◇SH3030◇債権法改正後の民法の未来81 詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(7) 赫 高規(2020/02/27)

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債権法改正後の民法の未来 81
詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(7)

関西法律特許事務所

弁護士 赫   高 規

 

6 今後の参考になる議論

(2) 事実上の優先弁済に関する今後の規律のあり方について

  1.  ア のとおりの改正審議の経過からは、改正民法が、取消債権者への金銭ないし動産の直接引渡請求権の規律を設けつつ、相殺禁止の規定を設けなかったのは、事実上の優先弁済を原則として温存する趣旨であったことは明らかである。
     したがって、実際に、受益者等から取消債権者に対して金銭が支払われた場合には、改正法のもとでも、事実上の優先弁済が生じうるのであるが、しかし、改正法のもとでは、取消債権者に金銭が支払われることなく、取消債権者の直接支払請求権が消滅してしまうケースが、かなり多く想定されるのは5(3)(4)のとおりである。
     むしろ、取消債権者や受益者等が、民事執行・保全制度を十分に理解したうえで、予想されるリスクに合理的に対応して行動する場合を想定するならば、事実上の優先弁済が有効に機能するのは、詐害行為取消判決確定後に受益者等が程なく金銭支払を任意に履行する場合か、同確定後、直ちに受益者等の一般財産に対して強制執行をして金銭を回収できる場合に限られ(回収まで時間を要する場合には、債務者の受益者等に対する金銭支払請求権を差押えて、転付命令を得るか取立訴訟を提起する等の対応を、少なくとも併用するのが合理的である。)、弁済行為の取消しの場面では、およそ事実上の優先弁済が有効に機能することは期待できないのである。5(5)のとおりである。
     このように、あたかも事実上の優先弁済が機能するかのような規律を置きながら、実際には、極めて限定された場合にしか機能しないというのは、規律として分かりやすいものとはいえず、改正民法の規律は改善が図られるべきものといえる。
  2.  イ 分かりやすい規律とするための改善の方向性としては、取消債権者への直接支払請求を否定することにより、事実上の優先弁済をきっぱりと否定する方向と、先祖返りになるが、取消判決確定後に債務者の受益者等に対する請求権が発生しないよう手当てして、確実に事実上の優先弁済が生じるようにする方向のいずれかしかないであろう(取消債権者への直接支払請求を認めつつ、直接支払を受けた金銭の債務者への返還債務と被保全債権との相殺を禁止する方法により、事実上の優先弁済を否定する方法については、次回6(3)で検討する。)。
  3.  ウ 前者の方向性を採用する場合に、これまで見てきたとおり、取消債権者のインセンティブが損なわれるとはいえず、その他特段の問題点は存しないように思われる。
     すなわち、5(4)アのとおり、そもそも改正民法下で、リスクに対して合理的に備えるためには、取消債権者が、取消認容判決確定後の強制執行に備えて被保全債権の債務名義を取得すべく準備せざるをえないのであるし、そのような準備活動が過大な負担といえないことは、6(1)イのとおりである。
     被保全債権の債務名義があれば、詐害行為取消判決確定後、債務者の受益者等に対する請求権を差押えて1週間の経過を待てば、原則として取立権が発生するから、直接取立てが可能になる。受益者等が任意に支払わない場合には取立訴訟が必要となるが、その訴訟提起が他の債権者の債権執行手続への参加を排除することになるわけだし、詐害行為取消判決を証拠に提出すれば、取立訴訟の認容判決も容易に取得できるはずである。
  4.  エ 他方で、改正前民法における判例法理と同様に、事実上の優先弁済が確実に機能するようにする方向性を採用する場合には、取消債権者が受益者等に対して金銭の支払請求をする場合に取消しの効力を債務者に及ぼさず、債務者の受益者等に対する金銭請求権が発生しないよう手当てするほかないであろう。
     このとき、弁済行為の取消しにより早い者負け・遅い者勝ちの状況が生じることになるが、この問題を回避するためには、別途、偏頗行為を詐害行為取消しの対象から除外する改正を行う方向性を目指すか、あるいは、偏頗行為取消しの通謀害意要件(改正民法424条の3第1項2号)を厳格に解して、早い者負けとすることが相当と評価できるような悪質な偏頗弁済(具体的には内部者(債務者の親族、法人債務者の取締役等)を受益者とする偏頗弁済)のみを取消対象とするような解釈運用を目指す、ないしその趣旨の改正を目指すこととなろう。
     しかし、偏頗行為を詐害行為取消対象から除外することについては今般の改正審議で検討対象とされつつも、実務的観点からの批判が強く採用されなかったという経緯があり、また、偏頗行為の取消範囲を内部者に対する偏頗行為に限定することについても、同様に、実務的観点からの批判があり得るところである(金融機関に対する弁済も詐害行為取消対象となり得ることを前提に、詐害行為取消権の私的整理促進機能を期待する見解として髙井章光「詐害行為取消権と否認権の関連性」近江幸治先生古稀記念『社会の発展と民法学(上)』(成文堂、2019)725頁参照)。
     上記ウのとおり、事実上の優先弁済を否定することによって特段の問題が生ずるものではなく、また、責任財産保全制度であることに伴う理論的整合性観点からも、前者の方向性が支持されるべきことは明らかであるように思われる。

(8)につづく

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