◇SH0042◇インドネシア:言語法を巡る紛争の今 福井信雄(2014/07/24)

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インドネシア:言語法を巡る紛争の今

長島・大野・常松法律事務所

弁護士 福 井 信 雄

 

1.契約の締結言語

 「インドネシア企業との契約はインドネシア語で締結しなければならないのでしょうか?」現在のインドネシア法務において、日本企業から頻繁に尋ねられる事項の一つである。

 インドネシアでは2009年、国旗、国語、国章及び国歌に関する法律(2009年法24号)(以下、「言語法」という。)が制定され、インドネシア政府・インドネシア法人・インドネシア人が当事者に含まれる契約書に関しては、インドネシア語で締結することが義務づけられた(言語法第31条第1項)。ただし、外国人や外国法人との間の契約書に関しては、インドネシア語と外国語の併記という形式での締結も許容されている(同条第2項)。インドネシア語での締結を怠った場合に、どのような法的効果が生じるのか(契約全体が無効とされるのか)、また後日インドネシア語で締結することで瑕疵が治癒されるのか、といった詳細については別途施行規則に委ねるとされたまま、現時点でも規則が制定されていない。そのためこれまでの実務においては、複数言語で締結することにより追加で発生する時間やコスト、翻訳の齟齬による契約の解釈に関する紛争が生じるリスク等のマイナス要因等を考慮し、英語でのみ契約締結した上で、必要な場合には別途インドネシア語でも締結するという趣旨の規定を置くことで対応するケースも少なくなかった。

 

2.西ジャカルタ地裁判決と今後の実務対応

 この実務に対して大きな波紋を投げかけたのが、2013年6月に出された西ジャカルタ地裁の判決であった。同判決では、インドネシアの株式会社(原告)と米国法人(被告)との間の貸付契約が言語法の施行後に締結されているにもかかわらず英語でのみ締結されていることを理由に、言語法に違反し当該貸付契約自体を無効と判示した。これに対して被告である米国法人が上訴したため現時点でこの判決自体は確定していないものの、このような判断が出されたことによる実務的なインパクトは無視できない。

 現時点においては最終的に裁判所がどのような判断を出すか予測が付かないところではあり、また日本と異なり判決に先例拘束性が付与されているわけでもないものの、実務的には言語法違反を理由にインドネシア企業側から契約無効を主張される事例が増加することが予想される。特にこのような判決が出たことを奇貨として、自分たちにとって都合が悪い契約について、言語法違反を理由に契約無効を主張して法廷闘争に持ち込むインドネシア企業が現れても不思議ではない。外国企業にとってはインドネシアで法廷闘争に巻き込まれること自体重い負担であり、最終的にどのような判断になるにせよ、応訴の負担自体も無視できない。紛争解決条項においてインドネシアの裁判所ではなく仲裁機関を指定していた場合に、裁判所が自身の管轄を認めずに訴えを退けた事例も出ているようではあるが、言語法の強行法規制を理由に管轄が認められてしまう可能性も否定できない。

 このような事態を想定すると、契約書のなかで、必要になった場合にはインドネシア語で契約書を用意して締結しましょうといった合意をしておくことは無意味である。言語法違反を理由に無効主張をする相手がそのような合意に応じてインドネシア語での締結に応じるとは考えられないからである。したがって、(100%子会社との契約など言語法違反を理由に相手方から契約無効を主張されることが「構造的に」考えにくい場合など特別な場合を除き)、契約締結時点において英語・インドネシア語両言語で締結しておくことが望ましいと言えよう。

 

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