◇SH0003◇最一小決 平成26年3月10日 覚せい剤取締法違反被告事件(横田尤孝裁判長)

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 1 本件は、覚せい剤密輸入事件について、裁判員裁判による第1審が被告人に無罪を言い渡したが、控訴審が事実誤認を理由に破棄、差戻しとしたことから、被告人が上告していた事案である。

 2 事案は、日本在住のイラン・イスラム共和国籍の被告人が、共犯者らと共謀の上、約4㎏の覚せい剤をトルコ共和国から航空機で日本に密輸したとして、覚せい剤密輸入等の罪の共謀共同正犯として起訴されたものである。本件では、共犯者Aが運搬役となった共犯者Bに指示を出して本件覚せい剤をトルコから日本に持ち帰らせたことに争いはなく、Aの上位者として被告人も本件密輸入に関与していたかどうかが第1審段階から争われた。裁判員が参加した第1審では、Aらの証人尋問や被告人質問が行われ、Aは、被告人から受けた指示をその都度Bに伝えて本件密輸入を実行させた旨の証言をした。第1審判決は、このA供述の信用性について、①検察官が裏付けとした通話記録に照らし首肯できる部分もそれなりにあるものの、通話記録を子細にみるとA供述と整合しない部分も少なからずあること、②Bら他の共犯者の供述等によれば、被告人以外にAに指示を与えていた第三者の存在が強くうかがわれることなどを指摘して、A供述の信用性を否定し、被告人に無罪(求刑・懲役18年及び罰金800万円)を言い渡した。
 これに対し検察官が控訴したところ、控訴審は、数点の検察官請求書証を取り調べるなどして結審し、判決で、第1審判決について、①通話記録からは被告人の関係する通話を含めてその通話内容の多くが本件密輸入に関する連絡であることが強く推認されるにもかかわらず、第1審判決が指摘したような点のみを根拠に通話記録がA供述の信用性を裏付けるものではないとした点や、②Aに覚せい剤密輸入に関して指示を与えていた被告人以外の第三者の存在は証拠上は抽象的可能性に止まるというべきであるのに、第1審判決が指摘する事情だけから被告人以外の第三者の存在が強くうかがわれるとした点は、いずれも経験則に照らし明らかに不合理な判断であり、そのような判断を前提としてA供述の信用性を否定して被告人とAらとの共謀を否定する結論を導いた点も、結局経験則に照らして明らかに不合理な判断であって是認できないとし、むしろ、A供述は客観的な証拠である通話記録とよく符合していて信用性が高く、A供述とは別に被告人の本件密輸入への関与を基礎づける事情も認められるから、これらを総合評価すれば被告人とAらとの共謀を優に認定できるとして、事実誤認を理由に第1審判決を破棄し、事件を第1審に差し戻した。そこで被告人が上告していた。

 3 刑訴法382条の事実誤認の意義については、本件の控訴審判決も引用する最一小判平成24年2月13日刑集66巻4号482頁・判時2145号9頁、判タ1368号69頁が、「第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることをいう」とし、「控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには、第1審判決の事実認定が論理則、経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である」と判示している。本決定もこの平成24年判例を引用した上、第1審判決がA供述の信用性を否定した理由の1点目である「通話記録との整合性」について、第1審判決は、受信が記録されていないなどの通話記録の性質に十分配慮せず、その有する証拠価値をも見誤り、それとA供述との整合性を細部について必要以上に要求するなどした結果、A供述全体との整合性という観点からの検討を十分に行わないまま両者が整合しないと結論付けたものであって、経験則に照らし不合理な判断といわざるを得ないとし、2点目の「被告人以外の指示者の存在可能性」についても、第1審判決は抽象的な可能性のみをもってA供述の信用性を否定したものであって、この点の判断も経験則に照らし不合理な判断といわざるを得ないとして、これと同旨の説示をして第1審判決を破棄した控訴審判決には刑訴法382条の解釈適用の誤りはなく、事実誤認もないと判示し、被告人の上告を棄却した。

 4 平成24年判例が示された後、裁判員裁判による第1審の無罪判決を事実誤認を理由に控訴審が破棄したのを上告審が是認した事例は、本決定以前に2例あった。1例目は、郵送による覚せい剤の密輸入事件について、来日して受取役となった被告人に密輸入の故意があったと認めながら共犯者との共謀は認めずに無罪とした第1審判決に係る平成25年4月16日付け第三小法廷決定(刑集67巻4号549頁・判時2192号140頁、判タ1390号158頁)であり、2例目は、航空機による持ち込み型の覚せい剤の密輸入事件について、密輸組織が関与する事件であると認めながら運搬役の被告人の密輸入の故意を認めずに無罪とした第1審判決に係る同年10月21日付け第一小法廷決定(刑集67巻7号755頁・判時2210号125頁、判タ1397号98頁)である。本決定は3例目の無罪判決破棄是認事例となるが、これまでの2件が、密輸入の故意等を認定できるときに事前共謀をも推認できるかとか、密輸組織が関与しているという事実から運搬荷物の委託等があったと推認できるかといった、ある程度一般化し得る形での経験則等の適用の当否が問題とされた事案についての判断であったのに対し、本決定は、共犯者供述の信用性といった証拠の信用性評価が正面から問題とされた事案についての判断である点が特徴的である。
 証拠の信用性評価に関する第1審の判断についても、それが論理則、経験則等に照らして不合理といえるかどうかという観点から控訴審が審査すべきことは、既に平成24年判例の中で「控訴審は、第1審と同じ立場で事件そのものを審理するのではなく、当事者の訴訟活動を基礎として形成された第1審判決を対象とし、これに事後的な審査を加えるべきものである。第1審において、直接主義・口頭主義の原則が採られ、争点に関する証人を直接調べ、その際の証言態度等も踏まえて供述の信用性が判断され、それらを総合して事実認定が行われることが予定されていることに鑑みると、控訴審における事実誤認の審査は、第1審判決が行った証拠の信用性評価や証拠の総合判断が論理則、経験則等に照らして不合理といえるかという観点から行うべきものであ」る(傍点筆者)と説示されていた。証拠の信用性評価が「論理則、経験則等に照らして不合理」といえる場合とは具体的にどのような場合を指すかは明らかでないが、実務家の論稿等においては、平成24年判例が出される以前から、供述の信用性判断は基本的には第1審の判断を尊重すべきものであって、第1審判決における公判供述の信用性の判断に論理則、経験則違反等があるといえる場合とは、客観証拠や重要な事実関係の見落とし・矛盾(齟齬)がある場合や、それと同程度にその判断内容が明らかに不合理である場合などに限られるなどといった見方が示されていた(田中康郎ほか「裁判員の加わった第一審の判決に対する控訴審の在り方」司法研究報告書第61輯2号92頁(107頁)。東京高等裁判所刑事部部総括裁判官研究会「控訴審における裁判員裁判の審査の在り方」判タ1296号5頁(8頁)、東京高等裁判所刑事部陪席裁判官研究会[つばさ会]「裁判員制度の下における控訴審の在り方について」判タ1288号5頁(8頁)など)。
 本件の第1審判決はA証言の信用性判断に当たって客観証拠である通話記録との整合性等を詳細に検討しており、上記論稿にあるような客観証拠の見落としや矛盾といった問題点があったわけではないが、受信が記録されていないなどといった通話記録の性質に十分配慮しないまま、その証拠価値を過大視してそれとA供述との整合性を細部について必要以上に要求するなどしたという控訴審判決及び本決定が指摘する点が、経験則違反というべき明らかに不合理な判断と解されたといえよう。

 5 本決定は、前記のとおり、平成24年判例の要請を満たす控訴審判決として一事例を追加したもので、控訴審の審査の在り方に関して参考になるところが多いほか、共犯者供述の信用性の判断の在り方に関しても参考となる判示を含んでいる。本決定を出した第一小法廷は、本決定とほぼ同じ時期に、保護責任者遺棄致死被告事件に関し、被害者の衰弱状態等を述べた医師らの証言が信用できることを前提に被告人両名を有罪とした裁判員裁判による第1審判決を事実誤認を理由に破棄した控訴審判決について、刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとして破棄、差戻しとしており(最一小判平成26年3月20日裁判所時報1600号81頁)、この判決も併せて参照されたい。
 なお、本決定には、本件の第1審の問題点を、公判前整理手続における争点整理等のあり方や、裁判員公判における当事者、とりわけ検察官の訴訟活動のあり方、判決書のあり方などといった切り口から具体的に指摘した横田裁判官の補足意見が付されている。裁判員裁判として在るべき公判審理を実現することの重要性や法曹三者による努力の積み重ねの必要性を説く本補足意見は、裁判員制度のより一層の定着に向けた励ましと期待を込めたメッセージとも受け取れ、裁判員裁判の運用を考えるに当たって参考になるところが多いと思われる。

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