◇SH0219◇武富士vsメリルリンチ高裁判決に寄せて 森下国彦(2015/02/16)

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武富士vsメリルリンチ高裁判決に寄せて

 

アンダーソン・毛利・友常法律事務所

弁護士 森 下  国 彦

 米国のサブプライムローン問題に端を発した2008年のリーマン・ショックは、世界の金融界に大きな爪痕を残したが、日本においてもその余波は免れなかった。武富士対メリルリンチの案件は、係争金額が多額であること(約300億円)、また控訴審が第一審の判断を覆してメリルリンチの説明義務違反を認める判断を下した点で、世間の耳目を集めた。

 本件は、平成19年(2007年)5月、会社更生申立前の武富士(現在は更生会社TFK)が、自らが発行した300億円の社債の返済債務を会計上オフバランスとするために、同社が運用する信託勘定においてメリルリンチが組成した期間15年の仕組債を購入したという、いわゆる実質的ディフィーザンスを目的とする取引に関するものである。この仕組債は、格付機関から最高位の格付けを取得しており、オフバランス化のための会計上の要件を満たす安全な資産のはずであったが、リーマン・ショックという“想定外”のマーケット変動により、価格が大幅に下落し、期前償還事由がトリガーして投資額の1%強に過ぎない3億円余りで償還された。

 武富士は、290億円強の損害を被ったとして、メリルリンチ日本証券と、その親会社で本件仕組債の計算代理人を務めたメリルリンチ・インターナショナル(MLI)を相手取ってその支払いを求めた。メリルリンチ側が武富士に対して必要な説明義務を尽くしたかどうかが最大の論点であり、第一審の東京地裁は、取引に至る過程や武富士の金融取引の経験等に照らして、メリルリンチは本件仕組債取引の内容やリスク等を十分に説明しているとして、武富士の請求を退けた(平成25年7月)。これに対し、昨年8月の控訴審判決において、東京高裁は、メリルリンチには説明義務違反があるとし、ただ5割の過失相殺を適用して、メリルリンチ側に145億4900万円強の支払いを命じたのである。(原審および控訴審判決の全文については、金融法務事情2007号70頁以下参照。)

 紙幅の関係で本件取引の詳細に立ち入ることは避けるが、控訴審の判断およびその理由づけには、首をかしげる点がいくつかある。

 当時の武富士は、東証とロンドン証取に上場する消費者金融会社であり、海外での社債発行で資金調達するなど金融取引の経験も豊富であった。にもかかわらず、裁判所は、それをもって直ちに本件のような複雑な仕組債についての経験、知識があったとは言えない、とした。本件仕組債は確かに複雑な金融商品ではあるが、既存の金融手法の組み合わせであり、決して理解不能のものではないし、このレベルの投資家に対して、更に何を説明せよというのか、という思いを抱かせる。

 高裁判決は、投資家側の実際の担当者がその商品について完全に理解できていたか、を問題にしているように思われる。しかし、業者の説明義務とは、適切な説明を尽くす義務であって、特に法人投資家の場合に、具体的な担当者個人が結果として完全な理解を得たかどうかを問題とすべきではない。法人投資家の場合、適合性原則の関係では法人全体の知識・経験レベル(リテラシー)が問題とされると同時に、説明義務についても、法人全体に対する説明の内容が問われるべきであり、たまたま対応した担当者の理解が不十分であったとしても説明義務が尽くされていないとされるべきではない。法人投資家の側は、担当者の知識・経験が不十分であれば、他の担当者をして判断させるべきである。(なお、本件では、実際には担当者の知識レベルは十分であったように思われる。)

 また、高裁判決は、商品に関する説明は、取引に関する最終的な投資家の契約的なコミットがなされる時点ではなく、かなり前の時点(判決によれば“デューディリジェンス期間”の終期)までにされなければ意味がない、と考えているように思われる(一部の情報がその時点以後に提供されていることをもって説明義務違反の理由の一つとしている)が、これも説得性に乏しい。投資家は、(稟議など内部的な事情はあるにせよ)最後の最後まで、いつでも取引を中止することは可能なのである。

 最後に、高裁判決は、仕組債の組成・販売を行ったメリルリンチ日本証券に加えて、親会社であるMLIにも連帯責任を負わせているが、その根拠は「親会社である」という点にのみ求められているように読める。そうであるとすれば、この点も我々の常識的な理解とは異なる。

 金融機関と投資家が、将来の紛争に備えてその行動を律し、また不幸にして紛争に巻き込まれた場合の対応を決するには、「仮に裁判になったら」どうなるか、を想定し、裁判所が下すであろう判断がその行動の“鏡”(基準)となることが求められている。そのためには、どちらの側からみても、納得の行く判断を裁判所は世に示す必要がある。本件は上告中と聞いているが、“最後の砦”としての最高裁が、その点に十分配慮した判断を示すことを切に望む次第である。

以上

(もりした・くにひこ)

1981年3月、東京大学法学部卒業。司法修習(38期)を経て、1986年4月、弁護士登録(第二東京弁護士会)、現アンダーソン・毛利・ 友常法律事務所に入所。1993年3月、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程(専修コース)修了。1995年1月、現事務所パートナーに 就任。2006年4月から2010年3月まで京都大学大学院法学研究科非常勤講師。金融法委員会(事務局:日本銀行)委員。金融法学会会員。

 

 

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