◇SH1974◇ベトナム:【Q&A】労働者の秘密保持と兼業禁止 井上皓子(2018/07/18)

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ベトナム:【Q&A】労働者の秘密保持と兼業禁止

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 井 上 皓 子

 

  1. Q. 当社は、ある分野においてノウハウを有しており、これが当社の強みとなっています。この度、ベトナム人の従業員を新規に採用しようと考えています。採用を検討しているポジションは、ノウハウを含め、当社の機密性が高い情報に接する機会が多いため、秘密保持の目的で、在職中に同業他社との兼職を禁止したいのですが、法律上これは可能ですか。
     
  2. A. 結論から申し上げますと、残念ながら、同業他社を含めた他社との兼職を禁止することは、以下の理由により法律上難しいと考えられます。

 

 まず、自由に職業を選択することはベトナムでも憲法において認められた公民の基本的な権利の一つとされています(憲法35条)。労働法においても、労働者には職業選択の自由があると規定されています(労働法5条1項a号)。そのため、一般的に、労働者の職業選択の自由を一方的に制限することは、労働者の権利を侵害する行為となります。

 次に、労働法において、労働者は、複数の使用者と雇用契約を締結することが原則として認められています。具体的には、労働法21条は次のとおり規定しています。

  1.   第21条 複数の使用者との雇用契約の締結
  2.   労働者は、契約内容を確実に履行できる限りにおいて、複数の使用者との間で雇用契約を締結することができる。

 この規定について、兼職することとなる他社が同業であることや秘密保持を理由とする例外はありません。

 他方で、労働法23条2項は、労働者が営業上の秘密・技術上の秘密に直接関与する業務を行う場合には、使用者は労働者との間で、秘密保持義務の内容、期間、労働者がこれに違反した場合に使用者が有する権利と賠償について書面で合意することができると規定しています。したがって、ご質問の場合のように秘密保持を必要とするのであれば、この規定に基づいて雇用契約中に秘密保持義務を規定しておくか、またはそれと併せて、雇用契約とは別に秘密保持契約を締結することで対処することになります。

 なお、実際には、雇用契約や秘密保持契約の中に、同条に規定する秘密保持義務に関する内容と共に、同業他社との兼職の禁止を内容とする規定を盛り込む例がまま見られるようです。そのような規定には抑止力としての効果はあろうかと思いますが、労働法23条2項は、使用者と労働者は秘密保持について合意ができると規定しているだけであり、秘密保持を理由として同業他社などとの兼職を禁止することまで盛り込めるかどうかについては規定がありません。さらに、労働法において、雇用契約の一部または全部の内容が、労働法、就業規則、集団労働協約で定める労働者の権利を制限するまたはそれを下回る場合、雇用契約の一部または全部は無効となるとされています(労働法50条3項)。したがって、仮に雇用契約において兼職禁止を規定していたとしても、労働法5条1項a号に定める労働者の職業選択の自由及び労働法第21条に定める労働者の複数雇用契約の締結する権利を制限しているとみなされ、その内容が無効とされる可能性があると考えられます。もちろん、その場合であっても、兼職先で労働者が貴社の営業上の秘密・技術上の秘密を漏洩しているという事実があれば、秘密保持義務違反の責任を問うことはできます。

 以上のように、雇用契約及び秘密保持契約における在職中の同業他社との兼職禁止という規定を置いたとしても、その有効性が認められない可能性があります。そのため、機密性の高い業務に従事させる場合には、雇用契約に秘密保持義務を明示的に規定すると共に、さらに詳細な秘密保持契約をあわせて締結することをお勧めします。また、就業規則においても、秘密情報の内容及び違反した場合の懲戒処分及び損害賠償責任をできるだけ具体的に規定しておき、それを社内で公開し、周知しておくことも必要です。さらに、秘密情報保護をより実効的なものとするため、機密性の高い情報については、その他の情報とは隔離して保管した上で、アクセス権の制限やパスワードの設定といったシステム面でも対応しておくことや、秘密保持についての社内研修を実施し、従業員の秘密保持に対する意識を高めておくことも重要と考えられます。

 以上が労働者の秘密保持と兼業禁止に関する一般的な考え方ですが、近時、少し異なる考え方を示す裁判例が出てきました。そちらについては、【Q&A 番外編】として稿を改めてご紹介しようと思います。

 

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