吉野家ホールディングス、子会社に対する公正取引委員会の勧告について
岩田合同法律事務所
弁護士 佐 藤 修 二
株式会社吉野家ホールディングス(以下「吉野家HD」という。)は、平成26年9月24日、同社の子会社3社(以下「吉野家グループ3社」という。)が、公正取引委員会(以下「公取委」という。)から「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための消費税の転嫁を阻害する行為の是正等に関する特別措置法」(以下「特措法」という。)の違反行為を行ったとする勧告書を受領した旨を適時開示した。
今回の公取委の勧告は、本ポータルサイト9月3日掲載の、青木晋治弁護士による「経産省、吉野家グループによる消費税転嫁対策特別措置法の違反行為に関して公正取引委員会へ措置請求をした旨を公表」において解説された中小企業庁長官の措置請求を受けてのものであり、事実関係は青木弁護士の論稿に詳しい。ごく簡単に言えば、吉野家グループ3社は、店舗用建物の賃借料について、賃貸人に対し、消費税率引上げ分を上乗せしないことを要請し(特措法所定の「買いたたき」に該当)、また、既に消費税率引上げ分を支払済みであった分について、後の賃料から減額して支払っていた(特措法所定の「減額」に該当)ものである。
特措法上、違反企業に対し措置をとるべきことを勧告・公表する権限は公取委に属し、主務大臣・中小企業庁長官は、違反行為があると認めるときは、公取委に対して措置請求を行う(一定の場合にはかかる措置請求が義務付けられる)仕組みとなっている。措置請求を受けた公取委は、違反行為があると認めるときは、違反企業に対し、速やかに消費税の適正な転嫁に応じることその他必要な措置をとるよう勧告し、その旨を公表する。青木弁護士の論稿にあるとおり、本件は、公取委に対する措置請求がなされた初の事例であり、措置請求に基づき勧告が出されたものとしても最初のものということになる。
勧告において、公取委は、吉野家グループ3社に対し、減額、買いたたきが行われることのないよう役職員に周知徹底するともに、特措法の研修を行うなど社内体制の整備のために必要な措置を講じることを求めている。また、直接の違反行為者でない親会社の吉野家HDに対しても、企業グループ内において特措法の研修を行うなどコンプライアンス体制の整備のために必要な措置を講じるよう「要請」(明確な法的根拠に基づくものではない一種の行政指導であると思われる)している。
今回の吉野家HDの公表内容で注目されるのは、吉野家グループ3社は家主と個別に協議し、同意した家主との間で賃料改定を行ったものであるが、当事者間に合意があったとしても特措法が禁止する減額、買いたたきに該当するとの点につき、法令の認識が不十分であった、としている点である。
吉野家HDの述べるとおり、特措法所定の減額、買いたたきについては、当事者間に合意があっても、禁止行為への該当性を免れないものとされる。すなわち、当事者間で合意された内容は原則として当事者双方を拘束するという契約自由の原則にも限界があり、例えば公序良俗違反の契約は当事者間の合意があっても無効であるし、更に民法を離れた規制法の領域ともなれば、合意の有無と関わりなく規制対象となることがある。一例として、特措法と同様に公取委の運用する下請代金支払遅延等防止法が禁止する代金減額行為は、たとえ下請事業者の同意があっても、同法の規定に抵触するものとされている。
また、本件は、子会社における法令の認識が不十分であった旨を親会社自身が認めて開示した事例でもある。企業グループとしての法令遵守体制構築義務の規定を法務省令から法律へと「格上げ」し、また親会社の株主が子会社の役員を提訴することを認める多重代表訴訟制度を導入した会社法改正もあり、従前にも増して、企業グループ全体としての法令遵守の徹底が問われている。正に本件でも公取委は、直接の違反事業者でない親会社の吉野家HDに対しても、グループ全体としてのコンプライアンス体制整備を求める「要請」を行っているところである。本件は、そのような意味でも教訓となる事例と言えよう。
(さとう・しゅうじ)
岩田合同法律事務所弁護士。2000年弁護士登録。1997年東京大学法学部、2005年ハーバード・ロースクール(LL.M., Tax Concentration)各卒業。2005年Davis Polk & Wardwell LLP (NY)勤務。2011年~2014年東京国税不服審判所国税審判官。中里実他編著『国際租税訴訟の最前線』(共著、有斐閣、2010)等税務に関する著作多数。
岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/
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1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。
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