◇SH2878◇企業活力を生む経営管理システム―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―(第74回) 齋藤憲道(2019/11/11)

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企業活力を生む経営管理システム

―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―

同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

1.「高い生産性」を備えるための要件

(3) 消費者・取引先等から寄せられる情報(苦情を含む)を活用する

 消費者・顧客・取引先等の外部から寄せられる情報を自社の経営に活かす力が大きければ、その分だけ、自社の市場競争力は強くなる。

  1. 例 既存商品に対する顧客の苦情を次期モデルの開発のヒントにする。
    競争相手の動向(開発、生産体制、新製品発売等)に関する情報を、自社の事業戦略に役立てる。

 この分野は定性的な文字情報が多く、効果的な分析方法の導入が求められる。

  1. 例 キーワード検索(品名[1]、個人・組織・会社等の名称、場所等)、AIによるクレーム・事故の原因究明等が期待される。

 自社の商品に関する事故・トラブル等に関する情報の質・量、及び、事故・トラブル等への対応速度は、企業の水準(組織間の伝達スピードを含む)が行政・マスコミの水準を上回る必要がある。もし、下回ると、社会・市場への対応が行政の公表やマスコミ報道の後手に回ることになり、「不祥事を隠蔽する企業」、「不誠実な対応をする企業」という印象を持たれて、信用を失い、事実を究明して事態を解決する当事者能力を持てなくなる。

  1. 例 自社製品に係る事故情報が「事故情報データバンクシステム(消費者庁)」に登録・公表される前に、社内の関係部門の間で関係情報を共有し、必要な対応(リコール、設計変更、広報等)を行うことが重要である。「事故情報データバンクシステム(消費者庁)」に蓄積・公表されているデータを用いて自社の新商品企画のチェック・リストを作れば、効果的な開発ができる。

 取引先からの苦情の中には、まれに「内部告発情報」が含まれている。これは、見逃すことなく抽出して事実確認し、適切に対応したい。(判断に迷う案件は、自社の内部通報受付窓口に回付する。)

 

2.「高い自己浄化能力」を備えるための要件

 企業には、遵守すべき各種の企業規範(社内の規程・基準・規格等)がある。

 市場や顧客からの信用が厚い企業は、常に、その時々の最新の社会規範に適合する企業規範を定めて、それを遵守している。万一、逸脱した場合は、直ちにそれを発見して是正措置を講じる。

  1. (注) 基準・規格等が有する「標準化機能」には、企業が遵守すべき規範としての機能と、社会全体で生産性を高める機能がある。本項では前者(規範としての機能)に焦点を当てる。

 業務の過程で法令・基準・規格等から逸脱したときに、これを看過又は無視し、それが後に発覚して大きな社会問題になった事例は多い。

 法令や公的な基準・規格から外れた事実を知りながら、それを是正せずに生産・販売を継続するのは、消費者・社会に対する背信行為であるとして民事・行政・刑事上の責任が問われ、企業の信用が失墜する。

  1. (注)  当局が未認可の食材を過去に使用していたことが発覚して「隠蔽」と報道され、販売・利益が大幅に減少した食品会社の取締役・監査役が、高額の損害賠償を命じられた事件[2]がある。この事件では、事後に違法の事実を知った取締役・監査役が自ら進んで事実を公表する等の消費者の信頼を取り戻す行動をしなかったことが会社の信頼を大きく傷つけたとして善管注意義務違反が認定された。

 企業が社会規範(法令、公的な基準・規格等)を遵守していることを外部の者に示すためには、通常、次の1~3が必要である。

  1. 1  自社の経営管理システムの中に、規範(法令、基準・規格等)があり、それを遵守する仕組みがある。
  2. 2  その仕組みが正しく運用されている。
  3. 3  上記の1及び2を適切な者(通常は、外部の第三者機関)が審査・監査等して「適合性評価」を行っている[3]。この審査・監査等を行う第三者は、適合性評価の目的によって異なる。
  1. (注)  一般に、「自己(第一者)評価」は業務知識や現場の実態に詳しいが、客観性・中立性に乏しく、「第三者評価」には、これと逆の特徴がある[4]

 



[1] 1976年に米国上院で発覚したロッキード事件では、丸紅がロッキード社に渡した賄賂の領収書に「ピーナツ××個」と書かれていた。捜査により、ピーナツが隠語として用いられ、1個が100万円を意味していることが判明した。この商品取引が実在するか否かを自社の会計と物品管理のシステムでチェックできれば、早期に社内で発見できた可能性がある。

[2] 「㈱ダスキン(以下、D)株主代表訴訟事件」で大阪高裁は、当時の直接事業担当取締役2名に損害賠償(連帯して53億4,350万円)、当時の他の役員11名(取締役10、監査役1)に損害賠償(5億5,805万円~2億1,122万円<各役員により異なる>)を命じた。この額に支払い迄の法定金利が加わる。Dの本件損失は、①MD加盟店営業補償・信用回復キャンペーン等105億6,100万円と②口止め料6,300万円であり、直接事業担当取締役2名事案では①の50%と②を加え、他の役員11名事案では各役員の本件責任範囲を斟酌(①の5%~2%の金額。ただし、1名のみ②への関与3,000万円を加算)して損害賠償額が決定された。「ミスタードーナツ(以下、MD)」の商号でフランチャイズ方式の食品販売を行っていた㈱ダスキン(以下、D)は、食品業者(A)から「大肉まん(以下、P)」を仕入れ、2000年5月からの試験販売(月40万個迄)を経て、同年10月6日に全国店舗で本格販売を開始、同年12月販売停止迄の間に累計1,314万個を販売した。Dは、1999年にP開発プロジェクトを3社(A、伊藤ハム㈱〔以下、I〕、技術指導会社)と共に立ち上げ、2000年10月の本格販売時(月販売500万個)の月産能力はA400万個、Iが200万個(いずれも10月1日付でDがA及びIと結んだ「製造委託契約」に記載)であった。2000年7月にBの社長が、Dの事業グループ担当専務(G担当)にPの製造委託を受けたい旨を申し入れた。Dが同年10月にBの中国工場を視察したところ、設備・衛生管理の問題があり、DはBに生産委託は無理で、生産能力もAとIで足りる旨を伝えた。Dでは全事業部門を「完全資金独算会社」として経理処理責任を委ねていた。同年11月30日にBの社長がDに「Aが納入しているPに食品衛生法で禁止される未認可添加物(以下、X)が混入している」旨を恫喝的に指摘した。Xは、米中韓豪等の10数カ国で安全性が確認されて添加物に用いられていたが、日本では未認可だった。同日、部下からBの指摘を聞いた取締役本部長(以下、本部長)は、日本の検査機関にPの2検体を送ってX混入の有無の検査を依頼するとともに、Aが再委託した食品会社がその中国子会社(1997年農林水産省食肉加工食品認定工場、1998年ISO9002認証取得)で製造したPにXが含まれる事実を現地に確認させた。同子会社の材料にXが混入していたことが判明して、同子会社は12月2日に生産を停止した(同月6日に認可添加物に切り替えて生産を再開した)。同2日に、本部長はG担当にX混入の事実と工場操業停止指示を報告し、Pの販売中止・在庫廃棄の判断を検査結果が出るまで待つことにした。本部長は12月5日に、Bの社長に、発注期間を2001年1月~12月とする「MD肉まん製造依頼書(12月5日付)」を交付した。12月6日にDに届いた検査機関の検査結果証明書は「不検出」であり、G担当と本部長は、在庫限りの販売継続を決めた(12月1日以降約300万個販売、同月20日頃には国内在庫は売切り状態)。判決では、この検査結果についてXが微量なため検査依頼前から予測可能として「経営判断の原則適用」の前提にせず、食の安全に係る食品衛生法の遵守について、同原則の適用を否定した。DがBの社長に12月13日800万円、15日2,500万円、計3,300万円の不明朗資金(個人口座使用等)を提供。12月13日付で本部長、B、Bの社長の3名義で、P製品供給に係る虚偽の業務委託契約書(2001年の委託料3,300万円)を作成した。12月29日、G担当と本部長が生産本部担当専務(2001年4月社長就任)にX混入とBへの資金提供等を報告。2001年1月18日にDがBの社長に3,000万円を支払い(本部長の個人払い)、前月と合わせて6,300万円の不明朗資金は「口止め料」と認定された。2001年2月に当時の会長兼社長(同年4月に社長を辞任し、会長)が、X混入の報告を受ける。同年5~7月頃に他の取締役・監査役もX混入、前年末の販売継続、不明朗資金の経緯を知る。同年5月段階で、Dは、BがPを製造する予定の工場が未完成で「要注意取引先」と評価した。同年9月18日にMD調査委員会(監査役1名を含む)を設置し、同年11月6日に報告書がまとまった。この前後、Dは、10月30日にBに対して「2001年12月末に契約を解消する」旨を通知し、一方で、本件をDが自ら積極的に公表することはない旨を役員間で内々に合意した上で、11月29日の取締役会において本件関係者処分と「口止め料」をDが負担する旨を決議した。2002年5月15日に大阪府保健所がMDの8店舗に立入検査(厚生労働省への匿名通報が端緒)を行ったところ、報道は、食品衛生法違反の添加剤を使用した食品の販売を故意で継続し、口止め料を払って隠蔽した、として大々的に扱った。同年5月31日に大阪府がDに対してPの仕入・販売を禁止したのを受けて、同日、Dは複数の関係役員の降格・報酬カット等を行い、その後、世論の後追いに回る。判決は、「混入が判明した時点で、Dは直ちにその販売を中止し在庫を廃棄すると共に、その事実を消費者に公表するなどして販売済みの商品の回収に努めるべき社会的な責任があった」、さらに、「違法性を知りながら販売を継続したという事実だけで、当該食品販売会社の信頼性は大きく損なわれる(略)。その事実を隠ぺいしたなどということになると、その点について更に厳しい非難を受けることになるのは目に見えている」として、「過去になされた隠ぺいとはまさに正反対に、自ら進んで事実を公表して、既に安全対策が取られ問題が解決していることを明らかにすると共に、隠ぺいが既に過去の問題であり克服されていることを印象づけることによって、積極的に消費者の信頼を取り戻すために行動し、新たな信頼関係を構築していく途をとるしかない」とする。6,300万円の「口止め料」については「積極的な隠ぺい工作であると疑われているのに、さらに消極的な隠ぺいとみられる方策を重ねることは、ことが食品の安全性にかかわるだけに、企業にとっては存亡の危機をもたらす結果につながる危険性があることが、十分に予測可能であった。」こうして、本件に関わった取締役・監査役全員について善管注意義務違反を認定し、冒頭の損害賠償を命じた。(他の役員11名事案:大阪高判 平成18年(2006年)6月9日:判例時報1979号115頁~158頁。直接事業担当取締役2名事案:大阪高判 平成19年(2007年)1月18日:判例時報1973号135頁~162頁)。本件は、平成20年(2008年)2月12日に最高裁が本件に係る全ての不服申立を退けて、大阪高裁判決(直接事業担当役員2名:平成18年6月9日。)が確定した。D及び直接事業担当役員2名は、平成15年(2003年)9月4日に食品衛生法(6条)違反として罰金の略式命令を受けた。

[3] 適合性評価機関に関し、特定の適合性評価業務を行う能力を公式に実証したことを伝える第三者証明を「認定」という。通常、1分野につき1カ国1機関が認定される。この認定機関が自国の適合性評価機関(複数)の業務遂行能力を認定する。

[4] JIS Q17000(ISO/IEC17000)〔適合性評価-用語及び一般原則〕より

 

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