらえるのは狭き門」というニッチな市場で供給過多に陥っている場合もあります。そういう状況で、「自己の専門分野を伸ばしたい」という希望を前面に出し過ぎてしまうと、「事務所全体としては人手不足であるが、その分野しかやりたくない候補者ならば、使い道がない」という判断を受けてしまいます。

 また、候補者が「どうしても東京で働きたい」という希望を貫いてしまうと、「地方オフィスならばアソシエイト枠は空いていたが、東京オフィスでなければならない、と言うならば、ご縁がない」と言われてしまうこともあります。

 最近は、「売り手市場」と呼ばれるほどに、転職エージェントが、候補者を甘やかすが故に、応募の入口段階から「自分の希望を貫いて転職先を探す」という傾向が強まっています。

 しかし、基本的には、法律事務所は、歴史がある、評判の高い事務所ほど「生え抜き優先」の世界です。転職希望者は、敗者復活戦のような気持ちで、「生え抜きアソシエイト」が敬遠するようなポストや仕事にこそ、ハングリー精神に基づいて、「どこでも働きます」「どんな仕事でもよろこんでやります」という「汎用性の高さ」「使い勝手の良さ」を示すことで、採用可能性が上がる(チャンスを与えてもらえる)ことを意識しておくべきです(採用段階では、生え抜き重視であっても、法律事務所は、クライアントへのリーガルサービスの提供面では、実力主義ですので、生え抜きよりも良い仕事を実績で示すことができれば、いずれ評価してもらうことができるはずです)。

(3) 特に大きな問題はないか

 転職希望者がもっとも心配する、「転職理由が合理的と認めてもらえるだろうか」は、この3番目の段階で初めて問題となります。この点については、「中小事務所から大手事務所に応募する」という場合には、あまり問題になりません。というのも、大手事務所のパートナーは、自分の事務所に対して「大手事務所が最先端で大型の企業法務案件を扱っている」という自負がありますので、「中小の事務所のアソシエイトが、大手で働いてみたいと願うのは、ある意味では当然」という意識があるからです。

 むしろ、転職希望者としては、「現事務所で何か失敗をして居づらくなったわけではない(対クライアントの業務面でも、事務所内における対人関係でも)」という点だけ自信をもって答えられることを重視しておくべきです。

 時々、転職希望者の自己申告が、本人の予想に反してマイナス評価されてしまう典型例として、「今の事務所では、自分で裁量をもって案件を処理している」というアピールが挙げられます。中小事務所においては、「いちいち、パートナーの手を煩わせずに、ジュニア・アソシエイトが自分でクライアント対応をしてくれるのはありがたい」という評価を受けがちです。しかし、「高度のリーガルサービス」を売りにしている事務所においては、「ジュニア・アソシエイトが独自の判断で(誤っているかもしれない)回答を勝手にするのは危険」と判断されるリスクがあることには留意しておくべきです(これには、「丁寧な仕事を慎重に進めてきたアソシエイトが、後から、要領よくなることはあっても、先に雑な仕事の仕方を覚えてしまったアソシエイトが、後から、仕事を丁寧にしてくれることはない」という経験則に基づいています)。

以上

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