◇SH2924◇弁護士の就職と転職Q&A Q99「『不況前に転職すべき』という助言に耳を貸すべきか?」 西田 章(2019/12/09)

法学教育

弁護士の就職と転職Q&A

Q99「『不況前に転職すべき』という助言に耳を貸すべきか?」

西田法律事務所・西田法務研究所代表

弁護士 西 田   章

 

 弁護士の転職マーケットでは、まだ「売り手市場」の状態が続いてはいますが、徐々に景気の陰りも見え始めています。そこで、転職エージェントが「オリンピックが終わって不況になったら、採用してもらえなくなりますよ!」と候補者を脅す場面も増えています。確かに、不況に陥れば、採用枠が減り、転職市場が冷え込むことが予想されます。しかし、だからといって、「不況前に転職すれば、問題を解決できる」というほど単純ではありません。まだ仕事に慣れてもいない職場で不況を迎えることにもリスクが伴います。

 

1 問題の所在

 2008年9月のリーマンショックは、日本における弁護士の人材市場が、創設以来、初めて経験した混乱でした。外資系法律事務所の東京オフィスでは、アソシエイトのリストラだけでなく、パートナーやスタッフの人員整理も行われました。国内系の法律事務所でも、(利益分配を受けられる対象となる)パートナーの増員を控える動きがあり、財政難を乗り切るためにパートナーに追加出資が求められる先もありました。

 私自身も、当時、人材紹介業者としての取引先である外資系投資銀行の法務部長から「新規オファーを凍結されてしまったので、リーマンショック前に出したオファーを絶対に無駄にするな!」と強く指示を受けたこともあれば、世界に名だたるグローバル企業から「新規採用を凍結したので、既払いのリテイナフィーを自主的に返納してもらいたい」との要請を受け入れさせられたこともありました。

 不況になったからといって、法務系の仕事の総量が減るわけではありません。前向き案件が減っても、他方で、取引先や従業員との紛争を処理する後向き案件(事業再生や人事労務を含む)は増加します。ただ、後向き案件が増えても、企業は、管理部門/間接部門の人員を増やすことには消極的で、既存メンバーでの対応が求められがちであり、さらに言えば、後向き案件の処理は(弁護士としての経験上はプラスになっても)人事評価やボーナス査定にはつながりにくい、という悩ましさがあります。

 供給面に目を転じれば、外資系で退職勧告を受けたり、国内系でも報酬を削減されることに不満を持った候補者が転職市場に出てくるようになります。そのため、不況になれば、ポストは減り、競合する転職希望者は増えるため、採用側は、より時間をかけて、慎重に、候補者を見比べた選考を行うようになる、という傾向はあります。そのため、「不況になれば動きづらくなるために、不況が来るならば、それをどこで迎えるべきなのか? インハウスなのか? 法律事務所なのか?」の相談を受けることが増えています。

 

2 対応指針

 「ジョブセキュリティを確保したい」というニーズからは、「法律事務所よりも、企業のほうが望ましい」とか「外資系よりも、国内系が望ましい」と希望する候補者は多く、その考え方は今でも通用する場面が多いです。

 他方、「弁護士として良い経験を積んでおきたい」というニーズからは、「企業よりも、法律事務所で後ろ向き案件に取り組みたい」と希望する候補者もおり、その発想にも一理あります。

 また、「中長期的なキャリアパスを考えたら、法務部門の責任者を狙えるポジションにいるならば、インハウスとして汚れ仕事も担当しておきたい」と考える弁護士もおり、(社内における自己への人事評価を正しく把握できているならば)その発想自体は間違ったものではありません。

 

3 解説

(1) ジョブ・セキュリティ

 最近では、国内系企業でも、伝統的な「終身雇用」や「年功序列」の制度は崩れつつありますので、ジョブ・セキュリティが万全とまで言えるわけではありませんが、それでも、「外資系は、本社において採算を重視した人事政策を行う」という傾向はありますので、「好景気には人を増やして利益を拡大する反面、不景気になれば、最小限度まで人を減らす」という人事政策が正当化されがちです。そのため、「余剰人員」とみなされてしまったら、弁護士でも退職勧告を受ける可能性はあります(パフォーマンスに比して給与が高い人材ほどリストラが経費削減につながります)。

 法律事務所の大半は、アソシエイトの採用を雇用契約とはみなしていませんので、パートナーは、解雇権の濫用に該当するかどうかを考えることもなく、アソシエイトを辞めさせることができると考えていることが多いです。ただ、能力不足のアソシエイトを首にするならばともかく、国内系事務所における経営悪化に伴う人件費削減は、いきなり解雇するのではなく、まずは、給与カットからスタートして、給与カットに不満を抱くアソシエイトが自ら転職活動を始める、という経緯を辿ることが通例です

(2) 弁護士としての経験値獲得の場

 不況になったからといって、企業でも法務部の仕事が減るわけではありません。M&Aやファイナンス等の前向きプロジェクトは停止することが増えてしまいますが、取引先との間のトラブルも増えますし、従業員との間の紛争も増えます。これらには、相手方が早期解決を望んでいない場合もあり、粘り強い交渉が求められる案件も含まれます。そのため、仕事量が減るわけではなく、むしろ精神的にシンドイ仕事が増えますが、会社の業績が悪化している状況では、ボーナスを支払う原資を確保することが困難になります。また、「後向き案件≒汚れ仕事」であり、処理に不手際があれば、人事評価上の減点扱いされてしまう割には、無事に処理できても、昇進につながるプラス評価になりにくい、という「損な役回り」「憎まれ役」とも言えます。

 この点、法律事務所においては、「後向き案件」であっても、依頼があれば、それは売上げを増加させることができます。もちろん、M&Aやファイナンスの前向き案件ほどの「稼働時間に応じたチャージのしやすさ」があるわけではありませんが、むしろ、「事件処理の成果に応じた報酬金型」に馴染みやすい面が強く、「弁護士としての力量」が問われる分野です。そういう意味では、「不況期=弁護士としての現場経験を磨きやすい時期」という見方にも一理あります。

(3) 中長期的なキャリアパス

 上記(2)では、「後向き案件は、インハウスにとっては『汚れ仕事』でプラス評価につながりにくいが、外部法律事務所にとっては、良い経験を積んで稼ぐチャンスである」かのような単純化した説明を行いました。しかし、企業の法務部門にとっても、「次世代を担う後継者育成」は重要な課題です。すなわち、「好景気で膨れ上がった人員のうち、余剰人員は不況時に整理しても構わないが、中核となる後継者人材には、厳しい不況期も乗り越えて、会社に止まって成長してもらいたい」という発想は存在します。

 社会から本当に必要とされている企業であれば、不況が過ぎれば、再び、業績回復の時期が訪れます。そのため、「この会社のインハウスとして弁護士キャリアのピークを迎えたい」という将来像を思い描いており、かつ、会社からのそれに見合う評価を得ているならば、一時的な条件悪化や精神的負荷の重さを不満に感じて転職を考えてしまうのはちょっと勿体ないことのように思われます。相応の事業規模のある企業の法務部門の責任者を継ぐためには、前向き案件だけでなく、インハウスとして、苦境を乗り越えた経験を積んでおくことはきわめて重要です。

以上

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