判決コメント
1 本件は、権利能力のない社団であるXが、土地建物について、これらがXの所有に属すると主張して、共有持分の登記名義人のうちの1人の権利義務を相続により承継したYに対し、「X代表者A」への持分移転登記手続を求めた事案である。
2 事実関係の概要等は、次のとおりである。
- (1) Xは権利能力のない社団であり、長年にわたり、1審判決別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)及び土地(本件建物の敷地。以下「本件土地」という。)を活動拠点として使用してきた。
- (2) 本件建物及び本件土地は、現在、Bら11名の共有名義となっている 。
- (3) Yは、Bの孫であり、B及びその子(Yの父)の死亡により、本件建物及び本件土地に関するBの権利義務を承継している。
- (4) Xは、本件土地及び本件建物の登記名義をX代表者であるAに集約するため、本件土地及び本件建物はXに帰属するものであると主張して、Yを被告として、Aに対する持分移転登記手続を求める本件訴訟を提起した。これに対し、Yは、本件土地及び本件建物は、かつての登記名義人Cが個人的に取得したものであるから、Xに帰属するものではないなどと反論した。
3 1審は、本件建物についてはXの請求を認容したものの、本件土地については、Yの主張を容れてXの請求を棄却した。これに対し、Xのみが控訴したところ(したがって、本件建物については審理判断の対象となっていない。)、原審は、本件土地について、Xの持分移転登記手続請求を認容し、その主文において、「Yは、X代表者Aに対し、本件土地について、委任の終了を原因とする持分移転登記手続をせよ。」と命じた。
原判決に対し、Yが上告受理申立てをし、権利能力のない社団であるXには、登記手続請求訴訟における原告適格はない旨の主張をしたところ、第一小法廷は本件を受理し、Xの原告適格を肯定する判断を示して、Yの上告を棄却した。
4 権利能力のない社団は、文字どおり権利能力を有せず、権利義務の帰属主体となり得ないから、社団の財産は構成員全員に総有的に帰属すると解するのが多数説である(総有説。柚木馨「権利能力のない社団」谷口知平=加藤一郎編『民法演習Ⅰ』65頁(1958、有斐閣)、於保不二雄「権利能力のない社団の法律関係」法教(第1期)1号25頁(1975、有斐閣)、我妻榮『新訂民法総則』133頁(1967、岩波書店)、加藤一郎「人格のない社団」谷口知平=加藤一郎編『新民法演習1』76頁(1978、有斐閣)、松坂佐一『民法提要総則〔第3版増補〕』122頁(1974、有斐閣)、船越隆司『民法総則〔改訂版〕』383頁(2001、尚学舎)、佐久間毅『民法の基礎1〔第2版〕』346頁(2005、有斐閣)、潮見佳男『民法総則講義』453頁(2005、有斐閣)、河上正二『民法総則講義』192頁(2007、日本評論社)、中舎寛樹『民法総則』450頁(2010、日本評論社)等参照)。判例も、総有説に立っている(最一小判昭32・11・14民集11巻12号1943頁、判タ78号49頁、判時131号23頁、最一小判昭39・10・15民集18巻8号1671頁、判タ169号117頁、判時393号28頁等参照)。
そして、判例は、総有説を前提に、権利能力のない社団の不動産については、社団名義の登記は認めないものの、①社団構成員全員の共有登記のほか、②社団代表者又は社団において登記名義人と定められた構成員(以下、併せて「代表者等」ということがある。)の個人名義の登記を認めている(最二小判昭47・6・2民集26巻5号957頁、判タ282号164頁、金法662号22頁、判時673号3頁(以下「昭和47年判決」という。)、最三小判平6・5・31民集48巻4号1065頁、判タ854号62頁、判時1498号75頁(以下「平成6年判決」という。))。登記実務も同様である(昭23・6・21民甲1897号民事局長回答・先例集上834頁、昭28・12・24民甲2523号民事局長回答・先例集下2132頁、昭36・7・21民三625号民事局第三課長回答・先例集追Ⅲ588頁参照)。そこで、②の方法を選択する場合、代表者等が原告となって自らの個人名義への移転登記手続を求める訴えを提起することが判例上認められている(昭和47年判決、平成6年判決参照)。
他方で、権利能力のない社団は、民訴法29条により当事者能力を付与されており、自ら原告として訴訟を提起し、追行することができるとされている。そうすると、社団は、社団名義への登記手続を求めることはできないとしても、自らが原告となって、代表者等個人の名義への所有権移転登記手続を求めることは、許容されるようにも思われるが、この点について判断した最高裁判所の判例はなく、学説上も見解が分かれていた上、当該判決による登記申請が受理されるのか否かについても、登記実務上、通達等による統一的な取扱いがされているわけでもなかったようである。
5 学説及び下級審裁判例は、積極説と消極説に分かれていたが、積極説が有力であった。
(1) 積極説
積極説は、社団が原告となり、代表者個人名義への移転登記手続を求める訴訟を提起することができるとする見解である(徳本伸一「判批」判タ291号66頁、浦野雄幸『判例不動産登記法ノート(第1巻)』96頁(1989、テイハン)、長井秀典「総有的所有権に基づく登記請求権」判タ650号25頁、新堂幸司=小島武司編『注釈民事訴訟法(1)』438頁〔高見進〕(1991、有斐閣)、菊井維大=村松俊夫『全訂民事訴訟法Ⅰ〔補訂版〕』278頁(1993、日本評論社)、大場民男監修『法人格なき団体の実務〔3訂版〕』216頁(1998、新日本法規出版)、塩崎勤編『注解民事訴訟法Ⅰ』300頁〔藪口康夫〕(2002、青林書院)、河内宏『権利能力なき社団・財団の判例総合解説』72頁(2004、信山社出版)、中野貞一郎ほか編『新民事訴訟法講義〔第2版補訂2版〕』97頁〔本間靖規〕(2008、有斐閣)、梅本吉彦『民事訴訟法〔第4版〕』114頁(2009、信山社出版)、田邊誠「判批」民事訴訟法判例百選〔第4版〕23頁(2010、有斐閣)、下村眞美「法人でない社団の当事者能力」法教363号12頁、藤田耕三=小川英明編『不動産訴訟の実務〔7訂版〕』63頁〔海保寛〕(2010、新日本法規出版)、兼子一ほか『条解民事訴訟法〔第2版〕』173頁〔新堂幸司=高橋宏志=高田裕成〕(2011、弘文堂)、高橋宏志『重点講義民事訴訟法(上)〔第2版〕』176頁(2013、有斐閣)、新堂幸司『新民事訴訟法〔第5版〕』150頁(2011、弘文堂)、伊藤眞『民事訴訟法〔第4版〕』121頁(2011、有斐閣)、賀集唱ほか編『基本法コンメンタール民事訴訟法Ⅰ〔第3版追補版〕』95頁〔加藤新太郎〕(2012、日本評論社)、小林秀之『民事訴訟法』105頁(2013、新世社)、滝澤孝臣「法人格のない社団が購入した土地につき所有権移転登記を経由する方法」市民と法81号72頁参照)。その理論構成については、学説上必ずしも十分に議論されているわけではなく、特に理論的根拠を述べることなく積極説が相当であると述べるにとどまるものが多いが、理論的根拠を述べるものをみると、第三者の訴訟担当として、社団は構成員全員に帰属する登記請求権を訴訟上行使することができるとする見解が比較的多くみられる。
裁判例では、大阪高判昭48・11・16高民集26巻5号475頁、判タ308号201頁、判時750号60頁、東京地判昭36・2・15下民集12巻2号285頁、判タ119号36頁、判時255号28頁、東京地判昭37・2・3ジュリ250号判例カード206番、東京地判平1・6・28判タ723号220頁、判時1343号48頁が積極説に立っている。
(2) 消極説
消極説は、社団が原告となり、代表者個人名義への移転登記手続を求めることはできないとする見解である(最判解(民)昭和47年度626頁〔吉井直昭〕、吉野衛「判批」判評199号23頁(判時783号153頁)、山田創一「権利能力なき社団の登記請求権」山梨学院大学法学論集19号16頁、林久「権利能力のない社団又は財団と登記請求権の行使」香川最高裁判事退官記念『民法と登記(中巻)』385頁(1993、テイハン)、下田文男「判批」民事訴訟法判例百選〔第3版〕31頁(2003、有斐閣)、青山正明編著『新訂民事訴訟と不動産登記一問一答』33頁、43頁〔大内俊身〕(2008、テイハン)参照)。この見解に立つ論者は、昭和47年判決が「権利能力のない社団には登記請求権はない」と判示していること、登記実務上も権利能力のない社団が不動産登記の申請人となることは認められていないことなどを根拠に、登記請求権については、およそ権利能力のない社団が原告になってこれを訴求することは認められないとして、代表者個人名義への移転登記手続を求める訴訟は、代表者個人が原告となれば足りるとする。
裁判例では、東京地判昭41・3・30判時459号56頁、判タ191号176頁が消極説に立つことを明言する。
6 本判決は、まず、「訴訟における当事者適格は、特定の訴訟物について、誰が当事者として訴訟を追行し、また、誰に対して本案判決をするのが紛争の解決のために必要で有意義であるかという観点から決せられるべき事柄である。」と述べて、当事者適格の有無を判断するにあたっての基本的立場を明らかにした。これは、最大判昭45・11・11民集24巻12号1854頁、判タ255号129頁、金法601号25頁、判時611号19頁や平成6年判決の立場を踏襲したものである 。
その上で、本判決は、「実体的には権利能力のない社団の構成員全員に総有的に帰属する不動産については、実質的には当該社団が有しているとみるのが事の実態に即していることに鑑みると、当該社団が当事者として当該不動産の登記に関する訴訟を追行し、本案判決を受けることを認めるのが、簡明であり、かつ、関係者の意識にも合致していると考えられる。」とする。ここにいう「簡明であり、かつ、関係者の意識にも合致している」とは、上記不動産は、実体的な権利関係を法的に分析すれば、当該社団自身に帰属するものではなくその構成員全員に総有的に帰属するものであるが、社会通念上は当該社団自身が所有しているものとみられるのであり、このような実態を訴訟上も尊重することが便宜である上、関係者、すなわち当該社団の構成員や当該社団と取引関係に立つ者等の認識にも沿うことをいうものであろう。
そして、本判決は、昭和47年判決が判示するように当該社団の代表者自身が原告となって登記手続請求訴訟を提起することが許容されているからといって、「当該社団自身が原告となって訴訟を追行することを認める実益がないとはいえない。」と述べ、代表者が原告となれば足りるとする消極説の立場を排斥し、前示のとおり、積極説に立つことを明らかにした。
本判決は、権利能力のない社団が、構成員全員に総有的に帰属する登記請求権を訴訟上行使できることを前提としていると思われるが、その理由付けとしては、訴訟政策的な観点が述べられるにとどまり、理論構成は明らかにされていない。本判決が、社団の受けた判決の効力が構成員全員に及ぶとしていることからすれば、社団を構成員全員のための訴訟担当者とする構成(訴訟担当構成)を採用したもののようにも思われないでもないが、本判決の説示からすれば、社団固有の適格を肯定する構成(固有適格構成)を念頭に置いているようにも思われ、今後の議論が期待される(この点については、福永有利『民事訴訟当事者論』511頁(2004、有斐閣)以下、八田卓也「入会集団を当事者とする訴訟の形態」法時85巻9号22頁、名津井吉裕「法人格のない社団・組合をめぐる訴訟と当事者能力・当事者適格」法時85巻9号35頁参照)。
7 また、本判決は、権利能力のない社団が原告となって代表者への移転登記手続を命ずる判決を取得した場合、代表者が登記申請をするに当たり執行文の付与を受ける必要はないとした。この点は論旨では指摘されていなかった問題であったが、学説が執行文必要説(松本博之「非法人社団の当事者能力と実体関係」『特別法からみた民法』民商93巻臨増(2)89頁、田邊・前掲23頁、藤田=小川編・前掲63頁〔海保〕、新堂=小島編・前掲438頁〔高見〕参照)と執行文不要説(長井・前掲28頁参照)に分かれていたため、あえて判断を示して、登記実務に統一指針を与えようとしたものと思われる。
8 さらに、本判決は、原判決が主文において「X代表者」A名義の移転登記手続を命じていることについて、「上記の主文は、Aの個人名義に持分移転登記手続をすることを命ずる趣旨のものと解すべきであって、『X代表者』という記載をもって原判決に違法があるということはできない。」と述べて、この点の違法をいう論旨を排斥した。原判決の主文は「A」名義への移転登記手続を命じたものと善解することができ、「X代表者」という記載部分はいわば無益的記載事項と捉えられるという趣旨の判断であろう。
したがって、Aは、登記権利者を「A」として登記申請すれば、A名義の移転登記を受けることができるものと考えられる。これに対し、Aが登記権利者を「X代表者A」として登記申請することは許されず、Aがこうした肩書の付記に固執するのであれば、当該申請は却下されることになろう。
本判決はいわば救済的判断をしたものと思われ、今後の裁判実務においては、このような無用な肩書を付すことのないよう留意することが望まれる。
なお、社団の代表者が登記申請をするためには、登記所において、判決主文に登記権利者として記載された代表者と、実際の申請人とが同一人であると特定できることが必要であるから、判決においては、当該代表者を特定するための情報(通常は住所)を併記することが必要となろう。本件でも、原判決の主文においてAの住所が併記されている。
9 本判決は、権利能力のない社団の代表者名義への所有権移転登記手続請求訴訟について判示したものであるが、代表者でない構成員であっても、当該社団において登記名義人とすることとされたもの(平成6年判決参照)については、その射程が及び、社団の原告適格が肯定されると考えられる。
なお、本件とは異なり、権利能力のない社団が被告となる場合、すなわち社団が代表者等の名義で登記している不動産について、第三者が、当該社団を被告として、所有権移転登記手続を求める訴訟を提起することができるか否かについては、本判決の触れるところではない。この点は、今後の検討に委ねられた問題である。
10 本判決は、権利能力のない社団が原告となって、代表者個人名義への所有権移転登記手続を求める訴訟を提起することができるか否かという、手続法と実体法の交錯する論点について、最高裁判所が積極説に立つことを初めて明らかにしたものであって、理論的にも実務的にも重要な意義を有すると思われる。