◇SH0034◇企業法務よしなしごと-ある企業法務人の蹣跚4 平田政和(2014/07/15)

そのほか法務組織運営、法務業界

         (第4号)

企業法務よしなしごと

・・・ある企業法務人の蹣跚(まんさん)・・・

平 田 政 和

 

Ⅰ.Freshmanのために・・・若いうちにこれだけはやっておこう(その1)

【実務の基本をきっちりと理解する】

 新しく法務部に配属されたあなたの担当業務はどのようなものだろうか。あなたの会社の営業に関係する契約書を検討しているのだろうか、取引担保契約を立案しているのだろうか、それとも株主総会関係の業務だろうか、

 新しく法務部に配属された新入社員に対して、その担当業務の如何を問わず、私は常に次のことを言ってきた。

 「まず第一に契約の流れ、物の流れ、代金の流れをきっちりと理解しなさい。いろいろなケースがあるがそれらの基本をきっちりと頭に叩き込みなさい。」。我々がコンビニエンス・ストアで商品を買うような場合と異なり、会社間の契約にあっては、誰と誰が契約するのか、契約の対象物が誰に引き渡されるのか、代金は誰から支払われるのか、が極めて複雑である。

 たとえば売主たる素材メーカーが買主たる商社と締結する売買契約について考えてみよう。商品クレームは売買契約の当事者たる買主から来るのではなく、その売買対象商品を素材・原材料として使用して最終商品を作るメーカーから来たりする。売主・買主間の売買契約に定められた瑕疵担保責任規定で解決するのが妥当かどうか。また、売買契約に基づき商品が引き渡されるのは、買主ではなく買主の販売先(転売先)であったり、さらにはその販売先(再転売先)であったりする。商品の運送途上で再転売先の倒産が判明したときはどのような対応をすべきであろうか。売買代金についても最近では第三者が支払担当者となっている場合もよく見受けられる。どのような契約に基づきそうなっているのか、その理由は何か。売掛債権の回収の観点から考えて問題はないのか。このようなことを自社の契約の実態に即してきっちりと考え、理解する。これがまず第一である。

 契約の実態については営業、物流、財務といったそれぞれの業務を担当している先輩に聞けばよい。新入法務部員の質問に対してそれを嫌がる先輩はいない。真摯な態度での質問に対しては、先輩諸氏は極めて丁寧に教えてくださる。私はそれぞれの部門のベテランの先輩に教えを請うた。彼らはそれぞれの業務の実態をそれこそイロハのイから丁寧に解き明かしてくれた。

 礼を弁えた真摯な態度でこれらベテランに教えを請うことにより、彼らはあなたという人間を知って下さり、可愛がり信用して下さる。そして、その後の質問に対しても包み隠さず何でも教えて下さるという結果に繋がる。

 

 第二のアドバイスは「現場に行きなさい。生産現場を肌で感じなさい。」である。メーカーであれば商品を生産している工場がある。どのように商品が生産されているのか、原材料や包装用材料などの付属品はどのように購入され、配送され、保管されているのか、生産された商品はどのように検査され、どこでどのように保管されているのか、そしてその出荷や配送は誰のどのような指示にもとづき行われているのか、といったことを知る必要がある。

 これらの具体的内容を知ることなくこれらに関係する契約書を立案したり検討したりすることはできない。現場に行き、生産現場の現実を知ることは、新入社員だからこそできることであり、新入社員だからこそ何でも聞くことができる。ベテランになってからはなかなかその機会を作ることができず、また初歩的なことは聞きにくい。現場のベテランを捕まえて真面目な態度で、解らないこと、知りたいことを根掘り葉掘り聞いて理解しておくことは、将来どれだけの役に立つことか。

 これらはメーカーの例であるが、商社、金融機関、サービス業その他にあっても現場の実態を知悉していることは、そこで発生する法律問題を解決するためには必須である。

 

 第三は「会社のルールや事務処理で変だな、おかしいな、と思ったことについては、直ちに意見を言うのではなく、その内容を覚えておきなさい。数年経ってもやはり変だな、おかしいなと思っているようなら対応策を考えた上で上司と相談しなさい。」である。

 多くの会社では長い歴史の結果、変なルールがまかり通っていることもある。しかし、一見したところ変だと見えてもその拠ってくるところを知りよく考えてみると、変ではないことも多い。最初は理由があったが時代が変わり環境が変化していることにより、現時点では無用となっていたり、阻害要因になっていたりしていることもあるかも分からない。これらの見極めをきっちりとする必要がある。

 いろいろと考えても「やはり問題ではないか。ちょっと変ではないか。」と思われるルールや事務処理については、忘れないようにしておき、何年か経ち責任者になったり、あるいは発言力を得た、と思ったときに、上司と相談の上、適当な手続を経て処理を中止したり問題のない方法に変更したりするなどの対応策を執ればよい。

 

 「実践なき理論は空虚であるが、理論なき実践は危険である。」と私は信じている。この語句は、若かりし頃に勉強した書物の表紙の裏に書かれていた。

 法務部に属している人間を評して、評論家、重箱の隅をつつく人などと悪口を言われることがある。私もそのような人物の存在を承知しているし、身近にも居た。このような人は理論だけを金科玉条として実践や実務について全く無関心であった。法律ではこうなっている、このような判例がある、としか発言しない。逆に、現場で実務を担当している人のなかには、法律論は別にして実務の観点からのみの判断に基づき行動する、ということもよく見かけるところであった。

 やはり実践は理論に裏付けられたものでなければならない。そのためには理論を知っている人間が実践である現場の実務に精通し、それに基づき対応策を提言しなければならない、ということになる。

(以上)

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