◇SH2901◇企業活力を生む経営管理システム―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―(第78回) 齋藤憲道(2019/11/25)

未分類

企業活力を生む経営管理システム

―高い生産性と高い自己浄化能力を共に実現する―

同志社大学法学部
企業法務教育スーパーバイザー

齋 藤 憲 道

 

2.「高い自己浄化能力」を備えるための要件

(1) 自助努力で「自己浄化能力」を高める 規範、内部統制、内部監査、内部通報他

 

④ 内部通報制度を活用する

2) 内部通報が特に有効な3分野

 次に、企業のコンプライアンス確保において内部通報が有効な手段になると筆者が考える3分野を挙げる。

 ⅰ) 不正行為

 不当表示、一般の違法行為、会計不正、労働法令違反、不正な検査・測定、事故報告義務違反等

  1. 例 商品の表示・説明に関する法令違反、カルテル、入札談合、贈賄(金銭以外を含む)、裏金の授受、業者との癒着から生じる不正な取引、循環取引、粉飾決算(経営陣が主導する場合を含む)、ハラスメント、規格外の方法による検査・測定、リコール・重大事故に関する報告義務違反、無資格者が作業を実施

 ⅱ) 情報の不適切な取り扱い

 偽装、隠蔽、改竄等

  1. 例 公的な申請書・報告書への虚偽記載、計測方法又は計測機器が基準・規格に不適合、計測データに他の計測値を流用、技術データ・計測データが不十分(精度が不足等)又は改竄、市場における事故情報(重大事故情報からヒヤリハットまでを含む)を知っていたのに対策しない事実、顧客クレームを受けていた事実、内部通報を受け付けて放置している事実   

 ⅲ) 不当な経営判断

  1. 例 厳正さを欠く資産評価(通常必要とされるデューデリジェンスを故意に省略することを含む)、過大な融資

3) 内部通報制度を円滑に運用するための5つの留意事項

 ⅰ) 情報セキュリティの確保

 内部通報は、基本的に、会社や個人の機微な情報である。過去・現在・将来(可能性)を問わず、受け付けた時点では真偽も定かではない。これらの情報は全て自社の情報セキュリティ管理規程に従って、受付時から対応完了後まで「高度な秘密情報」として厳重に管理する。

  1. (注) 実際には、通報受付窓口に寄せられる多くの通報は、事前の法律相談である。しかし、まれに法律違反の事実や誹謗中傷の情報が含まれる。

 ⅱ) 個人情報の保護

 グローバル企業が国際的な内部通報制度を設けると、法律・社内規程に抵触した可能性がある人物に係る機微な情報が、内部通報として、国・地域の外に(多くの場合は、本社と海外子会社の間で)流出し、それぞれの国・地域の個人情報保護法に抵触する懸念がある。個人データ移転に係る国家間の枠組み(例えば、日・EU)を確認して規制を守り、並行して、適切な契約条項を締結する等してリスクを回避する。

 企業が、特定の国・地域内で内部通報対応を完結する体制を確立できれば、個人情報の国際移転に係る懸念は解消する。

 ⅲ) 独占禁止法(競争法)違反の通報には直ちに対応

 カルテル行為・入札談合を発見したときは、法律違反の内容を公正取引委員会に報告し、課徴金減免制度の適用を申請する。同一のカルテル・談合に関与した他の事業者との間の申請順位によって課徴金の減額率が異なる(100、50、30、0%)ので、社内における迅速な事実確認と、取締役会の決議(公正取引委員会に報告する旨)が必要になる。

  1. (注) 米国、EU等にも類似の制度があるので、日本と同様の配慮が要る。

 ⅳ) 受付窓口に適材を起用

 内部通報制度を十分に機能させるためには、内部通報受付窓口の責任者に「迅速・適切に調査して、事実を確かめ、是正措置を起案する力を備えた者」を起用する必要がある。

  1. (注) 調査するためには、業務の実態に明るく(問題の所在が分かる)、調査に必要な人材を編成し、被疑者に気付かれず隠密裏に調査して証拠隠滅を防ぐ等の能力が必要である。

 「違法行為」を発見したときは、直ちに再発防止策を採らなければならない。具体的な是正措置をとらず、その後で「違法行為」が繰り返されると、それを看過した役員・関係者は故意に行ったとして刑事責任が問われる可能性が大きい。(役員は善管注意義務違反も問われる。)

 ⅴ) 司法取引制度(米国、日本)との関係に配慮

 2018年に日本版司法取引制度[1]が導入された[2]。これにより、企業では、内部の不正を探知する情報源が減る(情報源の一部が検察に移る)ことになる。企業としては、これまで以上に、内部監査・内部報告義務・内部通報制度等を充実して自己浄化能力を高める必要がある。

 企業が行う不祥事情報の公表が、司法取引で証拠を収集した検察の捜査の後手に回ると、社会から隠蔽体質があるとして非難される可能性がある。

 内部通報によって法律違反の実行者(以下、本項で「X」という。)が判明した場合、会社はXの社内処分や告訴を検討する。一方で、Xは、内部通報制度(社内で告白して社内処分の減免を期待)と、日本版司法取引(検察が行う他人の刑事事件の解明に協力して、自分の不起訴・軽い刑罰・略式命令等を期待)を比較し、自分にとってメリットが大きい方法を選択する。

 企業の調査は、この展開を想定して行わなければならない。
 

〔内部通報制度と司法取引制度〕 各関係者の立場と選択

 内部通報制度の通報者、司法取引(特定犯罪が対象)を行う者(犯罪実行者)、通報受付窓口、役員、会社、行政・マスコミ等の立場は、概ね次のの通りである。

  1. 1 犯罪実行者(役員・会社を含む。)
  2. ① 内部通報制度の利用  通報して自分の刑事罰・社内処分を免除・軽減されたいのが本音。
    うち、公益通報者保護法の対象  自分が刑事罰を免れないのであれば①を止めて、次の②司法取引を選択する。
  3. ② 司法取引の利用    取引する証拠を持つ場合は、司法取引を選択する。
               会社が利用する場合は取締役会で決議する。
               (役員の犯罪の証拠を取引する場合は、決議することが難しい。)

     
  4. 2 内部通報者(通報する事件に無関係の者)
    (注) 実行者による通報は、上記に含まれる。
  5. ① 内部通報制度の利用  社内の通報者: 会社の存続が懸念される状況があれば、通報を躊躇する。
    うち、公益通報者保護法の対象 同上
               役員は、内部通報制度を利用しない可能性が大きい。(自責が問われて、刑事告訴される。)
  6. ② 司法取引の利用    社内の通報者: 会社の存続が懸念される状況があれば、通報を躊躇する。
     
  7. 3 内部通報受付窓口(通常は、調査で判明した事実を「4取締役(会)、監査役等」に報告する。)
  8. ① 内部通報制度の利用  事実関係を調査して「違反の有無の確認」、「違反者の特定」を行う。
    うち、公益通報者保護法の対象  「4取締役(会)、監査役等」に調査結果を報告して判断を委ねる。
  9. ② 司法取引の利用    同上
     
  10. 4 取締役(会)、監査役等(社外役員への期待が大きい。)
  11. ① 内部通報制度が利用された場合  調査結果を確認して、社内措置の要否を決める。
    うち、公益通報者保護法の対象  調査結果を確認して、被疑者(共犯を含む)を告訴するか否かを決める。
     犯罪実行者が通報した場合は、司法取引に関して会社と利益が相反する可能性がある。
     通報された被疑者が役員の場合は、その者に秘匿して事実を確認する。法律違反が判明したときは会社・取締役会としての対応(立場[3])を決める。
  12. ② 司法取引が行われた場合  司法取引した個人は社内調査から外し、会社として当局の捜査に協力するのが基本である。
    司法取引が行われる「特定犯罪」においては、通常、司法取引に関係する個人(役員、従業員)と会社は利益相反の関係にある。

     
  13. 5 社外(行政機関、マスコミ等)
  14. ① 内部通報制度の利用  情報を入手した行政機関やマスコミが事実公表(報道を含む)の主導権を握る。
    (注) 公務員は、職務に関して犯罪を認識したときは告発しなければならない[4]
    うち、公益通報者保護法の対象  行政機関・マスコミは、企業の広報・関係者等に取材し、実質的に告発する権限を握る。
  15. ② 司法取引の利用    内部通報を受けた行政機関・マスコミが事実関係を調査して、その案件を公表(報道を含む)すれば、特定犯罪について個人(通報者を含む)・会社が司法取引する機会を失う可能性がある。

4) 内部通報制度の認証

 企業が内部通報制度の実効性の向上を円滑に図っていく方法として、企業が自ら審査した結果を登録する「自己適合宣言制度」が開始され、中立公正な第三者機関が事業者を審査して認証する「第三者認証制度」の検討が進んでいる。

 ⅰ) 自己適合宣言登録制度

 2018年度に、内部通報制度認証に関して「自己適合宣言登録制度」が開始された。

  1.    消費者庁は、「公益社団法人 商事法務研究会」を「内部通報制度認証の実施に係る指定登録機関」に指定した[5](平成30年12月)。
  2.    この指定登録機関では38の審査項目を公表して審査を行っている[6]

 ⅱ) 第三者認証登録制度

 「第三者認証登録制度」は、2019年度以降に導入される予定である(消費者庁が主導)。

 



[1] 刑事訴訟法350条の2第1項1号・2号。米国の「自己負罪型司法取引」とは異なることに注意。司法取引の対象になる「特定犯罪」とは、「刑事訴訟法350条の2第2項1号~3号」及び「刑事訴訟法第350条の2第2項第3号の罪を定める政令(平成30年3月22日)」により指定された次の犯罪をいう。刑法(公文書・私文書の偽造、贈賄・収賄、詐欺、背任、横領等)、組織的犯罪処罰法、財政経済関係犯罪(租税法、独占禁止法、金融商品取引法等の48法律の犯罪、他)

[2] 検察庁は、司法取引制度の開始にあたって、慎重に運用する方針を示している。最高検察庁新制度準備室「合意制度の当面の運用に関する検察の考え方」法律のひろば71巻4号(2018)52~56頁

[3] 代表取締役解任決議、株主総会を招集して取締役を解任、取締役本人に辞任を要請、取締役に対する損害賠償請求等

[4] 官吏又は公吏は、その職務を行うことにより犯罪があると思料するときは、告発をしなければならない。(刑事訴訟法239条2項)

[5] 「公益通報者保護法を踏まえた内部通報制度の整備・運用に関する民間事業者向けガイドライン(平成28年12月9日 消費者庁)」は次の事項を挙げている。Ⅰ内部通報制度の意義等1.事業者における内部通報の意義、2.経営トップの責務、3.本ガイドラインの目的と性格 Ⅱ内部通報制度の整備・運用1.内部通報制度の整備(1)通報対応の仕組みの整備(2)経営幹部から独立性を有する通報ルート(3)利益相反関係の排除(4)安心して通報ができる環境の整備、2.通報の受付、3.調査・是正措置(1)調査・是正措置の実効性の確保(2)調査・是正措置に係る通知 Ⅲ通報者等の保護1.通報に係る秘密保持の徹底(1)秘密保持の重要性(2)外部窓口の活用(3)通報の受付における秘密保持(4)調査実施における秘密保持、2.解雇その他不利益な取扱いの禁止、3.自主的に通報を行った者に対する処分等の減免 Ⅳ評価・改善等1.フォローアップ、2.内部通報制度の評価・改善。

[6] 公益社団法人商事法務研究会HP「内部通報制度認証(WCMS認証)「自己適合宣言登録制度」審査項目について」

 

タイトルとURLをコピーしました