1 事案の概要
本件は、我が国と米国との間で返還の合意がされた沖縄県宜野湾市所在の普天間飛行場の代替施設を同県名護市辺野古沿岸域に建設する事業(以下「本件埋立事業」という。)につき、沖縄防衛局が、前沖縄県知事(以下「前知事」ということがある。)から公有水面埋立法42条1項に基づく公有水面埋立ての承認(以下「本件埋立承認」という。)を受けていたところ、沖縄県知事(上告人。以下「現知事」ということがある。)が、本件埋立承認に違法の瑕疵があるとしてこれを取り消したため(以下「本件埋立承認取消し」という。)、国土交通大臣が、沖縄県に対し、本件埋立承認取消しは違法であるとして、地方自治法245条の7第1項に基づき、本件埋立承認取消しの取消しを求める是正の指示(以下「本件指示」という。)をしたものの、現知事が、本件指示に基づいて本件埋立承認取消しを取り消さない上、法定の期間内に是正の指示の取消訴訟(同法251条の5第11項)を提起しないことから、同法251条の7に基づき、現知事が本件指示に従って本件埋立承認取消しの取消しをしないという不作為の違法の確認を求めた事案である。
2 関連法令の定め等
(1) 公有水面埋立法について
ア 私人が公有水面を埋め立てるには、都道府県知事の免許を受けなければならない(公有水面埋立法2条)。埋立免許の要件は、公有水面埋立法4条1項が定めており、そのうち、本件で問題とされる同項1号は「国土利用上適正且合理的ナルコト」(以下「第1号要件」という。)と、同項2号は「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」(以下「第2号要件」という。)と定めている。
イ これに対し、国が埋立てを施行する場合は、当該業務を所管する官庁が都道府県知事の承認を受けなければならないとされており(公有水面埋立法42条1項)、埋立承認の要件については、埋立免許の要件が準用されている(同条3項)。
国が施行する埋立てに対する都道府県知事の承認に係る事務は、第1号法定受託事務である(地方自治法2条9項1号、別表第1、公有水面埋立法51条1号)。
(2) 法定受託事務に対する国の関与について
ア 大臣による是正の指示(地方自治法245条の7)について
地方公共団体の行う法定受託事務につき違法又は不当があるとして紛争が生じた場合、国の側からする違法又は不当の是正手段としては、大臣による是正の指示(地方自治法245条の7)及び代執行手続(同法245条の8)がある。また、国と地方公共団体との間の紛争処理手段としては、① 地方公共団体側から申出等をするものとして、国地方係争処理委員会による審査(同法250条の7以下)及び同委員会の審査を経た後に当該地方公共団体の側からする国の関与についての取消し・違法確認訴訟(同法251条の5)があり、② 是正の指示等を行った大臣から提起するものとして、不作為の違法確認訴訟(同法251条の7)が設けられている。
本件における国土交通大臣の指示(本件指示)は、上記の是正の指示(地方自治法245条の7)に当たるものである。
イ 普通地方公共団体の不作為に関する国の訴えの提起(地方自治法251条の7)について
是正の指示を行った大臣は、①普通地方団体の長その他の執行機関が当該是正の指示に関し国地方係争処理委員会(同委員会による審査の制度は地方自治法250条の7以下に定めがある。)に対し審査の申出をせず、かつ、是正の指示に係る措置を講じないとき(同法251条の7第1項1号)、②国地方係争処理委員会が審査の結果又は勧告の内容を通知した場合において、当該普通地方公共団体の長その他の執行機関が同法251条の5第1項所定の訴えの提起をせず、かつ、当該是正の指示に係る措置を講じないとき(同法251条の7第1項2号イ)などには、当該是正の指示を受けた普通地方公共団体の不作為に係る普通地方公共団体の行政庁(本件についていえば沖縄県知事)を被告として、訴えをもって当該普通地方公共団体の不作為の違法の確認を求めることができる。
3 前提事実
(1) ア 普天間飛行場は、沖縄県宜野湾市の中心部にあり、昭和20年から米軍による使用が開始され、現在では、沖縄に駐留する米海兵隊の航空部隊の基地として用いられているところ、同飛行場は市街地にあることから、航空機事故等の危険性がかねてより指摘されているところである。
イ 沖縄防衛局は、普天間飛行場の代替施設及びその関連施設としての飛行場を設置するため、平成25年3月22日、前知事に対し、公有水面の埋立て(本件埋立事業)の承認を求めて、公有水面埋立承認願書を提出した。
ウ 前知事は、平成25年12月27日、本件埋立承認をした。
エ 現知事は、平成27年10月13日、本件埋立承認には第1号要件及び第2号要件に適合しないにもかかわらずこれらに適合するとした瑕疵があったとして、本件埋立承認取消しをした。
オ 国土交通大臣は、現知事のした本件埋立承認取消しは違法であるとして、平成28年3月16日、地方自治法245条の7第1項に基づき、沖縄県に対し、本件埋立承認取消しの取消しを求める本件指示をした。本件指示に係る書面には、同書面が到達した日の翌日から起算して1週間以内に本件埋立承認取消しを取り消すべき旨の記載がされていた。
カ 現知事は、本件指示に不服があるとして、平成28年3月23日、国地方係争処理委員会に対し、審査の申出をした。
キ 国地方係争処理委員会は、平成28年6月21日、現知事及び国土交通大臣に対し、国と沖縄県が普天間飛行場の返還という共通の目標の実現に向けて真摯に協議し、双方がそれぞれ納得できる結果を導き出す努力をすることが、問題の解決に向けての最善の道であるとの見解をもって審査の結論とする旨の決定を通知した。
ク 国土交通大臣は、平成28年7月22日、本件訴えを提起した。
4 原審の判断及び本判決の判断
(1) 原審(福岡高裁那覇支判平成28年9月16日)は、本件埋立承認取消しは本件埋立承認に裁量権を逸脱・濫用した違法があるといえないにもかかわらず行われたものであるなど違法であって、それに対する本件指示は適法であるとした上で、現知事が本件指示に従わず、本件埋立承認取消しを取り消さないのは違法であり、国土交通大臣の請求には理由があるとした。
(2) 現知事が原判決を不服として上告及び上告受理の申立てをした。これに対し、最高裁判所第二小法廷は、上告受理の申立てを受理した上で、上告を棄却する旨の判決を言い渡した。
5 説明
(1) 処分の職権取消しの適否に係る判断の在り方について
ア 本件においては、本件埋立承認取消しの適否を判断する前提問題として、行政庁が処分に瑕疵があることを理由に職権取消しをした場合に、その適否が訴訟上争われたときの判断の在り方が問題とされた。
イ (ア) 処分の職権取消しとは、違法又は不当の瑕疵を有するものの、一応有効である処分につき、行政庁が、職権によりその成立当初に存在した瑕疵を理由にして効力を失わせることをいう。したがって、行政庁が、後発的事情を理由として有効に成立した処分の効力を失わせるという講学上の処分の撤回とは区別される概念である。そして、処分の職権取消しは、当該処分の根拠規定等に職権取消しに関する規定があればそれにより規律されるが、そのような規定がない場合であっても、処分に瑕疵があれば職権取消しは許され、そのこと自体に異論はない。
(イ) その一方で、処分が違法であるとまではいえず、不当であると評価されるにとどまる場合に、当該処分の職権取消しが許されるかは問題となり得るところである。この点について、原審は、いわゆる授益処分の取消しの場合には、原処分が違法であることを要し、原処分に不当又は公益目的違反の瑕疵があるにすぎない場合には職権取消しをすることができないとした。
しかし、処分の職権取消しが許容される根拠は法律による行政の原理又は法治主義の観点によるものと考えられるところ、当該処分に処分を取り消すに足りる不当があるのであれば、同様の観点からは職権取消しをすることが許容されると解することが相当であると考えられ、最高裁判例においても、処分に不当がある場合にも職権取消しをすることができることを前提に、職権取消しの制限について判断を示すものがある(最一小判昭和43・11・7民集22巻12号2421頁)。また、学説上も、原処分に不当の瑕疵があるにすぎない場合であっても職権取消しをすることができるとする見解が多数であると見受けられる。そのような観点から、本判決は、原処分に不当又は公益目的違反の瑕疵があるにすぎない場合には職権取消しをすることができないとする見解を採用しなかったものと考えられる。
ウ ところで、本件においては、本件における裁判所の裁量審査の対象となるのは、原処分である本件埋立承認に係る前知事の判断であるのか、本件埋立承認取消しに係る上告人(現知事)の判断であるのかが問題とされ、上告人は、本件における審理の対象は本件埋立承認取消しに係る上告人の裁量判断の適否であり、本件埋立承認の適法性は本件における直接の審理の対象ではないと主張した。この主張の採否については次のとおり考えるべきであろう。
すなわち、行政庁が処分に違法又は不当(以下「違法等」と総称する。)があることを理由に職権で取り消す場合には、そのような違法等が客観的に存在することが求められるものと考えられる。換言すれば、原処分に違法等があるとはいえない場合には、原処分を取り消す理由がないのであるから、原処分の職権取消しをすることは違法といわざるを得ない。したがって、職権取消しの適否が争われる訴訟においては、原処分に違法等があるか否かが直接の審理判断の対象となるというのが自然な理解であろう。そして、職権取消しの対象とされた処分が裁量処分である場合には、裁量権の逸脱、濫用がある場合に違法等があることになるから、原処分に係る行政庁の裁量判断の当否を審理判断すべきとするのが当然の帰結であると考えられる。
これに対し、原処分に違法等があるとした行政庁の判断の適否は、そのような行政庁の判断について裁量を観念することができるか否かは措くとしても、職権取消しの適否が争われている訴訟において直接の審理判断の対象とはならないと解するべきであろう。
これを本件についていえば、本件埋立承認取消しの適否を判断するに当たっては、原処分である本件埋立承認に違法等があるか否かを審理判断すべきであり、そのためには本件埋立承認をした前知事の裁量判断の当否を検討すべきものと考えられる。この点は、本件の原審も同様の見解を採用しているが、本判決は、本件における当事者の主張の内容に照らし、特にその旨を明確に判示する必要があると考えたものであろう。
(2) 本件埋立承認が第1号要件に適合するか否かについて
公有水面埋立法4条1項1号は、免許基準(承認基準)の一つとして、「国土利用上適正且合理的ナルコト」(第1号要件)を定めるところ、その意義については、当該埋立自体及び埋立地の用途が、国土利用上の観点からして適正かつ合理的なものであることを要する趣旨であるなどと説明されている(国土交通省港湾局埋立研究会編「公有水面埋立実務便覧(全訂2版)」214頁)。
上記の「国土利用上適正且合理的ナルコト」との要件適合性の判断枠組みについては、法令上特段の定めはないものの、本判決が判示するとおり、埋立ての目的及び埋立地の用途に係る必要性及び公共性の有無・程度に加え、埋立てを実施することによる国土利用上の効用、公有水面を埋め立てることにより失われる国土利用上の効用等の諸般の事情を総合考慮して判断することになるものと考えられる。
そして、第1号要件の文言が抽象度の高いものであることに加え、埋立てが国土利用上の観点から適正かつ合理的であるかを判断するための考慮要素としては多種多様なものがあり得るところであり、国土利用上の合理性が肯定される埋立ての目的及び埋立地の用途にも多様なものがあり得るという事柄の性質からすると、第1号要件の適合性については、免許権者(承認権者)である都道府県知事が一定の幅をもって裁量的な判断を行うことが予定されているものと考えられる。そして、そのような裁量判断の当否を裁判所が判断にするに当たっては、その基礎とされた重要な事実に誤認があること等により重要な事実の基礎を欠くこととなる場合、又は、事実に対する評価が明らかに合理性を欠くこと、判断の過程において考慮すべき事情を考慮しないこと等によりその内容が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くものと認められる場合に当たるか否かを審査することが相当であると考えられる。
本判決は、上記に述べたような理解を前提に、本件埋立承認における前知事の第1号要件適合性の判断の当否を審査しているものと見受けられる。
(3) 本件埋立承認が第2号要件に適合するか否かについて
ア 公有水面埋立法4条1項2号は、免許基準(承認基準)の一つとして、「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」(第2号要件)を定めている。第2号要件は、「水面を変じて陸地となす埋立行為そのものに特有の配慮事項を定めたもの」とされ、埋立地の竣功後の利用形態ではなく、埋立行為そのものに関して必要となる環境保全措置等を審査するものであり、また、ここでいう「十分配慮」とは、「問題の現況及び影響を的確に把握した上で、これに対する措置が適正に講じられていることであり、その程度において十分と認められることをいう」と説明されている(建設省埋立行政研究会編著『公有水面埋立実務ハンドブック』(ぎょうせい、1995)42頁~43頁)。
イ まず、本件においては、第2号要件が埋立工法を含めた埋立行為そのものに係る要件であるのか、又は埋立地の用途も含めた要件であるのかが問題とされている。この点については、公有水面埋立法4条1項2号が「其ノ埋立」との文言を用いる一方で、同項3号が「埋立地ノ用途」につき、土地利用又は環境保全に関する国又は地方公共団体…の法律に基づく計画に違背せざることを免許基準(承認基準)の要件として定めており、第2号要件は埋立行為そのものの要件を定めたと解するのが文理上自然であることなどからすると、第2号要件は埋立行為そのものについて定めた要件であると解することが相当であると考えられ、本判決もこのような理解を前提にするものと考えられる。
ウ ところで、第2号要件は、「十分配慮」という評価概念ないし不確定概念を用いるところ、第2号要件は、第1号要件とは異なり、政策的な判断を求められるというよりは、環境配慮という専門的・技術的な判断が予定された要件であるということができる。
そして、一般論としては、不確定概念により定められた要件充足性の判断に当たり行政庁の専門的・技術的判断が求められる場合には、処分行政庁が当該許認可等の要件を充足するか否かにつき裁量的な判断をすることが予定されているということができると考えられるが、個々の許認可処分における行政庁の判断の幅については、許認可要件を定めた法令の規定内容に加え、要件充足性を判断するに当たり検討すべき事項の範囲の広狭や専門性の程度、許認可における第三者専門家の関与の有無等に照らして個別具体的な検討が必要であると考えられる。
本件で問題となる第2号要件についていえば、公有水面埋立法は、「其ノ埋立ガ環境保全及災害防止ニ付十分配慮セラレタルモノナルコト」と定めるのみであり、極めて抽象度の高いものであるといえる。そして、公有水面の埋立てが環境にいかなる影響を与えるかや、環境への負荷を回避又は軽減する措置の適否等に係る審査は対象地の自然的条件や環境保全技術等、専門技術的な知見に基づく総合的な判断を要するものであり、かつ、審査すべき事項も広範に及んでいることからすると、第2号要件の適合性に係る承認権者の裁量的な判断の幅はある程度広範にならざるを得ないものと考えられる。
そして、裁判所がそのような専門的・技術的な観点からの判断の当否を審査するに当たっては、専門的・技術的知見を踏まえて作成された審査基準等に不合理な点がないかや、そのような審査基準等に沿った判断過程に不合理な点がないかといった観点から審査をすることが適切であると考えられる。
本判決は、上記に述べたような理解を前提に、本件埋立承認における前知事の第2号要件適合性の判断の当否を審査しているものと見受けられる。
(4) 地方自治法245条の7第1項にいう「法令の規定に違反する場合」の意義について
本判決は、内閣総理大臣又は各省大臣が、その所管する法律又はこれに基づく政令に係る都道府県の法定受託事務の処理が法令の規定に違反していると認める場合には、当然に地方自治法245条の7第1項に基づいて是正の指示をすることができる旨を判示する。
これは、上告人が、「法定受託事務の処理が法令の規定に違反していると認めるとき」(地方自治法245条の7第1項)とは、法定受託事務の処理について裁量の逸脱・濫用という違法があり、その違法が全国的な統一性、広域的な調整等の必要という観点から看過し難いことが明らかである場合をいう旨主張したことに応答したものと考えられるが、法定受託事務の処理に法令違反があれば、それ自体をもって是正の指示の対象となることは同項の文理上明らかであり、上告人がいうような限定的な解釈をすることは困難であると考えられる。そのような観点から、本判決は、同項の文理に即した解釈を示したものと考えられる。
(5) 地方自治法251条の7第1項にいう「相当の期間」の意義について
地方自治法251条の7第1項にいう「相当の期間」の意義については、これまでにほとんど議論がされていないと考えられるところ、本件とは適用場面を異にするものの、行政事件訴訟法3条5項(不作為の違法確認の訴え)における「相当の期間」の解釈が参考になるものと考えられる。そして、同項にいう「相当の期間」については、行為の種類、性質等によって一概にいえないところがあり、具体的事案に即して個別に判断するほかはないとされるものの(杉本良吉『行政事件訴訟法の解説』(法曹会、1963)19頁)、一応、行政庁が当該行政行為を行うに通常必要とする期間を経過している場合を基準とすべきであるなどと説明されている(南博方=高橋滋編『条解行政事件訴訟法〔第3版補正版〕』(弘文堂、2009)85頁~86頁〔杉浦徳宏〕)。
本判決は、地方自治法251条の7第1項所定の「相当の期間」の意義について一般論を示していないものの、同項にいう「相当の期間」を経過したか否かの判断に当たり、上記行政事件訴訟法3条5項の「相当の期間」における考慮要素と類似した要素を考慮しているとみることも可能であろう。
(6) 本判決の意義
本判決は、社会的、政治的に重要な問題である普天間飛行場の移設問題に関連して司法判断がされた事案として注目されたが、最高裁判所が、地方自治法251条の7第1項に基づく不作為の違法確認の訴えについて判断を示した初の事案として、実務的な観点からも重要な意義を有するものと考えられる。また、本判決は、最高裁判所が、公有水面の埋立てが公有水面埋立法4条1項1号及び2号に適合するという都道府県知事の判断の当否につき判断を示した初の事案であり、この観点からも実務上重要な意義を有するものと考えられる。
なお、本判決は、原判決の言渡しから約3か月という比較的短期間で言渡しがされている。これは、地方自治法251条の7第1項に定める不作為の違法確認の訴えについては、原審である高等裁判所が訴え提起の日から15日以内の日を第1回口頭弁論期日として指定する必要があるとされ、また、高等裁判所の判決に対する上告期間が1週間とされるなど(同条3項、同法251条の5第5項、第6項)、迅速に審理判断がされることが法律上予定されていることを踏まえたものと考えられる。