◇SH0310◇金融庁、大陽日酸等のインサイダー取引につき合計10件の課徴金納付命令を発出 深沢篤嗣(2015/05/12)

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金融庁、大陽日酸株式会社及び株式会社三菱ケミカルホールディングス株式に関するインサイダー取引につき、合計10件の課徴金納付命令を発出

岩田合同法律事務所

弁護士 深 沢 篤 嗣

 

 平成27年4月24日、金融庁は、株式会社三菱ケミカルホールディングス(以下「三菱ケミカル」という。)の大陽日酸株式会社(以下「大陽日酸」という。)に対する公開買付け及びそれによる子会社化に関するインサイダー取引につき、合計10件の課徴金納付命令の決定について公表した。本稿では、筆者の証券取引等監視委員会における勤務経験を踏まえ、本件の概要及び特徴につき解説する。

 三菱ケミカルが大陽日酸株式に対する公開買付けを行うことを決定(以下「本件インサイダー情報」という。)した後、平成26年5月13日、三菱ケミカル及び大陽日酸は、公開買付けに関する基本合意書を締結し、同日午後3時頃、TDnetにおいて同事実を公表した。

 証券取引等監視委員会は、平成27年3月27日、本件インサイダー情報に関し、上記公表前に大陽日酸株式を買い付けたとして9件(うち2件は法人)の課徴金納付命令勧告を行った。また、同公開買付けにより、三菱ケミカルが、大陽日酸の発行済株式を取得して子会社化することについての決定をした旨の重要事実に関しても、その公表前 に三菱ケミカル株式を買い付けたとして1件(法人)の課徴金勧告を行った。

 これを受けて金融庁は、4月24日、合計10件の課徴金納付命令の決定を行ったものである。

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 本事案の特色の1つは、ひとつのインサイダー情報について、9件もの課徴金納付命令が発出されている点にある。これまでにも、同時に複数名に課徴金が課された事案は存在しており、セタ株式(平成20年5月16日課徴金納付命令決定)及びオリエンタル白石株式(平成21年11月30日課徴金納付命令決定)に関する課徴金納付命令が、それぞれ7名に対するものとして最多であったが、本件はそれらを上回り、過去最多である。

 本件インサイダー情報は、公開買付けを行うことについての決定であるが、これまで証券取引等監視委員会が課徴金勧告を行ってきたインサイダー取引事案は、平成27年3月末時点で、203件(納付命令対象者ベース。別表参照。)であるところ、そのうち60件が公開買付け等に関するインサイダー取引であり、全体件数の約3割を占めている。

 公開買付けや、合併、業務提携などは、社内で検討を開始してから取引が完了するまでの期間が比較的長くなり、またその間に関与する社内外の者の数も多くなる傾向にあるため、インサイダー情報が漏えいするリスクが高く、特に情報管理が重要となるコーポレートアクションである。

 本件でも、公表日の朝刊で既に本件重要事実について詳細な報道がなされており、大陽日酸及び三菱ケミカルは、同日午前8時前後に、それぞれ、前記報道は当社が発表したものではない旨及び両社の資本業務提携関係の強化については、同日開催の取締役会に付議する予定であり、決定後速やかに開示する旨の開示を行っている。いわゆるスクープ報道があった際の開示の仕方については議論のあるところであり、平成25年にも、実際には行われていた統合交渉につき、スクープ報道を受けて、「そのような事実はない」旨の開示を行った企業が、後日「交渉の事実はある」と訂正したことがあったが、本件では、「同日の取締役会で資本業務提携関係の強化について決議する予定である」旨を予め開示している点は特徴的である。

 また、新聞報道によれば、本件のインサイダー取引の一部のきっかけとなったのは、本件重要事実の公表前に新聞社からの取材があったことを知った大陽日酸幹部らが、本件重要事実を関係先に伝え、この関係先の役員らがインサイダー取引に及んだとのことである。会社内でインサイダー情報に該当するようなプロジェクトが進行している場合には、当然、プロジェクト関与者につき適切な情報管理を行うことが期待されるが、本件の伝達経緯を踏まえれば、取材申込みという外的な要因についても注意が必要であり、例えば取材申込みのファクシミリなどを受領する職員に対する教育や、受領した際の対応を決めておく必要があるといえる。

 本件のインサイダー取引の発生を受け、平成27年3月27日に、大陽日酸は本件インサイダー情報の管理や改善策の検証のため第三者委員会を立ち上げた旨公表している。

 インサイダー取引が発生すると、企業価値の毀損に加え、当局対応、第三者委員会の設置等によりコスト負担も生じ、場合によっては代表訴訟に発展する可能性もある(東京地判平成21・10・22判時2064号139頁参照)。このようなリスクを避けるためには、日頃から十分な教育を行い、社内で情報管理を徹底するという基本的な対応が何よりも肝要であるといえる。  

 

(ふかざわ・あつし)

岩田合同法律事務所アソシエイト。2008年慶應義塾大学大学院法務研究科修了。2009年弁護士登録。2013年4月から2014年3月まで、金融庁証券 取引等監視委員会取引調査課に出向、インサイダー取引、相場操縦行為等の調査に携わる。金融法務、企業法務等を専門とする。

岩田合同法律事務所 http://www.iwatagodo.com/

<事務所概要>

1902年、故岩田宙造弁護士(後に司法大臣、貴族院議員、日本弁護士連合会会長等を歴任)により創立。爾来、一貫して企業法務の分野を歩んできた、我が国において最も歴史ある法律事務所の一つ。設立当初より、政府系銀行、都市銀行、地方銀行、信託銀行、地域金融機関、保険会社、金融商品取引業者、商社、電力会社、重電機メーカー、素材メーカー、印刷、製紙、不動産、建設、食品会社等、我が国の代表的な企業等の法律顧問として、多数の企業法務案件に関与している。

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