◇SH3035◇債権法改正後の民法の未来82 詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(8・完) 赫 高規(2020/02/28)

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債権法改正後の民法の未来 82
詐害行為取消権における事実上の優先弁済の否定の規律(8・完)

関西法律特許事務所

弁護士 赫   高 規

 

6 今後の参考になる議論

(3)(補論)債権者代位権における事実上の優先弁済との比較について

  1.  ア 改正前民法下では、詐害行為取消権のみならず債権者代位権についても事実上の優先弁済が認められ、かつ、その問題性が指摘されてきた。そこで、債権法改正の審議の過程においては、債権者代位権についても事実上の優先弁済を否定ないし制限する規律を設けることが審議の当初より検討されたが、中間試案のパブリックコメント後のタイミングで、詐害行為取消権と同様、かかる規律を設けることが見送られ、事実上の優先弁済は維持されることとなった。
     事実上の優先弁済の問題性の根本は、債権者が、被保全債権の債務名義も持たずに、債権回収を達成できてしまうことが、責任財産を保全して強制執行を準備するという制度目的を越える点にあり、その意味では、詐害行為取消権と債権者代位権に共通した問題である。したがって、債権者代位権の事実上の優先弁済も、詐害行為取消権と同様、今後の規律のあり方としてこれを否定する方向性が検討されるべきである。
     もっとも、事実上の優先弁済を否定するための具体的方法としては、事実上の優先弁済が実務的に生じる場面の違い、及び、両権利の性質の違いを考慮すると、債権者代位権については、詐害行為取消権とは異なり(6(2)参照)、代位債権者への直接支払請求を認めつつ、直接支払を受けた金銭の債務者への返還債務と被保全債権との相殺を禁止する方法が検討されるべきであるものと思われる。
  2.  イ すなわち、改正前民法のもとでの実務、さらには改正法のもとでの実務において、債権者代位権が行使されて事実上の優先弁済が生じるのは、裁判外で代位権が行使される場面に限られる(債権者代位訴訟に基づき代位債権者が第三債務者に対して金銭の直接支払を求めるケースは、実務上はほとんど存在しないといって良い。債権者が債権回収のために裁判手続を利用する場合は、債権仮差押えにより第三債務者の弁済禁止効を確保したうえで債務名義を取得し、債権執行に移行させるのが一般的である)。そして、かかる裁判外での債権者代位権行使による事実上の優先弁済は、被保全債権ないし被代位債権の金額が僅少であり、裁判手続を利用していては費用倒れになるような場合に、これまでの実務上、簡易な債権回収手段としての一定の役割を果たしてきたものであり、その点は改正後も何ら変わるところはないものと考えられる。
     ところで債権者代位権は、無資力の債務者が自らの権利を行使しないときに、債権者がこれを代わりに行使する制度として構想されているものであり、債務者が自ら熱心に権利を行使して金員を取立て、当該取立金をもって債権者に弁済するのが本来あるべき姿であるとの考え方を前提とした権利であるといえる。
     そうすると、債権者が債権者代位権を行使し被代位債権を自ら取り立てて相殺により事実上の優先弁済を得る場合でも、そのことが債務者の意思にも合致するときには、あたかも債務者が自ら被代位債権を取り立てて回収し、回収金を当該代位債権者に対する弁済に当てる場合と同視できるから、ことさらに当該優先回収を問題視する必要はないように思われる(一債権者に弁済充当を認めることの偏頗性、債権者平等侵害の問題は、債権者代位権とは別の問題(詐害行為取消権の問題)であるといえる)。
     このように債権者代位権において、債務者の意思を介在させることにより代位債権者による優先回収を正当化できるとするならば、現状実務上の、ローコストな債権回収手段としての役割にも配慮して、事実上の優先弁済を否定する具体的方法としては、代位債権者への直接支払請求を認めつつ、代位債権者が、直接支払を受けた金銭の債務者への返還債務と被保全債権との相殺を行うことを禁止する方法を採用するのが妥当であるように思われる。この方法によれば、代位債権者はなお、被代位債権を直接取り立てたうえで、債務者との相殺合意や債務者から相殺してもらう等の方法により、簡易に被保全債権の満足を得る余地が残るからである。
  3.  ウ これに対し詐害行為取消権については、事実上の優先弁済を否定するにあたり、一旦、取消債権者が自己に直接支払うよう請求できるようにしたうえで債権者からの相殺を禁止することの積極的意義を見いだしがたく、取消債権者の直接支払請求権自体を否定することにより、事実上の優先弁済を否定するのが妥当であるように思われる。
     すなわち、詐害行為取消権は裁判上行使される必要があり、債権者代位権とは異なって、そもそも詐害行為取消権の行使を通じた債権回収がローコストな手段にはなり得ないのであり、被保全債権の債務名義の取得の手間が取消債権者にとって決定的な負担増になるとは言いがたい。6(1)イのとおりである。また、5(3)(5)のとおり、改正民法のもとでは、取消債権者が自己への直接支払を命じる旨の取消判決を得たとしても事実上の優先弁済が生じない場合が多々想定されるところである。そうすると、債権者代位権のように、債務者と相殺合意をする等の方法により被保全債権の債務名義なしに債権回収を図る可能性を考慮して、一旦、取消債権者が自己への直接支払を受けられるようにしておく積極的意義が存在しない。また、詐害行為取消権は、無資力下の債務者の行為を取り消して逸出財産を回復させる制度であり、弁済行為を含む、債務者の意思に基づく財産処分の効力を否定することを趣旨としている。したがって、仮に債務者が、取消債権者による被保全債権の優先回収を容認しているケースであっても、当該債務者の意思を根拠に、相殺による回収を正当化することについては、詐害行為取消権の制度趣旨になじみにくいものといえる。とりわけ弁済行為の取消しにより回復された財産については、同じく債務者に対する債権者である受益者より取消債権者が回収において優先すべき根拠は見当たらないから、債務者との相殺合意や債務者側からの相殺も禁止されなければ筋が通らないことになる。
     以上を踏まえると、詐害行為取消権の事実上の優先弁済については、債権者代位権と異なり、債権者による直接支払請求権を否定することによりこれを否定するのが簡明かつ合理的な方法であり、妥当であるものと考えられる。
  4.  エ 今回の改正審議の過程で事実上の優先弁済の否定について検討されたものの、その検討に際して、上記のとおり、詐害行為取消権と債権者代位権で、事実上の優先弁済が生じる実務上の場面に違いがあることや理論的問題の所在の差異につき全くといってよいほど議論がなされなかったと言ってよい。その結果、事実上の優先弁済を否定・制限することの要否、否定・制限する場合のその具体的方法について、両権利に関して完全に歩調を合わせたかたちで提案、検討がなされて、最終的にも表面上、同様の規律が設けられた。
     しかしながら、両権利の差異を踏まえると、かかる差異に応じて、規制の仕方に差異を設ける工夫をしつつ、規制への根強い批判に対して丁寧な検討、説明をすべきだったように思われる。

以 上

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